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スパイ小説として楽しむ『ユニクロ潜入一年』

『こち亀』の両さんが「挑発されて本気になる話」が好きです。

108巻9話「百人一首名人 両津!の巻」では、百人一首の遊び方を知らなかった両さんがバカにされます。

秋本治
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』
108巻p171
1998年6月4日/集英社


しかし全国大会のチャンピオンと特訓して、両さんは圧倒的にやり返します。

秋本治
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』
108巻p185
1998年6月4日/集英社


読んでいて爽快!
ただ、両さんほどの行動力を持つ人って、現実にはいません。






と思っていたら、いました。


ジャーナリストの横田増生よこたますおさんです。

(↓右側の人物が横田さん)


横田さんは、フリーのジャーナリスト。

2011年に『ユニクロ帝国の光と影』(『ユニクロ潜入一年』の前著)を出版し、ユニクロの過酷な労働環境をあぶり出しました。


あるとき、横田さんは、ユニクロのトップである柳井やないただし氏のインタビュー記事を見つけます。

【※】
正確には、ユニクロを中心とした企業グループ持株会社であるファーストリテイリングの代表取締役会長兼社長。


『プレジデント』2015年3/2号
p84
(プレジデント社)


そこには、柳井社長の発言として、

我々は『ブラック企業』ではないと思っています(中略)
社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたですね。

『プレジデント』2015年3/2号 p84-85
(プレジデント社)


『プレジデント』2015年3/2号
p85
(プレジデント社)

と書いてあったのです。
ユニクロに取材拒否をされた横田さんは、この発言を思い出し、本当にユニクロでアルバイトを始めます。



50代なのに。



50代の男性が、ユニクロに潜入してアルバイトをするなんて、たいへん勇気ある行動だと思います。(イメージですが、ユニクロの店員は10代~30代の学生や女性が多い)

とあるユニクロ


しかも、横田さんは『ユニクロ帝国の光と影』を書いたことで、ユニクロから名誉毀損で訴えられています。


【※】
正確には、訴えられたのは出版元の文藝春秋。

ただ、要求された賠償額は2億2000万円・・・・・・
横田さんは、「文春の勝訴が決まるまで、裁判のことが頭から離れることはなかった」(『ユニクロ潜入一年』p30)と書いています。



そのため、「横田増生」の名前で潜入することは難しい。


したがって、

合法的に・・・・名前を変えます。


私は一年以上にわたりユニクロに潜入取材をするため、合法的に名前を変えていた。

『ユニクロ潜入一年』p9


奥様と一度離婚したあと、再婚。婿養子に入ることで、奥様の姓となりました。

「もし、自分の名前(苗字)が変わったら」と考えてみてください。
役所への届け。銀行口座の名義変更。クレジットカードの名義変更など・・・・・・。


わぁ、面倒くさいことがいっぱい。




そんなことまでしてユニクロの潜入する横田さんの行動力は、まさにリアル両津勘吉・・・・・・・です。


 


こんな行動力がある人の書いた本、オモシロイに決まっています。
この記事では『ユニクロ潜入一年』と著者・横田さんの魅力を紹介します。


横田増男『ユニクロ潜入一年』
文藝春秋
2017年10月27日

【注意】
『ユニクロ潜入一年』は、ノンフィクション(=小説ではない)です。

しかし、久しぶりに読み返したら”スパイ小説”としての楽しさを発見したので、記事タイトルに”スパイ小説”と入れました。


❶敵だらけ!?横田さんの危機


面接を通過した横田さんは、アルバイトとしてユニクロで働きます。


とあるユニクロ


潜入者にとって恐ろしいのは、正体がばれること。
周りは敵(ユニクロ社員)だらけですからね。


横田さんも、

五十代の男が、ユニクロで時給千円のアルバイトとして働いていることだけでも不自然なのに・・・・・・。

『ユニクロ潜入一年』p73~p74

と自覚しており、手に汗握ります。

前述のとおり、横田さんは約2億の損害賠償を求められました。

「もし、正体がばれてしまったら、横田さんはどうなってしまうのだろう・・・・・・?」

と、先を読むのが怖くなってくるのですよ。
しかし、展開が気になってページをめくる手は止まりません。


私が心配しているのに横田さんは致命的なミス・・・・・・を犯してしまいます。

せっかく改名したのに、



本名を使ってしまう・・・・・・・・・んですよ。



注文票の担当者欄にサインするとき、

うかつにも書き慣れた<横田増生>と書き込んでしまった。

『ユニクロ潜入一年』p75

のです。
そのうえ、隣にはユニクロの社員が・・・・・・!



虚構ではなくノンフィクション(ルポルタージュ)という現実なので、小説以上にハラハラ・ドキドキしてしまうんです。


このあと、横田さんがどうなってしまったのかは、ご自身の目でお確かめください。


❷横田さん、過酷な労働環境を体験!

潜入目的の一つはユニクロでの仕事を自分自身で体験することです。


正体を隠しながら働く。
精神的ストレスがかかるそんな状況に追い打ちをかけるのが、ユニクロでの過酷な労働です。

特に苛烈かれつなのが、ユニクロ感謝祭(人気商品が割引になるセール)のとき。

感謝祭でレジに立つと、一息つけるのは、顧客がお金を出すのに時間がかかっているときと、レジの機械がレシートを出すのにかかるほんの数秒間。

『ユニクロ潜入一年』p278

いちいち時計は見ていられないので、会計の最後に出てくるレシートに印字された時間を見る。一人終わって一分が進み、また一人終わって一分が進むという具合である。

『ユニクロ潜入一年』p285


レジ業務は「正確さ」と「速さ」が重要でしょう。
「コミュニケーション(笑顔など)」も必須です。
私なんて1時間も立たずにをあげてしまいそうですよ・・・・・・。


しかし、横田さんは、

私が働く上でのモットーは、「もらった金額以上の働きをする」である。(中略)時給千円なら、千円以上の働きをしないと、と思ってしまう。

『ユニクロ潜入一年』p77

との考え。

◆50代という年齢
◆慣れない仕事
◆過酷な労働環境
◆正体を隠し通す精神的負担
◆本業の執筆もこなす負担

という五重苦に負けず、アルバイトの仕事もジャーナリストの仕事も手を抜かずキッチリこなす横田さんの姿勢は、実に美しいです。

同僚に、

「お客さんからお褒めの手紙が来ました」

弁護士ドットコム ニュース
「柳井社長もやってみて」身分隠してユニクロ取材・横田増生が教える「潜入テク」

と喜ばれるほどですから、かなり丁寧な仕事をされていたのではないでしょうか。



❸横田さん、柳井社長からお菓子をもらう!


ユニクロ感謝祭の日、休憩室に煎餅やミカンが置いてありました。
横田増生マスオさんが周りに尋ねると、

「社長からの差し入れなんで、マスオさんも食べてください」

『ユニクロ潜入一年』p88

とのこと。
多くの人の反応は、

◆「ありがいなぁ」と肯定的
◆「お菓子より時給アップがいい」と否定的

のどちらかではないでしょうか。

ところが横田さんは、

〈栗山米菓/ばかうけアソート 四十枚〉をネットで検索すると、一袋三百円前後で販売されている。高級そうな〈ガトー・ド・ボワイヤージュ〉は、十個入りで二千円強。

『ユニクロ潜入一年』p88

計算・・するのです。



ユニクロの社長である柳井氏といえば、2016年当時の日本長者番付で首位になった人物。(2022年も首位)


そんな資産家の差し入れの実態まで暴き、読者に提供してくれる横田さんが私は大好きです。



❹思わずもれる本音!?


ジャーナリストである横田さんの文体は硬派です。

一貫して「だ・である調」で書かれているのですが、ごくまれに、本音が出ます・・・・・・


以下は、レジの研修での威圧的な社員とのやりとり。

「免税はどういう人が使えるの?」
「滞在二ヶ月以下の外国の方で、一万一円以上のお買い物」
「それだけじゃなくって、海外に二年以上住んでいる日本人のお客様も対象になるから!」
いやいや、そんな超例外から教えたら、教えられるほうは混乱するやろう。

『ユニクロ潜入一年』p138


なぜか関西弁(横田さんは福岡県生まれ)になって本音が出ています。

他にも、ユニクロに対して、「思わず本音でツッコム」ところが何か所かあるので何度も笑ってしまいました。


なぜこんなにも面白いのか?


それは、横田さんが物語・・を意識・・・しているからだと思います。


広告・マスコミ・IT業界の就活応援サイト「マスナビ」主催のイベントで、横田さんは次のように語っています。

新聞と違い、事実を羅列しただけで300ページの本を書いても、読者はなかなか読んでくれない。本を書く場合、書き手に物語として伝える技量が必要になってきます。

マスナビ
本を書いているかどうかは僕にとって大きな試金石。
そのジャーナリストとしてモチベーションがどこにあるか?です



❺あなたに会いたい。その想いが高まって・・・・・・!


横田さんは柳井氏に何度も取材を申し込みますが、拒否され続けます。

『ユニクロ潜入一年』執筆後の横田さんは、

柳井社長には訊きたいことが山ほどある。

『ユニクロ潜入一年』(文庫版)p347

というお気持ち。
そこで、ユニクロの株を買って・・・・・株主総会に参加します。

買った株の総額は、



約350万円。


いかがですか、この行動力。
私が冒頭で述べた「横田さんは現実版・両津勘吉」説が強化されました。


文庫版『ユニクロ潜入一年』では、横田さんがユニクロの本部ファーストリテイリングの株主総会に参加する様子が追記されています。


『ユニクロ潜入一年』(文庫版)p349


冷たい対応をされ、

「おいおい、オレも株主とちゃうんかい!オレは害虫かい」

『ユニクロ潜入一年』(文庫版)p357


と憤慨しながら、柳井社長と”直接対決”する様子は、横田さんファン(ここまで読んだあなたは、横田さんに興味を持っていますね?)必見でしょう。



横田さん、潜入はもうこりごり??


1年2ヶ月の潜入調査を終えた横田さん。

ウェブサイトのインタビューでは、潜入取材についての今後の思いを語っています。

――これからも企業の自浄作用を促すために潜入取材を続けていきますか?

横田氏 潜入取材はしんどいんですよ。僕も50歳過ぎてますし、そろそろ若い人に任せたいです(笑)。

exciteニュース
「ユニクロ潜入取材」の横田氏を直撃 なぜ名前を変えてまで取材するのか
鶴賀太郎


わかります。

それに、『ユニクロ潜入一年』が話題になったことで顔も名前も大手企業には知られてしまいました。

もう横田さんが潜入取材をすることはないでしょう。








と思っていたら、また潜入していました。



横田増生
『「トランプ信者」潜入一年 ~私の目の前で民主主義が死んだ~』
文藝春秋
2022年2月28日


横田さん、大好きです。


❻最後に。『ユニクロ潜入一年』の本質


私はユニクロが好きで、年に3~4回ほど買い物します。



下の写真は、購入したユニクロの長袖Tシャツ。

「中国製」と書いてありますね。

2021年11月に購入したもの
(右上のデータはユニクロ公式アプリより)



次に、同じ商品・・・・を約1年後に買ったものです。

2023年2月に購入したもの
(右上のデータはユニクロ公式アプリより)

「ベトナム製」とあります。


中国製からベトナム製に変わりました・・・・・・・・・・・・・・・・・

ユニクロに何があったのか?


その驚くべき理由は『ユニクロ潜入一年』を読めばわかります。
『ユニクロ潜入一年』の魅力を書きましたが、真の魅力はその報道内容・・・・です。

私を締め出そうとしたユニクロを内部から剔抉てっけつし、最後には「暴君」の気持ちを翻すほどの調査報道を書くことができるのだろうか。

『ユニクロ潜入一年』p6
【補足】
剔抉(てっけつ)・・・悪事などを暴き出すこと。





続編、『ユニクロ潜入一年』の真の魅力に迫る、

もぜひご覧ください。



【書誌情報】(単行本)

書名:ユニクロ潜入一年
著者:横田増生よこたますお(※ペンネームです)
出版社:文藝春秋
ページ数:309ページ
出版年月日:2017年10月25日
ISBN-10 ‏ : ‎ 4163907246
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4163907246

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