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小さな自分と手を取り合って【ショートショート】

ふと目を覚ました。

真っ白な部屋だった。
何もない。
壁があるように見えるけど、
壁すらも白くて、何もないように見える。
どこまで行っても白い。
ただひたすらに白い。

手を伸ばすと何かに触れそうで、
手を思い切り伸ばしてみたが、
結局、何も掴めず、
わたしの手は空を切った。

ここにしか床がないかもしれない。

なにせ床も白いのだ。
どこからが穴で、どこまでが床で、
どこから切れてて、どこまでが崖なのか、
それすらも見当がつかない。

床を触りながら、ゆっくりと立つ。

ぬらり、と、周りの空気が蠢いた。
何もいないはずなのに、何かがざわつく。
全部白いはずなのに、何か気配を感じる。
音もない。
光も色もない。
でも、何かいる。
何かが近づいてくる。

逃げて!

わたしの中で何かが叫んだ。
第六感なのか? 守護霊? 天使? 神様?
もうなんでもいい。

「逃げなきゃ」という思いに囚われて、
床がないかもしれない不安を振り切って、
全力で走った。

走って、走って、走り切って
わたしの心臓の音と荒い呼吸音だけが、
あたりに響き渡っていた。

息を整え前を見ると、真っ白な部屋の中に黒くとろけたものが見えた。
わたしの膝くらいだろうか?
よく言えば、チョコレート?
悪く言えば、泥が溶けている山…
あぁ、わかった。
うさぎのぬいぐるみのチョコレートがけだ。

生きてるのだろうか?
動くのだろうか?
わたしに危害を加えるのだろうか?

恐る恐る近づくと、
その溶け方が尋常じゃないことに気がついた。
1メートルほどの茶色い水たまりのなかに、泥で汚れたうさぎのぬいぐるみ。
光だらけの部屋に、似つかわしくない奇妙なうさぎ。
耳は泥に塗れ、顔にべったりとはりつき、
丸まった背は泥なのか血なのかわからないほどの赤黒さと痛々しさが見て取れた。

目線合わせるようにしゃがんで様子を見た。

「ねぇ、大丈夫……?」

思わず口からこぼれた。


長い沈黙。
これは置物だったか、とホッと胸を撫で下ろし立ちあがろうとした途端、
ぎ、ぎ、ぎ……とうさぎがこちらをみた。
泥の中でもわかる真っ青な目。
ぱちっと目があった。

「ひっ!」

わたしは腰が抜けて、その場に尻餅をついてしまった。
足の指先に泥がつく。

「気持ち悪っ!」
咄嗟に足を引こうとして、妙なことに気づいた。あれ……ん? 気持ち悪くない…??

「おねぇちゃんは、わたし」

うさぎが言う。

「おねぇちゃんは、わたしだよ。
 やっと見つけてくれた……
 会いたかったんだ」
「うさぎは、わたし?」
「そう、おねぇちゃんは、わたしなの」

わたしの目は青くないし、意志の強そうな目をしていないはずだ。
それに、こんなに薄汚れてない。

「よくわかんないんだけど」
「大丈夫、わかるから」
「いや、わかんないんだって。」
「手、ここに、入れてみて?」

泥の水たまりに手を入れろと?
こんなに白いキラキラした部屋の中で、
こんな汚いものに手を入れるの?
いやなんだけど。
全力でいやだ。

「いやなんだけど」
「足の泥もいやだった?」
「いや、気持ち悪くはなかったけど……」
「手を入れるだけでわかるから」

お願い…と、頼まれた。
口を開いてるわけじゃない。
部屋に響く声なのだ。
小汚いうさぎ。
目に意思は宿ってるものの、どちらかと言うと気持ち悪いうさぎ。

「手を入れたら、帰ってもいい?」
「うん、わたしはどうせ動けない」

そうだろうなぁ、と思った。
もう少ししたらその泥は乾いて、うさぎを固めるだろう。泥うさぎが俊敏に動けるとも思えないし、わたしの腰も感覚を取り戻した。いざとなったら走り抜けたらいい。

「わかった」

ゆっくりと泥の水たまりに手を近づける。
怖いなぁ、やだなぁ、と思いつつ、
ゆっくり、ゆっくり。
「やっぱりいいよ、入れなくて」と言われるのを期待しながらも、
そんなセリフは聞こえてこない。
うさぎの挙動に注意しながら、わたしは水たまりに手を入れた。いや、手を入れたと言うより、指先が触れたのだ。ほんの少しだけ。

ポン…

シャボン玉が飛び出してきた。

「えっ?」

綺麗なシャボン玉が空に浮かんでいく。
「わぁ、やっぱりおねぇちゃんはすごいや」
「えっ?」
「もっかい! もっかいやって!」

なんかはしゃいだ声が聞こえてきて、
もう一度だけ手を入れた。

ポポン

シャボン玉が飛び出す。

「すごい、すごいよ! もっともっと!」
「いいよ?」

わたしも楽しくなってきた。
水たまりに手を入れると、面積によってシャボン玉の数が変わる。
面白い。

ポン、ポポン、ポポン、ポポン!

床から一気にシャボン玉が空に舞う。
前が見えないほどのシャボン玉が辺りを覆い、キラキラと宙を舞う。

シャボン玉の中に小さな時のわたしが見える。

…お母さんなんて嫌い!
…お父さんひどい!
…だいっきらい
…いつもわたしばっかり
…あんたは偉いわねって誰のせいさ!
…きちんとしないと愛してくれないくせに
…だいっきらい
…役に立たないわたしに価値はないよね

えっ?
わたし??

わたしは、シャボン玉の中をくるくる回りながら、昔のわたしの記憶に触れた気がした。
シャボン玉1つ1つが、わたしの記憶だ。
あぁ、痛みだ…
悲しみだ…
愛されてない悲しみだ…
条件付きの愛の歪みだ…

「おねぇちゃん、泣いてるの?」

シャボン玉の影から、
山吹色のうさぎがこっちを見上げてた。

「あんた、そんな色だったの?」

山吹色のボディに、緑青色の目。
あぁ、なんて綺麗なうさぎなんだろう。

「ねぇ、もう少し楽しもうよ」
「シャボン玉?」
「そう!どんどん出てくるよ!」
「そうね、楽しいね!」

うさぎが歌い出し、わたしも踊る。
踊るといっても、その場でくるくるするだけで、きちんとしたダンスなんか知らない。
うさぎとシャボン玉に誘われて、体を揺らす。
あぁ、楽しい。
あぁ、心は痛い。
でも、楽しくて仕方がない。

思わずうさぎを抱き上げて、一緒に歌った。
一緒に踊った。
シャボン玉がひとつも出なくなるまで、私たちは歌い踊り続けた。

「たのしかったね!」
「ねっ!」
「おねぇちゃん、もう手放していいんだよ」
「ん? 何を?」
「ほら、全部お空に飛んで行ったの」
「あぁ、そうだね」
「ねっ、もう自由だよ」
「大人になって、自由は難しいのよ?」
「ちがうよ、どっちがいい? 自由か不自由か…決めていいんだよ?」
「なら自由がいいなぁ……わたしは、わたしでありたい!」

うさぎが光に包まれて、あたり一面光に包まれ、
わたしは思わず目を閉じた。


……ピピっ

目を開けると、そこは小高い丘の上。
緑の草原と、小鳥がいた。
りんごの木もある。
さっきのうさぎ……あれ? うさぎは?

「おねぇちゃん!」

丘の上から、1人の女の子が走ってきた。
5歳くらい?
わたしの知らない子……

いや、知ってる!
わたし、知ってる!!


その意思の強そうな目も
そのくるくるの髪も、
その華奢な体も、
そして大きな口で、ガバッと笑うところも。

わたし、知ってるよ。
あぁ、ちいさいときのわたしだ。


気づいた瞬間、
目から涙が溢れて前が見えなくなった。


あぁ、無理させてごめんなさい。
本当にごめんなさい。
代わりに頑張ってくれてありがとう。

わたしの胸に、
小さな女の子は飛び込んできた。
「おねぇちゃん?」
「…おかえり、わたし」
「やっと気づいてくれた!」

泣きながら抱きしめて、抱き上げて、2人でもう一度ぎゅーっとした。

シャリン

その子の足に、まだ何かがついていた。

「これ何?」
「行かなきゃないの」
「どこに?」
「助けに行くのよ?」
「一緒に?」
「うん、2人であの子を助けに行くの」

あぁ、そうだね。
あの子も助けなきゃね。

2人で手を繋いで、
私たちはもう一度、白い空間に足を踏み入れたのだった。


3000文字弱の小説をショートショートと呼ぶのか謎ですが。

先日、陰陽師であるくじらさんのセッションを受けて
「水瓶座の時代に合わせてもう身軽になってもいいし、土の時代の宿題としてむきあってもいい」
と言われて、
わたしは身軽になる決断をしました。

その後、
神様ストップに会い、
お風呂に入ってるときに、
この映像が浮かんだんですね。

私が、傷ついた小さいわたしを見つけて、
感情が溶けた途端に、景色が開けた。

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