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【超短編小説】綺麗なものが好きだから

 私は綺麗なものが好きだ。道端に落ちている石だなんて見向きもしたくない。昔からそうだ。人の顔を見比べて、「あの子は綺麗」、「あの子は石」って。そんな私自身、容姿には一定の自信があった。少なくともその辺の人よりはモテてきているし、恋愛経験に困ったことはない。

 そんな中、人生8人目の彼氏ができた。さすがにいい歳だし、そろそろ結婚なんてしてみてもいいかなと思い始めた時だった。彼氏は恋愛経験が乏しく、基本的に私が所望するエスコートなどのイロハは全くなかった。だから正直言って物足りなかった。勿論、顔立ちは私好みの綺麗系のイケメンだっった。しかし人として良い人であっただけで、別に男としての面白味は感じなかった。

 そして今日はそんな彼とデートの日。一応彼女であるため、化粧や服装などの身だしなみには気を付けつつ、営業スマイルを決め込む決心をして、築40年のアパートの2階を出た。待ち合わせ時刻は夜の7時。集合場所のまちで一番大きな駅まで最寄駅から乗車して、ユラユラと捕まれていないつり革と同じ動きをする。その間はボーッと周りの乗客を観察したりして、頭の中で綺麗かどうかを判定したりしている。だからこの時にとても綺麗な人がいたら、それはとても興奮するのだ。ところが、今日はどうやら”ハズレ”の日だったようで、私のモチベーションは低下。仕方がない、彼の顔面で今日は満足しよう。そう決めてすぐに、私はポケットに入れていたスマホを取り出した。すると、通知バーには『【速報】山小屋で女性のバラバラ遺体発見。今月で既に2件目』と、何やら物騒なニュースが入っていた。とは言え、この手のニュースはいつもスルーしている。何せ私には縁がないし、そもそもニュースに興味がないからだ。しかし体裁だけはしっかりしていたいので、通知を入れてきたニュースアプリは消さずにいた。

 集合場所である駅で降車して、彼がいるという構内でも待ち合わせスポットとして利用されることの多いモニュメントに向かう。スマホで時刻を確認すると、まもなく約束の時間。やばい、急がなきゃ。私は少し駆け足になって彼のもとへと進む。モニュメントが見えてくると、その前に、一際身長が高く、ロングコートがよく似合う清潔感のある男性がいることに気づく。間違いなく彼氏だ。こんな容姿でいて、なぜ今まで恋愛経験がなかったのかが未だに疑問だ。

 そのまま駆けて彼に近づいていくと、彼もこちらに気づき小さく手を振ってくれた。

「お待たせ! ごめんね、待った?」
「ううん。全然待ってないよ。なんなら今来たところだから」
「そっか、じゃあよかった!」
「今日、お昼はレストラン予約してるから行こっか」
「えっ!? ほんとに? 嬉しい!」

無邪気にはしゃいで見せた私。それもそのはず、やはり彼の顔は非の打ち所がない。それほどまでに綺麗な顔を拝めたのだから。それに加えてこのスタイルの良さ。私以外のカップルが霞んで見えるほどだった。まして今日はお店の予約までしてくれていたのだから、彼なりに私を楽しませようと努力してくれているのかなと考えると、私はなんて恵まれているのだろうと周囲に対する憐れみさえ生まれた。

 ひとしきり会話を終えて、私たちはモニュメントから目的のレストランにもっとも近い出口に向かっていた。その途中も彼は私の手をギュッと握って引っ張っていってくれた。出口から外に出ると、夜7時過ぎということもあって仕事帰りの人が多く見受けられた。

「大丈夫? 僕、歩くの速くなかった?」
「全然大丈夫だよ。いい感じ」
「そっか、よかった」

なんだか今日の彼は大人だなと思ってしまった。それもそのはず、彼は見た目だけはとても大人びているが、デートはいつもは私がリードしていることが多いからだ。そんな彼に私はさらにときめいて、歩きながらギュウと彼の手を強く握る。

「……握るの、強くない?」
「強くないよ」
「あぁ……そう」

淡白に納得した彼。でも次の瞬間、彼は無言で私の力よりも強く私の手を握ってきた。それでも不思議なことに、全く痛いとは思わなかった。それ以上に彼の直の温もりがより近く伝ってきて心地よさすらあった。夜の寂しさも冬の寒さもどこにもなかった。

 駅から歩いて10分ほどだろうか。彼の足がピタリと止まった。

「ここだよ」

立ち止まったのは、洋風なレンガ造りの建物で、”如何にも”という感じの高そうなイタリアンレストランだった。

「ほ、ほんとにここなの……?」
「え、うん。そうだよ? さ、早く入ろう?」

彼に促されるままに、重厚感のある木製の大きな扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

これまた”如何にも”な口髭を蓄えた、何だか偉そうな人が出迎えてくれた。すると、彼は黙ったまま鞄をゴソゴソとし始め、すぐに何やら怪しげなカードを取り出し、それを口髭の男性に見せた。口髭の男性はそれを見るや否や、小さな声で「こちらへ……」と右腕を曲げて示した方へ私たちを案内した。他の客が静かに料理に舌鼓を打つ中を3人は抜けていく。

 抜けた先、そこにはまた新たな扉があった。木製の、枠の上部は丸みを帯びたモスグリーンに近いその扉を口髭の男性がソッと開けた。扉の向こうは、貸し切りの個室で、シルクの敷かれた円卓の上には空いていない赤ワインが1本、中央にポツリと置かれていた。

「えっ! 何ここ……これ、予約してくれたの?」
「うん、喜んでもらえるかなって。どうかな?」
「雰囲気も、全部綺麗……すごい嬉しい! ありがとう!」

私は嬉しさのあまり彼に飛び付きそうになったが、流石に控えた。しかし、それほどまでにこんなに綺麗な空間を私のために用意してくれたのかと思うと、何とも形容し難い興奮をおぼえた。

 そんな耽美な空間で食事をして、はじめに用意されていたワインも7割程度2人で飲んでしまったころ、最後のデザートが登場した。何だか高級そうなバニラアイスにジューシーなラズベリーソースがかかっている。私は一口食べようとスプーンに手を掛けたその時、彼はボソリと喋り始めた。

「あ、あのさ……」
「うん? どうしたの?」
「この後って、時間ある?」

この後。今の時刻は8時半過ぎ。

「時間? あるけど、行きたいところあるの?」

この雰囲気、この酔いの回り、彼の言わんとしていることなど想像に難くなかったが、私はわざととぼけた。

「うん……あるよ」
「えっ、どこ? どこでも着いてくよ~」
「もっと2人で静かになれる場所……とか」
「……いいよ? そこ行こ」

私は彼を見た。彼の顔は、明らかに酔いだけでは語り切れないほど真っ赤になっていた。彼と目を合わせようとすると、逆に彼は全く合わせようとしない。私は彼の照れを完全に把握した。そして、ここからは私がリードするターンかなと意気込んだ。

「その……前にさ、ひとつだけ聞いておきたいんだけど」

彼は俯いたままそれを聞いてきた。

「……女?」
「ん? ごめん、聞こえなかった。何?」
「……処女?」
「……は?」
「僕さ……初めてなんだよね。だから、綺麗な人がいいんだよ」

ガバッと私の方に向き直った彼の瞳は、先ほどまでの澄んだ瞳ではなく、何かに取り憑かれたように血走っていた。私は一瞬血の気が引いたが、落ち着いて彼に尋ねた。

「も、もし私がそうじゃなかったら……どうするの?」
「……許さないと思う」
「許さない……?」
「だって、君は僕に綺麗な女性として近づいてきて、こうしてデートしてる。だから、嘘を吐いてたってことになるよね?」
「う、嘘って……別に嘘なんて吐いてなかったけど」
「僕にとってはさ、裏切られた気持ちになるんだよ。だから、嘘と一緒。それで? どうなの? まだ綺麗なの?」

彼の目は、恐かった。ほとんど病的な、焦点の合っていない、何かひとつでも彼なりの”間違い”を私が犯せば何をされるか分からない。そんな漠然とした恐怖を感じる獰猛な眼差しだった。はっきり言って普通じゃない。

「今までの子はさ……みんな親切で、僕を好きになってくれてたんだ。でも、みんな経験済みでね。僕は綺麗なものが好きだからさ……ね、どうなの?」
「え……あ……うん……」

今度の彼はジッと目を逸らさず、黙って私を刺すように見つめていた。ここで私が、過去に彼氏が何人もいてだなんて告白すれば、どうなるか分からない。

「と、とりあえず外出よ? それからでもいいでしょ?」
「うん……分かった。とりあえず、出よっか」

途端に彼はニコッとして、瞳はいつもの澄んだ明るいものに戻っていた。私はそれが本当に狂喜じみているように感じてしまった。

「割り勘でいいよ」

とっさに出てしまった。ここで彼に奢られると、彼に強く出られてしまう。そう悪い考えが過ってしまったからだ。それを聞いた彼は、不機嫌そうにも不思議そうにも見える表情を見せてきた。

「いや、今日は僕が奢る気でここ予約したから。払わなくていいよ」
「あ、ありがと……」
「出たら、ちゃんと聞かせてね? 僕は君が、まだ穢れを知らない綺麗な人って信じてるからね……」

彼はさっきの、あの恐ろしい目で私を見ながら、暗に「逃げるな」とばかりのメッセージを送ってきた。それで私は確信した。これが彼の恋愛経験の少なさの正体で、みな反りが合わなかったのではなく、逃げ出していたのだと。そこから私は、いつ彼から逃げようかと考え始めた。

 会計は結局彼が済ませてくれた。私たちは入店時に案内してくれた口髭の男性に見送られ、店を後にした。

「あのさ、行く前に薬局に寄ってもいい? さっきワイン飲み過ぎて……あと、色々必要だと思うから」

私は逃げるための作戦を開始した。算段として、先ほどのワインから体調を回復させたいことや、行くならば経験のない男でも分かるであろう色々な準備のために薬局へ。コンビニでは狭く、すぐにバレることを踏まえ、少し広い薬局をチョイスしたのだった。

「確かにね。ちょっと僕も飲み過ぎたし、色々欲しいもんね。行こっか」

優しそうな目。しかしその奥にはあの目が隠れていることを、私は忘れていない。すると彼はギュッと私の手を握ってきて、私は薬局までは完全に逃げられなくなってしまった。今は握られているととても痛い。一瞬で感覚が変わってしまったことに驚いた。

 集合場所にした駅の真裏がゆっくりとできる場所の多い地域。その駅に程近い薬局に到着した。

「じゃあ私、自分の欲しいもの見てくるから、そっちも自由に見てていいよ」

私はまず自然な口実から、彼と繋がれた手を引き離そうと試みた。

「一緒に見ようよ。僕も色々欲しいしさ。お互い初めてだし……」

彼は頑なに離してくれなかった。それどころか、もはや彼は勝手に私を経験のない女と断定していた。ただ、私は彼が手を離してくれないというパターンは想定済みだ。

「確かにそうだね……あ、じゃあ何か時間かかりそうだし、先にお手洗いだけ済ませてきていい?」
「いいよ。僕もついていくね」
「あ、ありがとう」
「まだ、聞いてないしね?」

作戦は失敗だ。安直だったのだ。たかだかトイレに行くからと言っただけで、手を離すわけがなかった。それどころか、彼の握る力は今までよりもさらに強くなった気さえした。

 そして、トイレの前まで手を繋いだまま来てしまった。流石に彼も女性トイレまで着いていこうとは思わなかったのか、ここではじめて手を離してくれた。トイレに入って、私はこれからのことを考えた。改めて、彼のあの目をリフレインさせても、やはりあれは普通じゃない。異常性しか感じられなかった。再びそうした確信を得ると、ゾッとして、手のひらから冷や汗が出てきた。そしておそらく、彼は私が出てくるまでずっと待っているだろう。たとえそれが何時間であろうと。あれは確実に、待ち構えている。

「おーい! まだ?」

彼の声だ。あんな表情をする人だとは思っていなかった。そのあんな表情を見た以上、もうその声色に柔らかさは微塵なかった。私はこのまま無視を決め込もうと考えたが、薬局入店時の店内に人気はなかった。つまり、彼はそれを利用して堂々と女性トイレに侵入してくる可能性がある。時間がない。私は一か八かの作戦を決め、トイレから出た。

「ごめん、お待たせ」
「結構長かったね。大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「顔色悪いよ? そうだ、うち近いからそっちでもいいよ」
「ほんとに大丈夫! 早く買って、あっち……行こ?」

「あっち」のタイミングで私は駅の裏側を指差した。彼もその意味が分かったようで、何だか安心したような格好だった。そしてまた、彼は私の手をギュッと掴んでから、店内に歩いていく。

「あのさ、1個提案なんだけどね」
「うん?」
「私も知らないことだらけだから、店員さんと一緒に選んでみない? そしたら、安心して……楽しめると思うの」
「うーん……それもそうだね。呼ぼっか」

どうやら彼は本当に経験がないらしい。それどころか、そういうことを店員さんと一緒に見て回ることに抵抗すらないように思えた。同時に、これで私の作戦は半分成功したと言っても過言ではない。私の作戦はこうだ。店員さんと一緒に回る中、店員さんと私の距離が近づいた時に事情を話し、助けてもらおうというもの。これくらいしか、この店内、そして私の体力や彼との力の差を考えれば思い付かなかった。

 レジの前まで行くと、何故か店員さんはそこにはいなかった。どうやら店内で商品の陳列でもしているらしかった。

「ちょっとグルっとしてみようか」

私は提案して、今度は私が彼の手を引く。1列、2列と来て、店員さんは思いのほか早く見つけられた。今しかない。

「ちょっと呼んでくるね!」

私はバッと彼の手を振りきることに成功した。私が引っ張っていたことで、警戒心が緩んでいたのか、すんなり私の手は抜けた。そしてそこにいた男性の店員さんのもとへ急いで向かった。

「あの……」
「はい、どうされました?」
「今一緒にいる男性から逃げたいんです」
「は……? 彼氏さんじゃないんですか?」
「彼氏です。でも私……彼にこれから何されるか分からなくて。とにかく助けてください」
「……私にどうしろと? 警察でも呼びますか?」
「それだと、警察到着時に私たちが何されるか分かりませんよ」
「確かに……彼、大きいですしね。因みに、何をお探しですか?」
「??……今それを聞きますか? 時間がないんです。怪しまれたら……」
「いいから。言ってください」
「じゃあ……コンドームです」
「!?……分かりました。ではあなたは女性用品に。何とか私が彼と2人きりで探させますから、その隙……」

その時、背後から彼が近づいてきて店員さんとの秘密の会話は途切れてしまった。だが、もう店員さんを信じる以外なかった。

「お客様すみません。色々彼女、何を選べばとか分からなかったみたいで」
「あーそうだったんですね! もう、言ってくれればいいのに」
「ご、ごめんね。ついその……心配で、しどろもどろになっちゃってた」
「彼女さんなんですが、少々その……我々男性にはちょっとといいますか、女性用の商品をご覧になりたいということでしたので……どうでしょう、私たちだけで男の器具を一緒に選んでみませんか?」
「あー……じゃあ仕方ないですね。すみません、じゃあよろしくお願いします」

意外にも彼は素直に店員さん(私)の提案を受け入れた。でも、これで逃げられる。私は自然を保ったまま、女性用品コーナーへ。そしてなるべく背の高い棚の後ろに身を隠し、そこでしゃがんでから出口へと近づく。あと少し、あと少しと、安全が目の前に迫る。店内では彼と店員さんの会話と、店内BGMだけが住んでいた。
ウィーン。自動ドアが開く。それと同時に、私は一気に立ち上がり外へと駆け出す。

「いらっしゃいませー!」

私が駆け出したのと同時に店員さんの客への大きな挨拶が聞こえた。

 あの夜からはや2週間。あれから何か身の回りで起きることはなく、通勤もできている。それでも、彼のあの目の恐ろしさは未だに思い出すことがある。それほどまでに、常軌を逸していたような、経験のない女性への執着の強さを感じるおぞましい瞳だった。あの人は、いつかきっと何かしでかす。そんなことを考えてしまうのは、休日最終日の夜だからか。

「ピンポーン♪」

こんな時間に誰だろう。もうすぐ0時だというのに。

「ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪」

お隣さんに用事があった人が間違えて押していたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。深夜にインターホンを鳴らすなんて、とんだ非常識人だと思い、私は布団にもぐり、無視をしてやり過ごそうと考えた。

「ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪」

……。

「ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪」

…………。

「ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪ ピンポーン♪ ……。」

……と、ようやく鳴りやんだらしい。全く、インターホンに出ておらず良かったと、胸をなでおろす。

「バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!!!!!!」

突然、部屋の大窓を何者かが強打し始めた。恐らく、いや絶対に、先ほど私の部屋のインターホンを連打した人間に違いない。私は布団にもぐったままジッとうずくまる。

「バンッ!!!!!!!!!!!」

直後、パリパリとガラスを踏む音が部屋の内側で聞こえた。ガラスを足裏に付けたままなのか、パリパリという足音はまもなく私の前でピタリと止まった。恐怖からなのか耳が非常に良くなっていて、「フーフー」という荒い息の音が真上から聞こえる。

「……僕はァ、綺麗なものが好きなんだァ!! ねぇ、あの夜さァ……僕を汚そうとしてたよねェ! 本当に綺麗かどうかさァ……フゥフゥフゥ……確かめさせてよねェ!!」

「……ナアンダ、ヤッパリ、綺麗じゃなかったんだねェ」▼

【あとがき的な】

駄作。
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