見出し画像

【超短編小説】旅人の行方

 長い旅路だった。最果てまで行くとこうなるのかと、今実感した。全てをやりきって、やっと一息つける場所を見つけた。幾千も流れゆく月と太陽を見送って、その間に何事も後悔なくやり遂げてやろうと意気込んでいた時期もあった。ただ今ならわかるのだ。そんなことはできなかった、つまりできないのだ。それは私という旅人だけではなく、共にこの旅路を歩んできた他の旅人たちもそうだった。みな口々に「後悔はつきものだ」と言っていた。

 だから私も、数えきれないほどの後悔を色々な場所に置いてきてしまった。しかし厄介なことに、この旅路は進むこと以外許してはくれなかった。どんな時でも背中を押してくれしかしなかった。後ずさりをしようものなら、抗うことのできない神秘の力がはたらいて、どう戻ろうとしても先にこちらの足がへし折れてしまうのではないかと、とにかく不可能だった。

 周りの旅人たちも同様に戻ろうとして、時には結託して戻ろうとした時もあった。しかし全員が断念して、やり直したいものをそこに置いたままにして、諦めて先に進んだものだ。その中には、輪廻転生してでも、命を投げ打ってでもやり直したいと思えるものさえあった。そんな時にはその場に崩れ落ちたまま動けなくなって、自暴自棄になることさえあった。

 でも、それを支えてくれた旅人たちがいて、泣きじゃくる私の腕を取って、肩を貸してくれたものだ。それを見習ってか、周りでそうなってしまった旅人がいた時には、私も肩を貸した。落ち着くまで話を聞いてやったりした。だからこそ気づけたのだ。私たち旅人は、1人だけで旅を続けるなんてことは絶対に不可能であると。もし1人で旅をしようと無謀なことを始めようとしている者がいるのなら、私はすぐに駆け寄って、共に旅をしよう。

 そしてこれらのことは、まさに置いてきてしまった後悔たちが作り上げてくれたコンパスなのだ。このコンパスが出来上がっていくにつれて、私は長い旅路の中で迷い、彷徨い、時に戻ろうという愚行をすることがなくなっていった。だから今、後悔たちには感謝をしている。この手元にある完成しきったコンパスの材料は、全てを後悔なのだから。

 しかしながら、この最果てには私1人しか辿り着けていないのだろか。今、私の目の前には車止標識があるだけで、それ以外は、ただ雄大な空間に星屑と静寂が広がっているだけだ。もちろんまだ旅路を歩いているわけで、後ろに下がることはできない。そして前に進むこともできないという、全く身動きの取れない状態となっている。いつまでここで立っていればいいのか。手元のコンパスを見ても、赤い印がずっと上を向いたままで、もはや役立たずとなっている始末だった。

 さすがに何もできないことを悟り、そのままボーっと遠くを眺めることに徹することとした。これが旅人としての、まだ何かできたのではないかという最後の後悔かとさえ思ったが、今考えてもしょうがないとすぐに諦めがついた。ひとつため息をついて、座ることも歩くこともできずにいるため、背中に背負った荷物が怠く感じたのでその場に下ろした。下ろした瞬間、長い間背負ってきた大荷物は跡形もなく消えてしまった。

 私は驚きと共に落胆した。これまで獲得してきた大切なものたちが一瞬で消えてしまったのだ。とてもじゃないが、言葉にならなかった。悔しくなって、グッと両手に力が入る。すると、何やら右手の方に小さく硬い、薄い何かが入っていた。手を広げてそれを確認すると、「最果て→」と書かれた切符のような厚紙だった。先ほどの荷物と引き換えとでもいうのだろうか。だとすれば、かなり釣り合っていない一方的な取引だ。

 そうして恨み節を呟いていると、車止標識の方向の遠くから聞き馴染のある電車の音が聞こえてきた。ライトをつけた車体はこちらへと真っ直ぐ向かってくる。どうやらこの列車はワンマン一両編成のようだ。そして到着の合図もないまま、その列車は無言で私の前に停車した。停車と同時に私の目の前に階段が現れ、それは列車のドアに向かって伸びていた。私はゆっくりとその階段を上って、列車のドアをくぐった。

 ドアのすぐ先には車掌らしき人がおり、無言で手を差し出してきたため、私は切符だろうと察し、手に持った切符を車掌らしき人の手の上に乗せた。途端に車掌らしき人は手の上の切符と共に消え、同時にドアが閉まり、列車が走り出した。私は進行方向に向いた窓側の席に座り、外を眺めた。

 無言のまま進む列車。聞きなれたレールと車輪のガタンゴトンという音だけが一定のリズムで聞こえる。他の乗客はいないのかと、一瞬席を立って車内を見たが、やはり私だけのようだった。誰もいないのならと、もといた席に戻り、再び外を眺めていると、何やら不思議な光景が起こり始めた。

 それはどうにも、いわゆる走馬灯のようなもので、私の旅の記録が次々と車窓に流れてくるではないか。どの景色も、私にはしっかりと見覚えがあるし、私しか知り得ないような場面もそこにはあった。そしてその景色はどんどん私を遡っているようで、映る風景の中にいる旅人たちの容姿からそれが推測できた。ああ、これは本当に自分が辿ってきた足取りなんだなと思わされた。

 結局その風景は、私が誕生した瞬間まで遡った。アルバムで見たことがある、母に抱かれ、その隣で父が私をジッと見守っているその様子まで遡っていた。そこまでいって、パタリと走馬灯のような風景は終わり、再び星屑の世界が広がった。そして星屑の世界に戻ってすぐ、列車はゆっくりと停車した。ガコンと、突然ドアが開いた。どうやらここで降りろということらしい。私は立ち上がって、ドアの前まで移動した。

 するとどうだろう。私は本能的に降りるのが怖くなった。すぐ一歩を踏み出すだけというのに、何故だか降りられない。私が立ちすくんでいると、乗車時にいた車掌らしき人が再び私の真横に現れた。

「お客さん、降りてください」
「……でも」
「ここが終点ですから」
「あの……ここはどこなんでしょうか」

私は時間稼ぎも兼ねて、恐る恐るそれを聞いてみた。車掌らしき人は顔色ひとつ変えず、即座に返答してきた。

「ここは終点の『始発』です」
「……始発?」
「ええ。駅名が始発なのです。もういいですか?」
「え……うーん……」

私は降りたくないとばかりに悩むフリをした。車掌らしき人はそれを見て、ハァとため息をついてから、また口を開いた。

「あなたはまた旅人になるだけです。また最初から、全部やり直せるんですよ。大丈夫、終わったらまた来ますから」
「そうですか……」

またやり直せる。その言葉を聞いてなんだか希望が見えた気がして、私は大人しく列車から降りた。

 気が付くと、私はどこからやってきて、何をしていたのか、そしてここがどこなのかすら分からなくなっていた。いや、分からなくなったのではない、もはや全てを忘れてしまったのだ。そう悟った時には、自分の身体がまるで赤ん坊のようになっていた。


【あとがき的な】
多分、これが最期で最初。

これスキ!と思ったら、スキやフォローよろしくお願いします!!


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?