[過去原稿アーカイヴ]Vol.16 蓮沼執太インタビュー:蓮沼執太、影響を受けたアルバムを語る(2021年)

 ソニーが運営していた高音質ハイレゾ配信サービス「mora qualitas」の扱い楽曲の中から、蓮沼執太のバックグラウンドを作ってきたアルバム10枚を選んでもらい、解説してもらうというインタビュー。2021年2月掲載。その後「mora qualitas」のサービスが終了してしまい、インタビューも読めなくなってしまったので、本人の了解を得て再掲する。彼が熱心に聞いてきたであろうアンダーグラウンドなエレクトロニカ系や音響系が当時サブスクにはあまり来ていなかったので、主にそれ以外のジャンルから選んでもらったが、興味深い話の連続だった。元は前後編2回の掲載を1回にまとめて再掲する。
 リードや見出しも含め当時の掲載内容そのままの転載だが、視聴リンクのみSpotifyのものに変更してある。本文中で蓮沼が言うように、できればCDやAmazon Music HD等の高音質配信サイトで聴いていただければ幸いです。

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 音にこだわりを持つミュージシャンやプロデューサー、スタジオエンジニアがこれまでに長く聴いてきた自らを形成した作品の魅力や音について語る連載コンテンツ「My Music Linernotes」。その第3回は2020年12月16日に羊文学の塩塚モエカを迎えた新曲「HOLIDAY」を配信リリースした蓮沼執太が登場。多彩な活動形態でも知られる蓮沼執太がmora qualitasを「digる」感覚で選んだ10枚について話を聞いていく。

(インタビュー・文/小野島大)

中古レコード屋さんでレコードを掘っているような感覚で選びました

──選んでいただいたアルバムは蓮沼さんにとってどういう意味をもつ10枚ですか。

今の世の中ってどんな音楽にでもアクセスできるじゃないですか。YouTubeで検索したら一応音楽はなんでも聴けてしまうし。でもそういうことではなく、このmora qualitusはハイレゾもしくはロスレス音質ですし、一般的なストリーミングよりも音質が当然良い。ぜひYouTubeじゃなくmora qualitusで聴いてもらいたいですね。

──そうですね。

 (選出は)中古レコード屋さんでレコードを掘っているような感覚でしたね。実際にdigるという行為に近いですよね。例えば、クラスターだったらクラウト・ロックの棚を探したり。検索するにしても検索エンジンにそのアーティストがあるかどうかもわからなくて、マイナーなアーティストだとなかったりもする。でも、その“ない”っていう経験がちょっとおもしろかったです。インターネットと向き合ってると、出会えないことってあんまりないじゃないですか。自分自身がわりとマイナーな音楽を聴いて育ってきた方なので、そういう人代表のつもりで選びました。

──なるほど(笑)。挙げていただいた音源を見てみると、半分以上が蓮沼さんの生まれる前(1983年生まれ)にリリースされたレコードなんですよね。中高生の頃は音楽を聴く専門だったというお話を以前お見かけしたのですが、その当時はどういうリスナーだったんですか。

小学校後半ぐらいからいわゆる“洋楽”っていうものが好きで、中学校から電車通学になったんですけど、通学をしていると行動半径が広がって、急に大型CD屋、レコード屋さんとかに行くようになるんですよ。知り合う人も変わって音楽の幅も広がって、それで人が聴いていなそうな音楽をどんどん聴くようになっていきました。今回選んだものは大体70年代のものと、2000年代のものなんですけど、ちょうど高校~大学ぐらいの時期にハマってたものなんですよね。実際に自分が本当に熱心にレコードをdigしてたときに聴いていたものが多いかもしれないです。

──一番最初に好きになったアーティストは誰ですか。

僕はヒップホップが好きで、ニューヨークのラッパーが好きでしたね。ビースティ・ボーイズ、ジェイ・Zとかナズなんですけど。その後に西海岸の人も好きになりましたけど。

──ヒップホップのどういうところに惹かれたんですか。

言いたいことがあったらすぐにビートに乗せて言うっていうことと、周りにあるものを使って音楽を作っていくっていう点ですかね。サンプリングとかがまさにそうだと思うんてすけど。そういう姿勢ですね。スケートボードをやっていた影響もあって音楽の聴き方にも姿勢が必要なんだ、と当時は思っていました。今は好きなように、自由に楽しむのが一番のリスニング方法だと思っていますよ(笑)。

──そういう心構えも含めてヒップホップが蓮沼さんにとっての入り口だったということですね。

そうですね。ヒップホップから音楽の世界に入っていくと、そのサンプルネタからソウルとかファンクとかテクノとかも行くし。テクノに触れたらテクノの周辺をまたどんどん掘っていけるし。そうすると、こっちのジャンルとあっちのジャンルが繋がってたとか、そういう発見が楽しくて、どんどん掘っていくわけです。誰も知らないような音楽があるといいなとピュアに思って、レコードとか音楽を探してましたね。

──80年代の終わりから90年代の頭って、そういう、誰も知らないようなレコードを中古レコード屋で掘ってきてそれをDJでかけたり、そういう時代でしたよね。

そうなんですね。僕はUSとかヨーロッパのインディーズミュージックをオンタイムで聴きあさってました。2000年代前半ぐらいの、当時は新しい音楽、いわゆるベッドルーム的な音楽をよく聴いていて。ポスト・ロックとか音響系、インディペンデントのヒップホップとか。そういうのはやっぱり細かければ細かいほど面白かったりするので。その辺りの楽曲は(mora qualitusに)あまりなかったので、今回選んでませんけど、後にアップデートされると良いですね。

──なるほど。挙げてもらったリストの中ではQティップとかクリプスとか、そのあたりはヒップホップにハマっていた当時にお好きだったアーティストっていうことですか。

そうですね。Qティップとクリプスは今もずっと好きですね。オールタイム・フェイヴァリット・ラッパーですね。

──Qティップはア・トライブ・コールド・クエストじゃなくてソロの『ザ・ルネッサンス』なんですね。

トライブもすごく好きですけど、このアルバムが特に好きだったので選びました。これかなり久々にリリースしたアルバムですよね(前作『アンプリファイド』以来9年ぶり)。ディアンジェロもそうでしたけど、傑作を作ってもう(しばらくは)出さないっていうタイプの人ですよね。そういう音楽家へのリスペクトを込めたところもあります。このアルバムも5、6年かけて作ってるらしくて。そういうことも選んだ理由のひとつです。

──ひとつの作品に徹底的にこだわって長い時間をかけて作る、次の作品がなかなか出てこないアーティストもいますが、蓮沼さんは違うと。

僕の場合もソロ作品はもう数年リリースしていませんが、いくつかのプロジェクトやコミッションなどで新しい音楽は作っています。良い作品を世に出すことは、もちろん制作時間の長さも大切ですけど、例えば3か月ぐらいの短い制作期間だって傑作が生まれるかもしれないので、一概には言えないですけどね。

──そうですね。

僕はあまり特定のアーティストの大ファンになることって少ないんですけど、Qティップは客演でラップをしてたら必ず聴いてしまうファン感情がありますね。

──クリプスの『ロード・ウィリン』はどういうところがお好きなんですか?

クリプスはちょうど自分が渋谷のレコード屋でバイトしてる時に、店でずっと流れてたんですよね。それで好きになりました。20歳くらいでしたね。

──その頃の思い出と繋がってる、みたいな。

そうですね、思い出ですね。僕の友達もよくかけてたし。僕がヒップホップとか好きだって言っても意外に思う方も多いですけど、ニュー・スクールとかが終わって、ある意味で新しいヒップホップ、ティンバランドとかネプチューンズとかが現れた時期の、波が変わるときに出てきている人たちは好きです。サンプリングでは無いクリエーションに興味がありました。

──ディアンジェロの『ヴードゥー』もほぼ同じ時期のアルバムですね。

ヒップホップから掘っていくとだんだんソウル・ミュージックとかファンクとかを聴くようになるんですけど、当時の現役のシンガーで「うわっやられたな」って思える人がそんなに多くなくて。どっちかというとR&Bだと少しモダンなビルボード的な人が多かった。その中でディアンジェロは異彩を放ってましたね。売れてるけどセルアウトしてないし。『ブラウン・シュガー』とかを初めて聴いたときは本当にずっと聴いてました。それで『ヴードゥー』が出たときも、出てすぐにタワレコの試聴機で聴いて買った記憶がありますね。

──蓮沼さんはプリンスとかだと、ちょっと前の世代ってことになるんですか。

そうですね。僕の上の世代の人々がプリンスを聴いていて教えてもらっていましたが、僕らの世代はディアンジェロをオンタイムで聴いていたっていう。

“なんでそうなっているのか”って思う音楽がすごく好き

──あとは70年代の作品が主になっていきます。アリス・コルトレーンの『トランセンデンス』を選ばれた理由は?

わりとこのアルバムが良い意味で聴きやすいアルバムだなと思っていて。A面とB面で結構違う構成になっています。A面がほぼハープで、B面がゴスペルというかちょっとインド音楽っぽい、祝福感があって。アリス・コルトレーンでもそういうアプローチはあまり他にない。アレンジとしても聴きやすいし、録音盤としての完成度も高いんですよね。ライヴで一発レコーディングっていうよりは、細かいアレンジがしっかりされてて、オーバーダブっぽい音作りにもなっていて。当時はたくさん聴いていたんですよね。

──蓮沼さんがご自身で打ち込みで音楽を作り始めたのはいつ頃なんですか。

打ち込みで真剣に始めたのは、22歳あたりです。

──意外と遅いんですね。じゃあアリス・コルトレーンとかを聴いている時は、まだリスニング・オンリーだった頃ですか。

そうです。今回挙げたQティップ『ザ・ルネッサンス』の時は活動してましたが、それ以外は全部リスナーとして聴いてました。

──自分の創作の参考のために聴くのではなく、ただ単に好きで聴いていた。

そうですね。僕は自分の創作の参考のために音楽を聴いてもあんまりピンとくることがなくて。なのでいつもリスナーとしての気持ちで音楽を聴いています。

──なるほど。アリス・コルトレーンというと、スピリチュアルな音楽と言われることもあります。そういう面での興味はあるんですか。

何をもってスピリチュアルかっていう問題もあるんですけど、僕はスピリチュアルな思考があるかと言われたらそうでは無いです。だからこそ、“なんでそうなっているのか”って思える音楽がすごく好きで。フリー・ジャズでも、“なんでフリーになっていくのか”というミュージシャンのプロセスなどに対して興味がある。だからスピリチュアルっていうこと自体に対しての興味は少ないです。例えばサン・ラとかも、実際にライヴとかをみてると(宇宙と)交信することが演奏だったりする。天を仰ぐとか。そういう本質は僕には理解できないけど、とはいえ音楽の要因の一つとして、スピリチュアルな精神性のものに頼って作っていくという意識とか構造にすごく興味がある。例えばツトム・ヤマシタは禅的な意識の方向で音楽に向かっている。そういう精神状態には僕も興味はあります。

──蓮沼さんはそういう拠り所みたいなものはあるんですか?

(笑)拠り所が僕はないんですよ。僕は無宗教なので、そういう意味での拠り所もない。そうなると拠り所は自分自身だったり、環境とかなんでしょうね。

──精神的なことだけでなく、例えばダンス・ミュージックをやっている人にはクラブという現場があって、それがひとつの拠り所になったりしますよね。

そうですね。音楽制作と自分自身というのが切っても切れないもので、自分自身が作曲した音楽が存在する場所、というものを決めつけたく無いという思いが強いです。つまり、どこでも自分の作品は世界に存在できる、そういう状態はある意味で理想に思っています。もちろん僕も曲を作る時その音楽がどのような場所で響くか当然気にして作ってるけど、ただそれをひとつの場所というよりはいろんなところに開放しているという感覚があるんです。ひとつじゃなくてみんなそれぞれの場所があるっていう認識ではあるので、自分の場合はいかに固定概念や様式をひっくり返していくか、そういう方に関心がありますね。

──なるほど。だからインスタレーションみたいなことをやったり、いろんな場所で蓮沼さんの音楽が鳴っているという状況を今作られているところなんですね。

基本的に空間は、ずっと存在すると思いがちなんですけど、やっぱりその一瞬しか存在していない。テクノロジーが進化したから録音技術が生まれて、音をレコードにできるだけであって、実際は音楽は聴く空間がないとその都度、音の形(響き)が変わっていくものだと思っているんです。なので、こういうインタヴューの時に“クラブのために音楽をやっています”と言うと、とても伝わる強いメッセージなんですけど、僕の場合は音楽は複数存在する、多種多様であるべきだと思っているので、こういう回りくどい答えになってしまいます。

音を一から作っていく行為はすごく好き
ただそれで完成じゃないっていうのはわかっている

──今回選んでいただいた10枚で一番驚いたのはツトム・ヤマシタの『ヘンツェ:刑務所の歌/武満徹:四季、他』です。

GO(70年代にツトム・ヤマシタがやっていたバンド)なども好きだったんですよね。『ヘンツェ:刑務所の歌/武満徹:四季、他』では「四季」という武満徹さんの曲をやっているんです。武満さんの数少ない打楽器曲ですが、これはバシェ兄弟(ベルナール&フランソワ)っていうフランスの音響彫刻を使用した曲で、大阪万博の時に武満さんが呼んで上演されています。今回、武満さんの曲あるかなぁと今回(moraを)探してみたらこの作品が出てきました。バシェの彫刻作品は日本に4作品ほど残ってるんですけど、一昨年その作品をすべてを演奏しにいきまして、割と自分でもその感覚が残ってたっていうものもありセレクトさせてもらいました。

──このアルバムはどういうところに惹かれましたか。

この『ヘンツェ:刑務所の歌/武満徹:四季、他』だけに関して言うと、「四季」で扱っている対象物、それを触る音楽家のインスピレーションによってだいぶ音の鳴りが変わるんですね。音響彫刻に触れている打楽器奏者の演奏はたくさんあるんですけど、聴き比べるとやっぱりどこか「奏者」としてのフレームを出し切れてない部分があって、このアルバムの「四季」を聴くとそういったフレームが完全に抜けている印象があります。今の耳で聴いてもすごく音響的。つまり、新しい音楽に聴こえるんですよね。今風の、2020年に合っているっていう意味でもないんですけど、全然古びてないし、かつこれは電子音でもないので、ある種、即興的に音響彫刻を使って聴いたことがない音、今聴いても新鮮だと思える音を立ち上がらせる奏者をすごいなと思っていました。

──私は正直言ってこの10枚の中でこのアルバムだけ聴いたことがなかったんですが、今回聴いたらすごく良かった。すごくストイックで清潔な音楽だなっていう気がしました。余計なものがない。

オンタイムのリスナーでは無いので的確では無いと思いますが、当時はサイケっぽい音楽と見られてたんじゃないかっていう感じもします。でも音自体はすごくピュアで、無垢な精神で作品(武満さんの楽曲とバシェの音響彫刻)と向き合って音を出すという行為をしてると思います。

──音で何かを恣意的に語るような素振りがない気がします。そういうピュアな姿勢という意味では、クラスターにも通じるとものがあるような。

やっぱりその時代の空気でしょうか。電子楽器が出回ってきて、それを初めて自分に取り入れていく新しいことへチャレンジする姿勢もあるのかもしれないですね。

──そういうものをおもしろがってやってるのが伝わってくるし。

そうですよね。触ってみたら変な音が出てきたから使ってみようってなったことが安易に想像つくし、僕もシンセサイザーはプリセットを敢えて使うのも楽しいですが、音を作るのが大変なシンセサイザーも触っていて好きなんです。ちょっと面倒臭くて、簡単に音が出ないのも面白いです。音作りしてるだけで、あっという間に時間だけがすぎていきます(笑)。論理的に考えないで、ごちゃごちゃとパッチングしたりして、変なエラーが起きたりするのも気に入ったりして、じゃあこれを覚えておいて今度使おうみたいなことになるんです。その手探り感がある音楽制作の雰囲気はクラスターにはありますよね。

──シンセサイザーの製作者が意図してないような使い方をして、想定してなかった音が出て、こういう変な音が出るんだっていうのを試行錯誤しながら探っている感じ。

ビシビシ感じますよね。

──蓮沼さんはシンセサイザーで音作りをしている瞬間が一番楽しいですか?

音をゼロから作っていく行為はすごく好きです。オシレーターを振動させて音を作るっていうのはすごく根源的な行為ですよね。環境音をレコーディングしていると音は(自然界に)既に存在しているものだなと気づくんです。もう既にたくさんの音があるのにも関わらず、さらに自分でも新たに作っていく。それはすごく大切な行為であって、気持ちを込めていつもやっているんです。でも作曲家としては、音作りで満足するのではなく(笑)、その音を音楽にしていくことが次の段階で大切だなといつも思っています。

──作曲作業ではコンピューターを使っているんですか。

コンピューターも使いますし、シンセサイザーもあります。作曲のプロセスは本当に色々な方法で行っています。

──例えばメロディとかはどういうふうに作ることが多いんですか。

これまでにも、メロディ制作はいろんなチャレンジをしてきました。鍵盤ではいかようにもメロディは作れてしまうし、コードが決まっていればその上にメロディをつけることもできるんですけど、自分にとって本当に一番しっくりくるのは、何もないところでメロディが作られていくことですね。それが一番理想的だと思います。アルバム『メロディーズ』では自分の声から出てきたフレーズをメロディとして構築していったり。環境音から拾ってみたりとかもしてましたね。環境音の中からメロディを発見していくことも楽しかったです。色々な方法で音楽の要素を発見して、見つけるチャレンジしてます。ただ、人間が歌うメロディは身体的な制限が出てきます。そういった制限に対して、どのように思考していくか、なども作りがいがありますね。

──環境音からメロディが出てくるっていうのはどういうプロセスなんですか。

フィールド・レコーディングした音を何度も聴いていると、そこに大きなリズムだったり、メロディのような音階のようなものを発見出来ます。例えば、オリヴィエ・メシアンも鳥の鳴き声を採譜していき音楽にしていきました。自然界の音を西洋音階で記号化するのもある意味では抵抗ありますが、それでも環境から人間がある要素を取り出して、作品化することから新しい何かがはじまるかもしれませんよね。

──環境音楽という点でいうと、ブライアン・イーノが挙げられてます。

今回の楽曲選びの中で、環境音楽を選びたいな、と思っていました。色々と探したのですが、これしかなかったっていうのが正直なところですね。でも基本中の基本のこの楽曲が入っていれば良いんじゃないかとも思います。

──イーノはかなり聴かれたんですか?

実はそんなにガッツリ聴いた、影響を受けたっていうことではなくて。直接的に影響を受けたっていうのはまずないんですけど、影響を受けてきた人に影響を受けているっていうことはあるじゃないですか。イーノはそういう存在だと思っています。でも聴くときはしっかり聴きますよね。

──まさに元祖・本家で、ここから始まったという。

イーノは僕が出会った時には、もはやアンビエントという概念は出来上がっちゃっていて、そういったブームも終わった後なので、歴史を学ぶようにして後追いしてる感じなんですよね。でもそういうものを名盤として挙げておくっていうのはとても大切だなと思っていて。

──挙げてもらったイーノの『アンビエント1/ミュージック・フォー・エアポーツ』がリリースされたのは1978年で、ちょうどパンクがガンガン出てきた頃で、私はこれをリアルタイムで聴いてたんですけど、やかましい音楽や先鋭的な音楽がいっぱい出てきて世の中が騒然となっている時にこういう静謐でミニマルな音楽が出てきて、逆にすごく衝撃を受けたことを今でも覚えてますね。

その時代の社会の体制と音楽がどういうふうに向き合っていたのか、ということにとても興味があります。現代(の音楽)はそういう部分に希薄さを感じることが多いです。なので、オンタイムで「時代の音楽」として、当時の「刺激があった」という状況や経験をお持ちなことは羨ましいです。

歌が上手い下手とかじゃなくて
どういう生き様をしているかっていう方が大切

──イーノは同時期にディーヴォとかトーキング・ヘッズとか『NO NEW YORK』とか、そういう尖った作品のプロデュースをたくさんしていて、同時進行で『アンビエント1/ミュージック・フォー・エアポーツ』を作っていたのがおもしろいところです。そのイーノとも親しい仲であろうロバート・ワイアットの『シュリープ』も選ばれています。

ロバート・ワイアットもこの並びに入っていたら面白いかなっていうのもあったんですけど、この『シュリープ』はmora qualitusに入っている中で一番好きなアルバムですね。

──これは名作ですよね。

ですね。好きでよく聴いてましたね。ワイアットの魅力も空気感なんですよ。音の質感がやっぱり好きなんですよね。

──それまでワイアットは自宅でコツコツ宅録してる人でしたけど、このアルバムはスタジオでいろんな人を呼んで作ったバンド作品です。だからそれまでの作品とは少し毛並みが違うんですけど、でもやっぱりワイアットらしいと。

そうですね。イーノも参加していて、要はスタジオ・アルバムっていう感じですよね。そのレコーディングのニュアンスもやっぱり好きですし、僕はワイアットを聴いてから、ソフト・マシーンを聴いた流れなので、ワイアットは弾き語りのソロが多いっていうイメージなんです。それも時系列で聴いてないからですよね。

──ワイアットの魅力は声だという人が多いですね。

そうですね。僕はパスカル・コムラードがロバート・ワイアットとデュエットしたクルト・ヴァイルの「セプテンバー・ソング」のカヴァーで初めてワイアットを聴いたんですけど、すごく印象的でしたね。

──坂本龍一はワイアットの声を「世界で一番悲しい声」だと評していました。

そうなんですね。坂本さんとのコラボレーションも聴いてみます。やはり声に圧倒的な世界観がありますね。それだけシンガーとして優れているんだろうし。声というのは、自分の身体の中から出てくる音ですよね。それは自ずと人間性や自分が生きてきた時間や経験が音となって出てくるものでもすよね。その声をさらに言葉を乗せて音楽として響かせるっていうのは、やっぱりその人の人生観がとても出るものですよね。自分が歌う声は、いわゆるプロのような歌唱技術はないけれど、それでも自分の声を自分が作った曲で使うことは「その時の自分」が真実として現れるオリジナルな楽器だと思うんです。

──ミルトン・ナシメントも声が魅力的な人です。挙げてもらった『街角クラブ~クルービ・ダ・エスキーナ』はブラジル音楽の名作ですね。

これも当然リアルタイムでもなく、でも初めて出会ってからずっと聴いている音楽で。多分日本でも流行ってたんでしょうけど、コンテクスト無しで音楽が自然と自分の中に入り込んできて。これはエンジニアリング的にもおもしろいし、コード進行とかもユニークで、ジャケットも良いし、だからすべてが好きなアルバムです。

──エンジニアリング的におもしろいと言うと?

まず、パンニングがおもしろいですよね。ミックスがまずとてもユニークです。それがサイケ・ロックっぽい流れでやってるんだろうけど、音楽がミナス全開ということもあり、サイケを内包してるけど、どこかフュージョンっぽさも。とても耳触りがコンプ強めのドライだけど聴きやすいっていう感じのミックスがおもしろいですね。一緒にやっているロー・ボルジェスもビートルズ以降の雰囲気を纏っていて、その取り入れ方が独特すぎて、それがオリジナリティとなって消化されている印象ですよね。

──ブラジル音楽はかなりお聴きになったんですか。

かなり聴いていた、というわけでもないんですけど、そのときもレコード屋で働いていて、再発とかを入口にして聴き込んでいきました。ブラジル音楽が好きなDJの知り合いも多かったので、それで片足突っ込んで聴いてみて自分に合うのがミルトン・ナシメントだったっていう感じですね。でも、ブラジル音楽こそ社会や歴史と深い関わりも合って、トロピカリアなどからカエターノには大きく影響を受けましたし、他にもトン・ゼー、ジョビン、ジョアン・ジルベルトなどなど、本当に好きな音楽が多いですね。ちなみにブラジル映画も好きです。

──なるほど。そして最後がジュディ・シルの『ジュディ・シル』です。これはもう名盤ですね。これはどういう出会いだったんですか。

本当にたくさん聴いたアルバムですね。ジュディ・シルもレコード屋で知ったはずです。今回、あるといいなと思って検索したら引っ掛かったって良かったです。これを読まれる方も、「こういう音楽も入ってるんだ」って思ってもらえるといいですね。

──どういうところが魅力ですか。

声と曲とギターっていう……つまり全部なんですけど(笑)。

──同時代にはジョニ・ミッチェルとかローラ・ニーロとか、そういう優れた女性シンガー・ソングライターがたくさんいましたが、その中でジュディ・シルはどういう存在ですか?

メインストリームではなくて、ちょっとそういうシーンから外れている印象が僕はあります。すごくプライヴェートな音楽だと思って当時は聴いてたんですけど、その影っぽい印象が好きだったなっていうのはありますね。一番最初に聴いたときに驚いたんです。ギターと声だけなのにあまり聴いたことのない音楽だなと。でもどこか耳馴染みが良い。

──蓮沼さんが女性シンガーに求めるものはなんですか。

難しいですね。僕は女性シンガーと一緒に音楽を作る機会が多い方です。僕が出会う人はみなさん確固たる自分のスタイルがある方なので、自分から何かを求める、というのはないかもしれないです。歌が上手い下手とかじゃなくて、自分自身としてどういう生き様をしているかっていう方が大切。それって、歌だけじゃないですよね。自然に佇んでいるだけでカッコいい女性シンガーが好きです。

──背負ってきた人生が歌に出ているような人。

そうですね。人生の背景が少しでも音楽を通して伝わるといいですよね。音楽ってある種のフィクションでもあるので、嘘ではなく自然な姿勢を物語として発信してほしいですよね。人生を感じるって言ってしまうと、すごい重みを感じますけど、音楽から人間性が感じられるっていうのは大事なポイントですね。

──例えばご自分の作品で女性ヴォーカルをフューチャリングするときも同じですか。

そうですね。ご一緒することって、偶然な出会いが結構多いんですよね。自分の声をヴォーカルとして成り立つことと同じように、一緒に参加してくれるヴォーカリストが伸び伸びと歌えるように、自然に自分が描いているヴォーカルが響くように、心身的なストレスが無く歌える環境を作るというのが僕のヴォーカリストとの関係性かもしれません。あとは、いわゆるフィーチャリングというよりも、様々な楽器や音のハーモニーと同じ立場でヴォーカルも考えているので、アンサンブルのひとつとして考えていると思います。ヴォーカリストだけでなく、音を出すメンバー全員それぞれが独立していることで、それそれの持ち味が輝くようになるのが理想です。

──10枚の解説は以上なんですが、最近は個人的にどういった音楽を聴かれているんですか。

「家にいる機会が圧倒的に多いので、ものすごく量の音楽を聴いてるんですけど、普段聴くのはヨーロッパの暗いテクノが多いですね。何も考えないでパッと聴くのはそのあたりですね。

──なかなか最近はテクノのアルバムって少なくなってるじゃないですか。シングルやせいぜいEPしか出てないし、アルバムかと思えばみんなアンビエントだったりするから。自分はそれがいまいち物足りない気がしてしまうんですけど。

そうですね。アンビエント的なアプローチが本当に多いですよね。トレンドってことだと思いますね。あとやっぱりテクノのような音楽ジャンルにおいて、1枚全体でアルバムとして世界観を作ることってレベルが高いんじゃないかなと思いますね。1曲としてどんな音で勝負しているのか、みたいな部分も面白いんだと思います。まあでもそんなのを気にせずにやっているような人もいっぱいいるし。知らない音楽、おもしろい音楽はいっぱいありますよね。

蓮沼執太

1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して、国内外での音楽公演をはじめ、映画、演劇、ダンスなど、多数の音楽制作を行う。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、ワークショップ、プロジェクトなどを制作する。2013年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティ、2017年に文化庁・東アジア文化交流史に任命されるなど、国外での活動も多い。主な個展に「Compositions」(Pioneer Works 、ニューヨーク/ 2018)、「 ~ ing」(資生堂ギャラリー、東京 / 2018)などがある。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

http://www.shutahasunuma.com/


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