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子ども「『私は』の『は』は、なぜ『ワ』なの?」←説明できる?

4歳の娘に、絵本の読み聞かせをしていた時のこと。

「『ha』って、どうして『wa』って読むの?」


と聞かれた私は、答えることができなかった。
国語教師なのに。

「パパ、だめじゃん」


(photoAC)


という娘の言葉に999のダメージを受けた。



専門書を読み、調べに調べた。
そこで得た”誰かに話したくなる日本語の面白い話”をみなさんとシェアしたい。

⬇️今回のお題⬇️



❶「は」の不思議


「たー」

「だー」

を発声し、口の動きを比べてほしい。
(実際に発声してみてください!!)


口の動きは同じ・・・・・・・であることがわかるはずだ。
「た」も「だ」も、上の歯茎の裏周辺に舌をくっつけて、弾くような動きをする。

 

顔の断面図
(鼻、口、喉、舌の位置がわかるもの)


同様に、

「か」と「が」
「さ」と「ざ」
「た」と「だ」

口の動きは同じ・・・・・・・である。



つまり、「口の動きは清音・濁音のぺア(清濁のペア)で同じ」ということが言える。



では、

「はー」

「ばー」

は、どうだろうか。
(記事の終盤で大切になるので、ぜひやってください😮)



「はー」

は、口を閉じる動きはないが、

「ばー」

は、上唇と下唇が一度くっつく。

つまり、「口の動きは清音・濁音のぺア(清濁のペア)で違う・・」という性質があるのだ。



なぜ、『は』だけ仲間外れになるのだろうか・・・・・・。

やっぱり『は』は変なヤツなのだ。



❷古文に注目


『は』を『ワ』と読むケースで真っ先に思い浮かぶのは、中学・高校で学ぶ古文だ。

「語頭(単語の一文字目)以外の『は・ひ・ふ・へ・ほ』は、『わ・い・う・え・お』に直す。

(例)
◆いふ→いう
◆つはもの→つわもの

ということで、注目すべきは古文――昔の日本語である。



源氏物語 かな書き
(photoAC)



昔において『は』はどのように発音されていたのだろうか?

「そんなものわかるワケねーじゃん。録音機器がないんだから」

↑この意見は的を射ている。
私もそう思う。





だが、学者たちの執念は、すさまじかった。

(ぱくたそ)



彼らは『昔の人がどのように発音していたのかがわかる資料』を見つけ出したのだ。



その資料とは、『キリシタン資料』と呼ばれるものである。

ヨーロッパから来日した宣教師たちが、日本語を学ぶために使った辞書や読み物などだ。


(photoAC)



キリシタン資料には、当時の日本語がローマ字表記されている。

《例》

cotoba(言葉)
narau(習う)


キリシタン資料のひとつである『天草版 伊曾保いそほ物語』では、

fasiファシ(橋)
fitoフィト(人)
fodoフォド(ほど)

などと記されている。
(『ファシ』などのルビは私が振りました。原文には書かれていません)



昔、

「は・ひ・ふ・へ・ほ」

は、

「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」

と発音されていたのである。


【注意】
「ふ」だけ特殊です。
「フ」は「フゥ」となりません。



これを裏付ける「なぞなぞ」もある。

1516年の『後奈良院御撰何曽ごならいんぎょせんなぞ』という書物には、


「母には二たび会ひたれども、父には一たびも会はず」

訳:母には二回会うけれど、父には一回も会わない(ものって、なーんだ?)

というなぞなぞが載っている。
そして、答えは「くちびる」と書いてあるのだ。




「母」を「ハハ」と発音すれば、上唇と下唇がくっつくことはない。
しかし「ファファ」と発音すれば、上唇と下唇は、二回くっつく。

(実際に発声してみてください!!)


母には二回会うけれど、父には一回も会わない(ものって、なーんだ?)

というなぞなぞが成立しているということから、「母」は「ファファ」と発音されていたことがわかるのだ。




❸「ファ」からの変化


「ハ行」が「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音されていたことがわかった。


この「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」が「ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ」になった、というわけではない・・・・・・



まず、

「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」

と発音していただきたい。
(実際に声に出すのがポイント★)








わぉ、めっちゃ言いづらい(゚o゚;


唇を活発に動かさなければ、「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音できない。

だから、

「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」

は、唇の動きが少なめ・・・・・・・・である、

「ワ・イ・ウ・エ・オ」

というワ行の音に変わった。

川:「かはカファ」→「かはカワ
※表記は変わっていないが、発音は変わった。以下、同じ。


恋:「こひコフィ」→「こひコイ
声:「こへコフェ」→「こへコエ
顔:「かほカフォ」→「かほカオ


ファ行では発音しづらいから、ワ行に変わった。
昔の人だって、ラクできるならラクしたいのだ。



※正確には、「ワ・イ・ウ・エ・オ」は「ワ・ウィ・ウ・ウェウォ」と発音されていた。

のちに、「ウィ」→「イ」、「ウェ」→「エ」、「ヲ」→「オ」に変わった。


❹発音と表記のズレ


つまり、ある時代では「かは」と書いて「カワ」と読む、という状況だった。(発音と表記のズレ)


「わ」という平仮名も存在していたため、

「かは」と書いて「カワ」と読む
「かわ」と書いて「カワ」と読む

というややこしいことが起きていたのである。


そこで1946年に国が「現代かなづかい」を定め、発音と表記のズレを調整しようとした。
そこでは、

に発音されるは,と書く。

文化庁「現代かなづかい」

と示されている。


例として、

【庭】

には(不適切)
にわ(適切)

【歌わない】

うたはない(不適切)
うたわない(適切)

などが挙げられている。


※現在は「現代かなづかい」ではなく「現代仮名遣い」(1986年告示)が基準とされています。


❺現代かなづかいの例外


しかし、「現代かなづかい」には、

ただし助詞のは,と書くことを本則とする。

文化庁「現代かなづかい」

とも書かれている。

助詞の『は』とは、『私は』の『は』のことだ。


(「現代かなづかい」には明記されていないが)助詞の『は』は極めて使用頻度が高かった・・・・・・・・・・・・ので、

「私は」

「私わ」

と書くようにするのは、当時の人も抵抗があったのだ。


あなたも、

と言われたら、読むときも書くときも困惑するだろう。



したがって、発音と表記のズレが残るのは承知で、

ただし助詞のは,と書くことを本則とする。

と定めたのである。


(他の助詞『へ』『を』も極めて使用頻度が高かったので、同じ)


というわけで、答え。



娘には、なんとか説明できそうである。(ニッコリ)

しかし、まだ疑問が・・・・・・


❻「ha」はどこに行った?


鋭い方は、

「ファフィフフェフォ」が「ハヒフヘホ」とは変化せず、「ワイウエオ」と変化したことは理解できた。

しかし、それなら「ハヒフヘホ」は存在しないことになる。
現在は「た(旗)」など、「は」を「ハ」と発音する言葉はきちんと存在する。

これ、なんなの?

と疑問に思ったかもしれない。

さきほど、「ファfa」は「wa」に変わった、と書いた。



が、実はこれは語頭ごとう以外(言葉の先頭以外)に限った変化・・・・・だったのだ。

以下の例をもう一度見ていただきた。
すべて、語頭以外の変化である。

川:「かはカファ」→「かはカワ
恋:「こひコフィ」→「こひコイ
声:「こへコフェ」→「こへコエ
顔:「かほカフォ」→「かほカオ

語頭の「ファフィフェフォ」は、「」に変化できなかった。



なぜか?
言葉が変わってしまうからである。

語頭で「ファフィフェフォ」への変化を起こすと、次のような混同が発生する。

旗:
はたファタ→「はたワタ
(「綿」と混同)


舟:
ふねフネ→「ふねウネ
(「うね」と混同)


縁:
ふちフチ→「ふちウチ
(「内」と混同)

したがって、語頭の「ファフィフェフォ」は、「」は変化しなかった。


しかし、やはり「ファフィフェフォ」は発音しづらい。
だから、やはり唇の動きが少ない・・・・・・・・」に変化した。

【補足】
fafifufefo」は、「唇をくっつけて弾くように離す」という動作が必要。

hahihuheho」にはその動作は不要。=負担が少ない。


まとめると、以下のようになる。



❼ハ行の変遷


ha=ハ」は、もともと「fa=ファ」と発音されていた・・・・・・。
この事実を知った人は、びっくり仰天するかもしれない。


(ぱくたそ)


そんな人に、もう一つのびっくり事実を。



fa=ファ」は、もともと「pa=パ」と発音されていた。



fa=ファ」と「pa=パ」を実際に発音し、唇の動きを比べてほしい。

pa=パ」の方が、しっかりと・・・・・唇を弾かねばならない。
つまり唇を動かす負担が大きい。



したがって、pa=パは、唇の動きが少ないfa=ファに変わったのだ。


つまり、さきほどの説明(下の図)は不十分であり、

正しくは、

である。


「は」が「ぱ」なワケねーだろ

という人には、下記のことを思い出してほしい。


ha」と「ba」だけ、「清濁の口の動き」が違う、という話である。


さぁ、

paー」

baー」

を発音してごらんなさい。


口の動きは同じになったよね?



つまり、「ば」と正式に対応するのは「ぱ」なのである。

このことからも、「fa=ファ」は、もともと「pa=パ」と発音されていたことがわかる。


歴史の教科書で学ぶ、卑弥呼ひみこは、


ぴみこ



と呼ばれていたということになる。
なんか威厳が無いよね😅


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