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【超短編小説】気にしてほしかったな。
彼に送った最後の連絡から一週間が経った。未だにそのメッセージには「既読」の文字が現れていない。私は日夜気になって、来る日も来る日も彼のオンライン状態を確認する。自分でもわかっている。こんなのはストーカーだ。
今日もまた仕事が終わって、帰りの電車の中で彼とのメッセージを確認する。私が最後に送った文章、「23日って空いてるー? 駅前のカフェ一緒いこ!」に今日もまた、相も変わらず何の文字も付いてい
【ショートショート】日常
僕らの日常なんてのは多分、世界ができた時にたまたま生まれた小さな隙間の物語だ。
欲と欲が絡み合って、それを結束だなんて恥さらしをする。どこまでいっても動物な僕らは、それでも「最も賢い」と意地を張る。嫌な病だと、ふと嗤える。
いつの間にか、檻の外側からものを見ている気になっていた僕らだから、これっぽっちの日常でも、それが全てだと思い込んでいる。それ以外の部分の方が遥かに広く、果てしなくとも、それを無
藤井風『満ちてゆく』を聴いて。
書き始める前に、note上でこの曲に関する記事がたくさんあって、やはり影響力というか、彼の紡ぐ芸術世界は様々な、多くの方々の心の中にまで入り込んでいるのだなと。
僕は大そうな解説や学術的な紐解きはできませんから、単に聴いた感想、勝手な思想になります。
藤井さんは「愛は既にたくさん持っているもので、与えるほど満ちてゆくもの」と語っておりました。でも歌詞には「今なら本当の意味が分かるのかな」と入れ
【超短編小説】桜回線
酔いしれる、桜の匂いに、ふと巡る。またこの時季が訪れた。煌めく提灯春色の、夜空にひらりと落ちていく、薄桃色が手のひらに。
ふと見上げ、欠けた三日月から満ちた、遠くより鳴く月明り。花びらと、ぼんやりとした赤橙の、僅かな隙間より差して、再び落ちる花弁を透かす。
広がったブルーシートの不調和が、そこら中に点在する。群雄割拠の合戦を、勝ち抜いてきた者がプカプカと、その海上で飲んだくれ。充満してい
【超短編小説】三日月ファストパス
本を読む君の、その閉じかけた瞳にかかる黒い煌めきを遠くから眺める午後4時40分。吹奏楽部の演奏だけが反響して聞こえてくる校内。その端に追いやられた静かな図書室で一人小説を読む僕がいる。
9月の残暑で君も僕もまだ半袖で、本をめくると同時に長い黒髪をかき上げる君の動作が小説に集中させてくれない。僕が読んでいるのは、ありきたりな恋愛小説。最近映画化したとかなんとかで人気が出ているものらしい。
【超短編小説】多分、アダルトチルドレン。
私は、成人式が嫌いだ。私は、卒業式が嫌いだ。
私は、素直に親に感謝することができない。だから、上に挙げたような行事が嫌いだ。嫌いな理由はいくつかあるが、ひとつは全員が親に素直に感謝をすることが当たり前で、それができなければあり得ないという顔を向けられるからだ。誰でも親なのだから感謝くらいはできるだろう。そう決めつけられるのが嫌だからだ。
もうひとつは端的に、親が苦手だからだ。今まで親とし
【超短編小説】鏡の中のプリンセス
僕の家には鏡がある。そしてその鏡の中にはプリンセスがいる。プリンセスと言っても、それは自分にとってのプリンセスで、きっとみんなが思っているプリンセスとはかけ離れている。だってこのプリンセスは映画で見るようなドレスは着ていない。普通の女性という感じの服装だからだ。
プリンセスは決まって、僕が鏡の前までやってくると現れる。いつもご機嫌な顔で僕を見てくる。その度に思う。僕とは全然違う。プリンセスは
【超短編小説】春風と去る
私は今春大学を卒業する。私は1年生のころから付き合っているひとつ上の彼と、2人にしては少し手狭なアパートの一室を借りて同棲していて、彼の愛煙する煙草の匂いが染み付いている。駅から少し離れているこの物件は、普通の人からすれば不便の一言で済まされるだろう。でも私にとっては、同棲する前は彼と一緒に居られる時間が増えたみたいに感じて、雨の日は特に特別だった。
小学生みたいに心の中ではスキップして、彼
【超短編小説】お返し断捨離
またこの日が訪れた。月日を巡るのが、年を経るごとに早まっていく。等しい時間を生きているはずなのに、自分だけが他人の何倍もの速さで人生をすり減らしているようだ。
いつか貰ったバレンタインの幸せを、僕は忘れることができない。未だ眩しさを保って、瞼の裏に投影される温もりのある日々が凍てつき荒んだ虚空の心を浸潤する。
それはどれだけ遠く離れていこうが、記憶が薄れようが、身体が動かなくなろうが、ず