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企業勤めでも研究者として暮らしていきたい、暮らしていく。

中園先生の記事を見て、「研究職にある人もそうなのか…」と思ってしまった。きっとどの世界も恵まれた環境とそうでないところの格差は大きい。大学勤めですらない者として、何かを書かなければならないような気がした。これから二足の草鞋を履いてでも研究活動を続けていきたい人に、何か参考になれば嬉しいなと思いながら。

企業勤めが大学で博士号を取った後に待っているもの

ビジネスパーソンが博士号を取るまでのお話は、結構大変だけどとても実りのあるものだよという思いを込めて書きました。ではその過程を終え、祝福の果てに待っているのは何かというと、学校からのアカウント停止の通知とゼミの予定が無くなったカレンダーです。あんなにみんながお祝いしてくれて、努力の結晶ともいえる博士号を手にした瞬間「あとは自分で頑張れ」という状況に陥ります。当たり前と言えば当たり前なのですが、落差が大きすぎて風邪ひくどころか心臓が止まりそうになります。私のようにならないために、社会人博士の皆さんが在学中~修了後にできる事を書いてみたいと思います。


「いちばん研究の話をするのは誰なのか」という問い

中園先生も書かれている「いちばん研究の話をするのは誰なのか」という問いは本当に重いですね。これまでは指導教員の先生とマンツーマンで議論し、ゼミの仲間と議論を交わせたものがなくなります。荒野のただ中に自分一人が取り残された(修了したから自分から出て行ってるんですけど)気分になります。寂しい。

これにはいくつか対処法があります。まずは同門の先生方とのつながりを手放さない事です。先に修了された先輩や現在でも在籍中の方など個別に研究会をしたり共同研究するというアクションを自分から取っていかねばなりません。直接的に自分の研究に関係なくても、アカデミックなインプットを得るという意味ではゼミに引き続き参加させてもらえないか指導教員の先生に相談してみるのも良いと思います。とにかくそのような機会を作らないと、頭の中が仕事でいっぱいになります。マインドシェアが奪われたら研究どころではなくなります。まずは身近な同門の方を頼るというのが第一歩です。

次に、自分が何をやっている研究者なのか、早く多くの方に知ってもらわないといけません。学会に行きましょう。発表者の中で自分だけ所属が民間企業でも気にしてはいけません(と自分に言い聞かせています)。Xで発信するのもいいでしょう。昨日とある紀要に掲載が決まったことをお知らせするだけでもたくさんの研究者の方がフォローしてくださいました。博士論文を書いたのですから、それを本にすることを検討しても良いかもしれません。大学勤務でない我々には出版助成などありませんが、一般に応募できるものを探しましょう(今私も探してます。誰か教えてください)。知人の中には自費も突っ込んで出版された先生もおられます。

そのような活動をしていると、話を聞いてみたいという方とつながる機会も生まれるでしょう。その中でもあなたの研究を聞いてくれるのが、実務家の方です。研究者との議論とは異なりますが、今後の研究をしていく上でも、何よりあなたの研究を社会に役立てる上でも現場の方々とのつながりは重要です。何より、何度も人に話すことで自分の研究の価値や方向性もシャープになっていきます。次の研究のヒントも得られます。

最後に、中園先生も主宰されておられますが、自分なりの研究者コミュニティを作るという事です。上記に挙げたような中でできたつながりから、小さくてもいいので定例開催される場を作る事です。私も数名くらいの小さな研究会を立ち上げたところです。

リソースの問題

こうしてお話をする相手ができたらいよいよ研究を進めたいところですが、これがまた厳しい。なんせ論文が手に入らないのですから。大学のネットワーク経由で湯水のように読めていた論文が、突然「1本50ドルになりまーす」と言われます。これが一番つらい。本当につらい。今も辛い。しかも円安だし…。

博士号を取ってそのまま大学勤務にならない場合、取れる手段は限られますがゼロではありません。

まずポスドクのポジションがもらえないか修了前に先生に相談することです。研究員として大学のネットワークが使えればこれまで通り研究ができますし、学会などでも大学の所属で発表が可能です。現実的で最も理想的なのがこれです。ただし任期がありますので、何年程度いられるかは事前に確認しその間に業績を積むことを考えておかねばなりません。私は修了直後の1年間はこれでしのぎました。

次に非常勤講師です。勤務先が非常勤講師にも研究リソースを提供してくれる場合があるそうです。科研費の応募もさせてもらえる場合があるとか。ただしこれについては大学によるのと、あまり例として多くないみたいなのであんまりアテにはできません。

思い切ってもう一度大学院に入るという手もあります。なかでも放送大学は科目を限定して履修することで学籍が得られるので、安価に興味のある科目を履修しつつ研究リソースが確保でき一石二鳥です。私も次のタイミングで入学しようかと現在検討中です。

何らかの方法で論文へのアクセスが手に入ったとして、次は時間です。もちろん博士課程中のように夜やるというスタイルでも良いのですが、より安定して長期にやっていくならば業務として研究に携わりたいところです。大学教員のポジションは難しいが研究はしたいという場合、民間で研究が許されるところを探すことになります。私の分野(組織行動)で言えばリクルートさんをはじめとして人材系の研究所を持っている企業さんですね。私は全然別の理由で転職が必要になったのですが、その時知人のご縁もあって研究職のポジションで受け入れてくれる某会社さんに移りました。民間の場合相変わらず論文へのアクセスは壊滅的なのですが、少なくとも業務として研究ができるというのは本当に貴重です。在学中からご自身の分野だとどういった研究所があるか調べておくといいかもしれません。会社によっては図書費や学会費などの負担もしてくれるでしょう。

結局人がつないでくれる

いろいろ書きましたが企業勤め研究者の一番の敵は孤独です。誰も自分の研究など気にしていないのではないか、研究したところで読んでもらえないのではないか、こんなことをしている暇があったら他の事が出来たのではないか。独りでいるとこんなことを考えてしまいます。しかし、あなたの研究は素晴らしいから博士号に至ったのです。何かを解決する価値があります。誰かが必要としているはずです。その何かや誰かを連れてきてくれるのは、結局人です。修了直後から一人ぼっちにならないよう、在学中から修了後の戦略も考えておくのが良いでしょう。そのためには自分も一人の「人」として他者の研究に興味を持ち、互いに高めあるような存在であらねばならないと思います。そもそも研究者として後発も後発なのですから、立ち止まっている暇はないのです。

最後に私の指導教員の先生がゼミのシラバスに書いておられた言葉を添えておきたいと思います(私なりに要約しています)。

良いリサーチコミュニティから良い研究は生まれますし、良い研究を個々人が志さなければ良いリサーチコミュニティは成り立ちません。自分の研究だけに関心を持つのではなく、他のメンバーの研究にも強い関心をもってほしいと思います。良いアイデアは必ず活発な議論の場から生まれます。一杯の水を持ち寄り、一杯の水を持って帰るコミュニティでありましょう。

ある年の鈴木ゼミシラバスより(筆者により要約、一部改変)

皆さんが良いコミュニティと出会い、研究者として暮らしていけることを祈っています。