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最愛は海色

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最愛は海色 第13章

最愛は海色 第13章

海に注ぐ夕日は私とあなたの輪郭をあいまいにした。
秘密の場所なんてない。だれかの思い出が入り混じる海辺で、今だけはふたりきりだった。
すっかり水温は下がりきっているというのに、優多さんは海水に足を浸し夕日に顔を向けたまま、私に別れの言葉を言った。
覚悟をもった重みのある言葉は、夕日の届かない海底へと沈んでいくようだった。

「四月になったら上京する」
なにを言っても優多さんが揺らがないことは分かっ

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最愛は海色 第12章

最愛は海色 第12章

こんなに近くにいるのに孤独になることもあるのだと、優多さんと出会ってからはじめて知った。
十六年生きていても、はじめて知ることがたくさんあるから驚く。
優多さんが教えてくれたことが、抱えきれないほど胸の内にある。

「窓見て!」
珍しくアラームよりも先に起き、しゃんと目が覚めた。
窓から差しこむ光を眺めていると、携帯が鳴った。画面を見ると、久々に優多さんから連絡がきていた。
「雪だ」
「初雪だね」

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最愛は海色 第11章

最愛は海色 第11章

「優多さん、おはよ」
「おはよう。ちゃんと起きれたね」
「うん、でも眠すぎる。歌えるかな」
その日が訪れると、市民は太陽が昇る前からのそのそと活動を始める。

舘鼻岸壁朝市。八戸の誇る日本でも最大級の朝市が、毎週日曜の朝に開催されている。
コーヒーやラーメン、大判焼きなどその場で食べられるものから、新鮮な海の幸、季節の花、手づくりのアクセサリーなど、およそ三百店の屋台が出店し、漁港は人々でごったが

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最愛は海色 第10章

最愛は海色 第10章

「学校、行きたくない」
八戸大橋で歌っていたときに遠くに見えた黒い雲は、夜になると分厚く空を覆った。
重たげな雨音を聴きながら、久しぶりに優多さんと電話をつなぐ。歌をからかわれたことを思い出しては、憂鬱になっていた。

「そんなに行きたくないならさ、学校さぼっちゃおうよ」
優多さんは言った。唐突な提案に、私は戸惑った。
「軽々しく言わないでよ」
「ごめん。でも、たまにはいいんじゃない? 毎日を駆け

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最愛は海色 第9章

最愛は海色 第9章

がむしゃらに走っていた。走りたかった。辛くて、どうしようもなくて、苦しかった。
学校という箱に私を理解してくれる人は誰もいない。あの場所にいると私は私ではなくなってしまう。

「あなたがいればワタシ、強くなれたよ~」
昼休みの時間。聴きなじみのある歌詞とギターの音が、教室の端から流れた。
どこから拾ってきたのか、この間のライブ動画を男子たちが見ていた。人を馬鹿にするとき特有の語尾の浮き方、くすくす

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最愛は海色 第8章

最愛は海色 第8章

そよかの健やかな寝息を隣に聞きながら、思考にふける。

八戸が嫌いなわけではない。むしろ居心地のよさを感じるし、離れがたい。けれど僕は東京に行かなければならない。
プロのカメラマンになることを本気で目指すようになってから、日本の中心地は東京であることを意識せずにはいられなくなった。

人の集うところに文化も集う。
東京は追いつけないほどの早さで、創作と消費を繰り返している。興味深い展示やイベントは

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最愛は海色 第7章

最愛は海色 第7章

今日は優多さんの親が不在だというので、お泊まりをすることになった。

スナップ、ポートレート、そして私の写真。優多さんの部屋は、壁一面に様々な写真が飾られていた。
本棚には、私でも知っている有名な方からはじめて名前を見る方まで、写真集がびっちりと埋まっていた。
「どこを見ても写真があって、優多さんの部屋って感じがするよ」
「好きな写真は印刷して飾りたくなるんだよね。どんどん上手くなっていくのが目に

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最愛は海色 第6章

最愛は海色 第6章

「散歩しよう」
「いいよ」

家の前の蛍光灯の下が、おきまりの待ち合わせ場所。お母さんもお父さんも眠りについた頃に、そっと家を抜け出す。

梅雨は明けて、夜になってもじっとりとした暑さが肌にまとわりつく季節が続いた。
暑いのは嫌だけど、夏の夜というだけでわくわくするから不思議だ。
遠く離れた場所へ行けなくても、優多さんの隣を歩いている時間だけは日常の悩み事から解放されることができた。

「僕、そよ

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最愛は海色 第5章

最愛は海色 第5章

日曜の昼下がりの葦毛崎展望台は、カップルや家族連れ、若者のグループなどで賑わっていて、車がひっきりなしに出入りしている。ドアを開けようとすると、海から吹く強い風に煽られた。
ホロンバイルの壁は淡いクリーム色で、ドールハウスのようだといつも思う。優多さんはまきば、私はミックスC(まきばとマスクメロンの、ちょっとリッチなやつ)を注文した。
「風が強いし、店内は混んでいるし、車の中で食べようか」
「そう

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最愛は海色 第4章

最愛は海色 第4章

ゴールデンウィーク以来ライブはなく、せっせと家に籠って新曲を作る日々が続いた。
このごろラブソングが増えた。感情の揺れ動きを形にしなければ落ち着かない。どこまでも素直な自分に、肯定と否定の気持ちが半分ずつ存在する。
梅雨が明ければ、暑い日々が続くらしい。天気予報を見る回数も増えた。

「今週の日曜日、空いていますか? そよかさんの写真を撮りたいです」
優多さんからメッセージが届いたのは、火曜日の

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最愛は海色 第3章

最愛は海色 第3章

ライブの翌日は、なぜだか体調を崩してしまう。
仮病でもなく、体調管理を怠っているわけでもない。けれど毎回と言っていいほど、微熱と気だるさに襲われる。
それがお母さんには学業を蔑ろにしているように受け取られて、険悪な雰囲気になる。飼い犬のマルタはいつもと違う空気を俊敏に察し、しっぽを丸めて気まずそうに様子を窺っている。
「あんまりふざけた真似してると、ライブ禁止にするからね。それと、帰ってくるの遅す

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最愛は海色 第2章

最愛は海色 第2章

中学一年生のときにクリスマスプレゼントとして買ってもらったアコースティックギターを背負い、靴を履く。
ライブ用の膝丈のワンピースを姿鏡に映し、もう一度身だしなみを整えて、「行ってきます」とリビングに声を掛ける。
今日はライブだ。いつも大切に歌っているオリジナル曲三曲と、この日のために新しく作った一曲を携えて、マチニワへと向かう。

ライブと、合間にはDJ、軽食を出す屋台が数店。そして今日は、いつも

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最愛は海色 第1章

最愛は海色 第1章

バスから見る景色は流動的で、けれど時々静止画になる。この場所で過ごした記憶を、神様が気まぐれに振っているみたいだ。

バスに乗ることが好き。乗り物に乗って動く時間が好き。自分の足では生み出すことのできないスピードで、身体が移動する感じが楽しい。
歩いていると、変に頭が冴えてぐるぐると考え事をしてしまう。断片的な景色がちょうどいいと、高校生になった私は思うようになった。
中学生まで、通学は徒歩だった

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