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本当の話

社会人になってから”夢”が無くなった。いや、思えば、「なりたいもの」とか、「やりたいこと」なんていうのは、中学生の時にプロ野球選手になることを諦めて以来、ずっと無かった様な気がする。


スポーツ写真を撮り始めたのは、2年前。ラグビーの試合を観客席から撮ったのが始まりだった。そこでスポーツ写真の面白さに気が付き、同時に、グラウンドで撮影をしているフォトグラファーを見て、憧れを抱いてしまった。

いつか、あそこで撮ってみたい。

1度抱いてしまった憧れだ。叶えない訳にはいかない。フォトグラファーとの伝手は無かったが、友人や後輩に連絡を取って、なんとか学生アメフトとラグビーを撮影させてもらえることになった。縁あって、社会人アメフトやラグビーも撮影させてもらえることになった。

撮影をするところまで話を繋いでもらったのは良かったのだが、そもそもどこで受付をするのか、グラウンドでの撮影上のルールはどんなものがあるのか、果たしてグラウンドに入ったところでちゃんと撮れるのか、みたいな不安が、数えだしたらキリが無いくらい出てきた。

ただ、だからといって逃げ出したりはしない。

新しいことに挑戦するのは、楽しみでもあるし、大きな不安やストレスを抱えるものだということは分かっていたから。大学でアメフトを始めると決めて、初めて部室に行く時にも同じ様なことを感じていたのを思い出した。

そんなこんなで、色々な現場で撮影させてもらうことが出来た。学生、社会人関係なく、色々なカテゴリの試合を撮らせてもらう中で、自分なりに”撮りたいもの”があることにも気が付いた。

撮影させてもらっていたラグビーやアメフトは、日本ではまだプロスポーツにはなっていない。だから、基本的には競技をすることで報酬を受け取る選手はいないし(一部の選手を除いて)、社会人であれば仕事をしながら競技を続けている人がほとんどだ。

故に、チームが目指すレベルも様々。本気でトップを目指すチームもあれば、競技を続けること自体に重きを置くチームもある。どれが正解ということも、どれが不正解なんていうことも無い。

でも、色んなレベル感のチームを撮らせてもらう中で、”本気でトップを目指すチーム(人)”を撮りたいと思う様になった。

決して「プロなのかアマチュアなのか」という事ではない。本当にトップを目指しているのか。自分の中での”撮りたいもの”の基準は、シンプルにその1点だけになった。

一昨年、日本で開催されたラグビーワールドカップを生で観戦する機会があったことも、その想いを強くさせた一因になっている。

目の前で見る、国を背負って闘う選手の姿は圧巻だった。ラグビーという競技の特性もあるのかもしれないが、文字通り”命がけの闘い”は、熱く胸に語り掛けるものがあった。世界トップレベルの死闘を目の当たりにした後、心の中には”あのレベルを撮りたい”という想いだけが満ち満ちていた。

ところが、その熱い想いは、2020年の間は何の形になる事も無く、胸の奥にしまわれたままになる。

2020年は、多くの人にとって大変な年だったのではないだろうか。多くのスポーツの試合において、フォトグラファーの人数にも制限が課せられ、学生の試合ですら撮影に行くことは容易ではなかった。ただ、試合自体が開催されなかった競技もあることを考えると、撮れる撮れないは別として、最後のシーズンを闘えた選手がいることは、何よりも喜ぶべきことだった。

そんな1年を超えて迎えた2021年。胸の奥の熱い想いは、まだ消えていなかった。

写真学校を卒業した訳でも無ければ、特段誇れるような実績も無い僕に、黙っていてもチャンスは転がって来ない。そんなことに、ようやく気が付く。

撮りたいものがあるなら、自分でチャンスを掴みに行かなければならない。

思い立ったが吉日。ラグビートップリーグの複数のチームに「撮影をさせてくれないか」という内容のDMを送ってみた。DMを送った内の何チームかからは、ありがたいことに返事が返ってきた。

ところが、その内容は”お断り”のものが全てだった。「既に撮ってくれる方がいるので...」そんなメッセージを見る度に、返信してくれたことへの感謝と、歯がゆさを感じていた。

しかし、諦めてはいけない。諦めたらそこで試合終了だ。TwitterやInstagramという、自分が持ち得るあらゆる手段を駆使して、撮影させてくれるチームを探してみる。

だが、そう簡単にはいかない。

その時点で考えられる手は打ち尽くした。しかし、何の結果も出なかった。ラグビーの撮影用に、と買ったレンズは、ケースにしまわれたまま。1か月以上稼働が無かったからなのか、家の片隅でホコリをかぶり始めた。

どうすれば...。

チームに直接問い合わせることは辞めて、Twitterで呟いてみた。​

「いいね」は8件、「リツイート」は1件。なんてことない平凡なつぶやき。明日から、また何かやってみよう。そう思って、ベッドに入ろうとしていた。

その時、1件のDMが届いた。

送り主は、某トップリーグチームのスタッフの方だった。

一度、練習を撮影してくれないか。

すごく簡単にまとめると、そんな内容のメッセージだった。しかも、時を同じくして、そのチームのGMの方からもメッセージが届いた。内容は同じだった。

返事はもちろん「YES」。

瞬く間に、実際に撮影に行く際の段取りや日程を調整。DMを貰ってから2週間も経たないうちに、僕はグラウンドに立っていた。

目の前で繰り広げられる激しい練習を、一心不乱に写真に残した。世界トップレベルの選手も目の前にいる。試合に出る選手も出ない選手も、まさに命を削ってプレーしていた。僕は、夢中でシャッターを切った。

2日間の練習の撮影を終え、最終日は試合の撮影もさせてもらうことが出来た。2年前、憧れを抱いた場所に自分がいる。そんな喜びを噛みしめると共に、この状況に満足してはいけない。次のステージに踏み出さなければならない。と自分に言い聞かせた。

こうして、一連の撮影終えた。


社会人になってから持った”夢”は、瞬く間に叶えられたいった。

2年前からは想像もできなかった様なことが次々と叶っていった。それは、単にラッキーだっただけなのかもしれない。ここまでは誰でも叶えられる夢だったのかもしれない。もしかしたら、自分で勝手に夢だと思っていただけで、到底夢とは呼べない程、簡単なことだったのかもしれない。

でも、2年前の自分からは想像もできないところに今の自分はいる。あるタイミングで”本気でトップを目指すチーム(人)”を撮りたいと思ったのは、もしかしたら、自分も”本気でトップを目指す人”になったからなのかもしれない。

お金を払ってチケットを買って撮影していた青年は、色んな縁やタイミングが重なって、試合の写真を撮ってお金が貰える様になった。何をもってプロと呼ぶのかは分からないが、フォトグラファーとして、仕事をもらって写真を撮っていることは、紛れもない事実だ。

でも、今はまだ、駆け出しのフォトグラファーだ。今から2年後、どんな自分になっているのか。今の僕には、まだ想像できない。

最後に、好きな言葉を。

Never be limited by other people's limited imaginations
(他人の想像力の限界に制限されていはいけない)
byメイ・ジェミソン


(写真・文:小野大介)

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