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◆読書日記.《坂倉昇平『大人のいじめ』》

※本稿は某SNSに2021年12月15日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


 坂倉昇平『大人のいじめ』読了。

坂倉昇平『大人のいじめ』

 本書は労働問題に取り組んでいるNPO法人POSSE代表をつとめる著者が、15年の活動の中で相談を受けた具体的事例を踏まえて近年ますます増加している「大人が大人に対して行うイジメ」の問題の実態を紹介し、この増加傾向の正体は何かという事について解説する内容である。

 本書はつい先月発売されたばかりの講談社現代新書の新刊で、今朝買って夕方読み終えた。

 というのも、大体は既に知っている内容と様々なニュースや報道の傾向から想像できる範囲での情報だったので、自分としては現場の具体事例と最新知識のアップグレードのみに焦点を絞って読む事ができたのが早かった。

 現代日本の深刻な「イジメ問題」は、学校の子供たちの間だけの話ではない。

 深刻なのは企業の「職場内イジメ」の問題も同じで、これは鬱病や適応障害など精神障害に追い込まれるパターンや過労死、自殺などによって顕在化される数だけでもこの10年で既に何倍にも増加しているのである。潜在的なものはもっと多い。

 この職場イジメが世間にも深刻な問題だと認知されたのは神戸市立東須磨小学校の教員の間で起きたイジメだろう。
 20代の男性教諭に対して羽交い絞めにして激辛カレーを無理矢理食べさせたり顔に塗りつけたり、学校の物置に閉じ込めたり、プロレス技をかけたり……という行為を繰り返しされていたというアレだ。

 まったく、見るのも読むのもウンザリさせらるこの手の話が最近はあちこちで聞かれるようになってしまったが、本書では著者が、ここ何年かのこの職場イジメの増加傾向のデータと、実際に寄せられた相談事例を踏まえた具体的なイジメの内容を紹介している。

 最近の職場イジメの大きな傾向としてはイジメのある職場に限って長時間労働である事が多いと言う事。

 パワハラがあった現場のほうが、パワハラのなかった現場よりも「残業が多い/休暇が取り辛い」と答えた割合が2倍ほど違っていたという数値が出ている。

 具体的なイジメの傾向を見てみても、明らかにこの長時間労働の現場でのイジメは「社員のガス抜き」という行為がここで噴出しているのが解る。

 職場イジメの第二の特徴は「職場全体の加害者化」というのがあるそうだ。

 以前から良く発生しているのは上司や経営者などが部下に対して行うイジメだったが、それだけでなく最近は先輩や同僚、後輩なども含めて広義の同僚らが行っているイジメなのだそうだ。

 こういった先輩や同僚、後輩など「広義の同僚」によるイジメは職場イジメ全体の約半数の割合で起こっているのだと言う。こういった、職場全体がイジメに加担してしまう雰囲気を作ってしまう理由の一端は、会社そのものの経営体質にある場合もあるという。

 それに関連してくるのが第三の特徴「会社によるイジメの放置」である。

 最近でも良く聞かれるのが、職場内にイジメが発生している事を会社が認識していながらも、それに対して対応しようとしようとせず、また問題が顕在化してもウヤムヤにしようとし、そのために被害が継続・拡大するケースが非常に多い。

 ……つまり、最近のこういった職場イジメの傾向として「会社全体が暗黙の裡に職場イジメを事実上"是"としてしまっている」というのが、特徴としてあるのだ。何故なのか?

 著者は、これら最近の職場イジメの新たな傾向を「経営服従型イジメ」と総括している。これには三つのパターンに分類できるという。

 一つが「職場ストレス発散型」。長引く不況と経営環境の悪化、もしくは徹底したコスト削減意識に端を発する従業員の人数削減による業務負担の増加、それらに起因する長時間労働。

 こういった過酷な労働によるストレスを「イジメ」で発散する事で「経営への不満の矛先を逸らす」効果を、イジメがもたらしている。

 二つ目が「心神喪失型」。長時間労働や厳しいノルマ、ミスに対する過酷な罰と激しい罵声――こういったあらゆるハラスメントによって社員の思考を停止させ「心神喪失」の状態にまで追い込んで、社員に職場の現状の酷さに対して疑問を抱かせない効果を、イジメがもたらしてしまっているのである。

 三つめが「規律型」である。これは、例えば労働組合に入って社員の権利を主張する者や、仕事の「質」に拘って会社のコストカット体質に疑問を抱く者、生産性の低い労働者、長時間労働や各種ハラスメントに耐えられない者――そういう者をイジメによって否定する事によって、他の労働者を効率的に働かせようとする。

 ――つまりは、そういう「会社に不利益になる者・過酷な労働に疑問を持つ者・生産性の低い者」をイジメて「晒し者」にする事で、その他の労働者に「俺はそういうイジメられる側にはならない」……という意識を付けさせる。このイジメには「矯正」「排除」「反面教師化」という効果があるのだ。

 要は、これら「経営服従型イジメ」という3つの典型に見られる職場イジメは「会社に都合が良い」のである。

 逆に言えば、こういった事を取り締まってしまえば、労働者の不満は会社に向かうかもしれないし、正当な残業代を払わなければならいし、一人の人間が受け持つ仕事量を減らすために人数も増やさなければならない――つまり「コストがかかる」。

 わざわざ職場イジメを積極的に認めて是正してしまえば、社会的にも問題になるし、労基からも指導を受けるし、訴訟になる可能性もあるかもしれず、会社のブランドイメージは落ちてしまう。
 ――だから「会社の効率的な利益を考えれば」イジメは見て見ぬフリをしていたほうが、会社の利益になる、という考えが働いてしまうのである。

 そのために職場の仕事の辛さやストレスは、全て部下や同僚にぶつけて発散しても、会社からはお咎めない。

 それどころか「それが会社のためだ」という、イジメを正当化してくれる理由さえあるので、思う存分自分のストレスを他人にぶつけてスッキリする事ができる。

 だから、昨今の職場イジメは「経営の論理に従属するイジメ」なのである。

 そのために、職場のあらゆる人間がイジメの加害者化するのである。いまの日本の企業の内部では、あちこちでこんな事がが行われているという事なのだ。

 これは、会社全体の利益優先に偏った経営倫理ハザードとも言える状況ではなかろうか。

 著者は労働問題に取り組むNPOを担っているために、この現状に対して、個人個人の対応の仕方を示唆してくれているのだが、けっきょくはこれは対処療法のようなものであり、日本の長期不況や利益優先主義的な偏った経営倫理など、もっと大きな枠組みが変わらない限りは、この問題は今後もなくならないだろう。

 これは政治の問題でもある。日本では近年パワハラ防止法が成立しはしたが、企業にパワハラ対策を講じるようにした法律であって、現状パワハラは「禁止」されているわけではない。

 企業は名目上、パワハラの「対策」さえしていれば、その内容がいくらなおざりになっていても外からはそれが解らないのである。

 そもそもパワハラというものが、なかなか客観的に認定する事が難しい事である。

 労災認定やパワハラ訴訟を起こすにしても、労働者は地道に様々な証拠を職場で記録していかなければならない。

 では、いまそういった労働者の追い風になるような法律を「あの現政権」が成立させてくれるだろうか?

 ――そう考えてみれば、こういった「職場イジメ」の問題でさえも、政権交代を前提にしなければ解決の糸口が見つからないのではないかとさえ思えてしまうのである。


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