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ムヒタリアンがEL決勝へ帯同しないことについて

今月29日にアゼルバイジャンのバクーで行われる「UEFAヨーロッパリーグ」の決勝に、アルメニア代表MFヘンリク・ムヒタリアンが帯同しないことになりました。

 これは非常に難しい問題ですね。

 スポーツと政治を分けて考えたいところですが、2千年以上前からナゴルノ・カラバフの領土紛争を起こしている両国の関係を考えると、ムヒタリアンが帯同しないのは致し方ないように思えます。

ナゴルノ・カラバフ問題

 両国が領土主張するナゴルノ・カラバフは、アルメニア人からすると、古代アルメニア王国(紀元前190-紀元前66)の時代からのアルメニア文化の中心と主張しているのに対し、アゼルバイジャン人からすると、カフカース・アルバニア王国(紀元前2千年頃)の末裔と主張しており、長らく対立してきました。

 19世紀初めにカフカースを支配していたロシア帝国が崩壊すると、アゼルバイジャン民主共和国とアルメニア共和国がそれぞれ独立し、ナゴルノ・カラバフをめぐり、「アルメニア・アゼルバイジャン戦争」を繰り広げました。

 後に北方のロシア社会主義連邦ソビエト共和国から派遣された赤軍によって、アゼルバイジャン社会主義ソビエト共和国、アルメニア社会主義ソビエト共和国として、両国は共産化されました。ボリシェヴィキによって、国境が設定され、ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン領の自治州となりました。

 80年代になり、ソ連の政局が変化すると、各地で民族主義が台頭し、アルメニア人や諸外国にいるディアスポラによって、ナゴルノ・カラバフをアルメニアに編入する運動が展開されます。

 しかし、当時のゴルバチョフ書記長が拒否したため、1988年2月にナゴルノ・カラバフで騒乱事件が発生。その後、アルメニアとアゼルバイジャンの間で「ナゴルノ・カラバフ戦争」に発展し、停戦する1994年5月まで激しい戦闘を繰り広げていました。

 戦争の結果、ナゴルノ・カラバフは他国からの国家承認は受けていないものの、「アルツァフ共和国」として事実上の独立を果たします。しかし、アルメニアはアゼルバイジャン、トルコとの国境を閉鎖され、アルメニア・アゼルバイジャン間では、銃撃戦も繰り広げられることも度々あります。

 停戦した今も両国は和平合意に至っておらず、両国の国境は閉鎖されており、陸路で両国を直接渡ることはできません。両国を旅行する場合、北方で隣接するジョージアか、南方で隣接するイランを経由しなければなりません。またアルメニア人はアゼルバイジャンに入国できず、アゼルバイジャン人はアルメニアに入国できない状態になっています。

EURO2008予選では試合開催されず

 アルメニアとアゼルバイジャンの両国、実はEURO2008の予選、グループAで同じ組に入ったことがあります。

 ナゴルノ・カラバフ問題によって、両国が断交しており、両国民がお互いの国へ入国できない状態で、どうやって試合を行うのか、その当時は考えてもいなかったのかわかりませんが、グループリーグで両国が同じグループに入りました。

 しかし、両国のホームアンドアウェー戦は行われることはなく、お互い勝ち点0のまま、結局はキャンセルとなりました。

 その後、UEFAの様々な大会では、アルメニア、アゼルバイジャン両国は、同じグループに入らないようにされています。(※同様にロシア・ウクライナも同組にならない)

国際的なイベント誘致に積極的なアゼルバイジャン

 しかし、アルメニアとの問題を抱えているアゼルバイジャンが、なぜヨーロッパリーグの決勝の地に決定するのか、不思議に思う方は多いかもしれません。

 バクー油田を中心に産油国であるアゼルバイジャンは、豊富な天然資源を持っていますが、同時に観光業に力を入れています。ソ連崩壊やアルメニアとの戦争によってイメージが低下しており、政府が2000年を境に観光業に力を入れてきています。スキー場やリゾート地の建築ラッシュが行われています。2020年の夏季五輪、2025年の万博誘致にも手を上げたのも、観光に力を入れているというのも言えるでしょう。

 スポーツにも力を入れており、アゼルバイジャン政府がアトレティコ・マドリーのスポンサーになったり、五輪メダリストを多く輩出したり、2016年からはF1も誘致しています。

 これは同じように観光業や国際大会誘致に力を入れるUAEやカタールと似ているとも取れるかもしれません。

 積極的なロビー活動を行う国は、UEFAにとっても魅力的には感じるものです。ムヒタリアンが帯同できないというのは、UEFAとしては大事とは捉えておらず、むしろバクーという都市の魅力が上回っているから…という判断の下でヨーロッパリーグの開催を決めただろうと思います。しかし、政治的な問題により、一部の選手が出場できないのは、バクーという都市にとっては大きな損失になったと言えるでしょう。

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