2024/02/11

朝にしか食べれないものは総じて美味いと決まっていて、朝マック然りすき家の朝定食、ココスのパン食べ放題、朝は食べない人が多い中でその間隙を突くかのように外食企業たちは朝メニューというものを充実させ我々の隙をついてくる。すき家の牛まぜのっけ定食(390円)という資本主義の恩恵に浴しながら、1日の始まりというのを実感する。
朝は辛くもあり時間が過ぎ去るのが早くて、そもそも1日というのは人生のミニマム版。人生でいうと学生時代にあたる朝は朝限定メニューがその素晴らしさを担保してくれている。飲み明けに朝マック行きたいですね。

昨日の夜からある友人の相談事を聞いていてその内容が「恋人に振られたり転職が上手くいかないことから自分のことが嫌いになってきた。自己肯定感が低い。」というもので、俺は比較的胡散臭い性格をしている為他人から相談事を持ちかけられるのも珍しく、折角なら力になってやりたいというピュアネスな心持ちでいたものの、俺も相当性格暗いぜ?という文章をネットにあげ続けている俺からしてみれば、自己肯定感が低い事に対して共感は生まれても解決策など一切出てこず、強いて言えばインターネットで傷の舐め合いをしましょうというくらいのものであった。

こういう場合、「そんな事ない。あなたは生きてるだけで素晴らしい。」と言えれば良かったのであろうが、俺は他者への励ましという位置に立ってみても「生きてるだけで素晴らしい」なんて言葉を言える気はせず、だって生きてるだけで偉いなんてことは絶対になくて生きる為には辛いことが多いからある程度心を逃したり狡いこともやっていかなくてはならないのだから無条件に相手を肯定する事は出来ないのであった。何よりも上記の励ましは無責任な肯定ですしね。

相手が嫌と思っていることは本当にその人の中で嫌なことであり、それを茶化すのはもちろん大したことないとか大丈夫と言い切ることも出来なくて結論から言うと俺は無力、自己肯定感が低いと相談する相手に対して俺自身の自己肯定感も低くなっていくという始末で、下ネタがウケるとかTwitterのフォロワーが多いとか本当にそんな事はだからなんなんだよという話であって結局俺は俺の話に終始してしまうあたりどうしようもないと思い知らされた。
もっと物事のコアの部分を触れるようになりたい。自分の話とかコアに付随した物語に惑わされるのではなく、話の核を掴めれば自在に足を伸ばして他人の相談事を聞けるのにと思う。

友人の相談事で夜を明かしたので久しぶりに休日の朝日を拝むことが出来た。正解が分からないなりに立ち止まるのは失礼だと思って頭を回転し続けたがその結果が牛まぜのっけ定食にありつくことだから俺としては及第点、相手にとってはどうなのかは分からない。なんにせよ俺は俺の目の届く範囲の人には幸せで生きて欲しいです。こんなのは最大級の無責任ですが、問題が大きすぎるあまりに言えてしまいますね。
パーカー一枚で出てきたものだからめちゃくちゃ寒い。しかしパーカー一枚で出てきた俺をかわいそうにしたくなくて平気なフリをする。人生って平気なフリをすることが大事ですからね。

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