恋人と長続きする方法

少し前に新宿の大塚家具で買った30万円するソファが気持ち良すぎて、ソファの上からまったく動けなくなってしまった。しかしソファの上から動けなくても現代はサブスク動画配信で時間がつぶせるもんだから『ラ・ラ・ランド』『マンマミーア』『グリーンブック』『最高の人生の見つけ方』とりあえず名作と言われるものを見てみてあとはディズニー映画でも見てみますかとDisney+なんかも契約してみちゃったりなんかして『モアナと伝説の海』見てみましたがこれすごいですね、めちゃくちゃ泣けますねなんて独り言ちていたら彼氏の拓也が「そんなことどうでもいいから働けよ」なんて言うものだから、「俺は今心の病気なんだよ。そんなこと言うならカウンセリングに行くから病院に連れてってくれよ」と『寄生獣』を読みながら言ってみたら拓也は家から出て行ってしまった。

なんだよ、俺の心の病気は治らなくていいのかよなんて思ってまた俺をダメにするソファの上でしばらく過ごしてみても拓也は帰ってこなくて、いつもなら1週間くらいしたら帰ってくるのに今回は長いな、なんて考えていたら拓也から「俺たちもう別れよう」というLINEが来てしまい、いよいよ俺は現実というものを突き付けられてしまったようだ。

「それでこの先どうすんだよ」

「どうしたいのか・・・。俺はどうしたいのかな~。分かんないよ。自分のことだって分からないのに拓也とどうなりたいかなんて俺に分かるわけないだろうよ」

「自分のことは分からなくても恋人のことは分かってやるべきだと思うけどな。それが人と付き合う責任ってものじゃないか」

「正論を言うなよ。正論を言えばどうにかなるのは学生までなんだよ。お前がやれるのは俺に同調することだけだよ」

「誰が仕事もしていないダメ人間に同調してくれるんだよ。拓也君もよくぞここまで耐えたという感じだよ。仕事辞めて半年もふらついてダラダラしてるだけのお前を見て文句の一つだけで済ませてくれた拓也くんに俺は敬意を表したいよ」

友人の恭平と電話をするとやはり拓也の話になって俺が悪いという当然の帰着を見せるのだから俺の人生というのはなんとつまらないのかと思わずにいられない。これが映画ならきっと最後には大どんでん返しがあって、世界が終わるとか俺が死ぬとかそういう結末があって、俺が悪いのは確かにそうだから最後には誰かが俺を裁いてくれるはずなのだ。しかし現実は俺を明確に裁いてくれる存在は現れなくて、だから俺はソファの上でただ時間を過ごすことになる。それで拓也に別れを突き付けられる。


拓也とは付き合って4年になる。半年付き合った後それからずっと同棲しているからただ4年付き合っているカップルより拓也との時間の密度は高い。しかし、太陽に近づきすぎて翼を焼かれたイカロスのようにお互いの距離が近づくことは良いことばかりでもなくて、慣れすぎてしまった俺はいつからか拓也との付き合いをどこか楽しめなくなってしまって、なんというか拓也の"彼氏"という役を遂行している気分がいつからかあって昔はそうじゃなかったな〜って思い起こせるから昔の俺と今の俺は確実に違うのだろうが、とにかく俺はあいつと"一緒にいたいからいる"のではなく"一緒にいるべきなのだからいる"という考え方にこの3年半の間になってしまったのだ。

少し前まで都銀で監査の仕事をしていた俺も繰り返しの日常に飽きてしまい、いつからか仕事に行かなくなり全てのやる気を失ってソファの上で半年寝そべっている生活。そして当然の流れのように拓也とのやり取りや生活にも適当の波が押し寄せてしまい、俺は随分なことを拓也に対してしてしまった気がするが、その度にあいつは笑って受け流してくれていたような気がする。それがこの前はついに怒って拓也はどこかに行ってしまった。一体どこに行ったのだろうか。ソファの上で考える。

しかし考えても分からないので俺は段々と考えるのが嫌になってきて、もうつまり全てがめんどくさいのだ。仕事で真面目な顔をするのも拓也に恋人の顔をするのも。別に愛情が無くなったわけではないが、それに勝るめんどくささがある。だから俺は病気なんだろうと思うのだ。

すると携帯に着信があって知らない固定電話からだった。うわ、怖いね、もしかして前の職場?と思って一旦無視するも2回3回と続けて鳴る着信に我慢ならなくなって、んもうどちら様?と電話に出ると「新宿警察署です」と言われて、俺は大声をあげてしまった。

昨日の夜、新宿2丁目で刃傷沙汰があり一人の男が現行犯逮捕された。
路上で腹部を包丁で刺された被害者はすぐさま病院に運ばれ一命を取り留めたらしいが、犯人と思われる男は被害者が倒れる横で包丁を持って突っ立っていたとのこと。
それが拓也。そうやって事のあらましを警官に説明される。

「けど、彼ずっとだんまりでさ。君を呼んだら喋るなんて言うから署までお願いしたんですが…」

そう言って黒色のジャンパーを着た警官はちらと拓也を見る。

「・・・・・・」

拓也は俺の方を見て黙っている。なんで?なんで俺の方を見る?俺になにか喋れってこと?
黒ジャンパーの警官が続けてこちらをちらと見る。俺はたまらず喋り出す。

「拓也、元気か?今日まで何してたんだよ?顔が暗いな〜。じゃあ面白いこと言いますね。え~、金玉の形のちんぽがあったら面白いと思わないか?」

黒ジャンパーの方を見て反応を伺うも別に怒ってはいない様子。冗談が分かる警官でよかった。

「別に面白くないかな」

別に面白くないは本当に面白くない時にしか出ない言葉である。

「加藤さん、改めて聞きますけど昨日の夜のこと話してください。なんで包丁を持って突っ立っていたんですか?被害者の方との面識はあるんですか?」

黒ジャンパーが俺の話を無視して切り込む。
拓也はそれも無視して俺を見ている。なんて一方通行だ。
その瞳には俺を問いただすかのような色があって、今警官に聞かれてるのは拓也なのに拓也は俺が喋り出すのを待っている。4年も一緒にいるんだからなんとなく分かる。拓也は俺に何かを伝えようとしている、しかしそれは拓也が伝える前に俺が気づくかを試している瞳でもあるのだ。

「拓也、お前人を刺したんか?」

それを聞いて拓也はまた俺に期待するかのような目をしてから

「どう思う?」

と返してきた。
どう思う?なんで?なんで俺にそんなことを聞くの?分かるわけないじゃん。その期待するかのような目をやめてほしい。何何。拓也が刺しちゃったかどうかなんて俺には分かんないよ。俺は俺の事だって分かんないのに。

俺の無理ですよ?という顔を読み取って拓也は俺を諦めた顔をする。すると拓也は

「結局俺のこと分かってないんだよね」

と少し自嘲気味に笑いながら、けど悲しそうに呟いた。
分かってない?今そんなこと言える状況なのか?お前殺人犯になるかもしれないんだよ?
けど、拓也は俺に自分のことを分かって欲しいと思っているのだ。この場で確かな事はそれだけで拓也の願いなのだ。
でも分かって欲しいってどういうことだ?理解するってこと?理解するとは?受け入れること?拓也が人を刺しちゃった事を受け入れて許すこと?そんなことしていいのか?確かに俺は拓也が何をしようとそれで拓也を嫌いになったりしない。それが俺と拓也の月日の結果であり得た物だ。それを示せってこと?

「拓也、俺はお前を見放したりしない。刺しちゃってもいいじゃん。何かあったんだよな?別に俺はそれでお前のことをどうこう思ったりしないよ」

俺の答えを聞いた拓也が目を丸くして驚いて、それからしばらくしてはぁ…とため息を吐いた。

「そうじゃないよ。俺が言って欲しいのはそういうことじゃない。結局それじゃソファの上で物を考えてるだけじゃん。全てを許すようなフリをして、けどそれは一番楽だからでしょ?怠惰に負けないでよ」

俺たちのやり取りを黙って聞いていた黒ジャンパーも俺のことを諦めたのか、ついに自分で場を回しだす。

「加藤さん、あのね。一応、現場の警官たちが2名以上で見ちゃってるから。刺したところまでは見られてないみたいだけど、血だらけの包丁持って側で立ってたらそれはもう犯人なんだよ?違うなら釈明しないと状況証拠で立件されちゃうんだからね?」

「・・・・・・」

拓也は黒ジャンパーの質問には相変わらずなにも答えない。
このままではヤバいのではないかと俺は思う。黒ジャンパーはなにも喋らない拓也をこのまま留置所だか裁判所だかに連れていくつもりだ。喋らないことを理由にするつもりなのだ。そして拓也が喋るには俺なのだ。俺が拓也のことを分からないといけないのだ。

拓也は何と言った?"言って欲しいのはそういうことじゃない"、"それは一番楽だからでしょ?"。俺は拓也を許そうとした。けどそうじゃない。愛情と放任主義を理由に拓也を受け入れようとした。けどそうじゃない。半年間ソファの上で映画と漫画ばかり見ていた俺はこうしてまたソファの上から自分の好きなことばかりやって見たいものだけ見ようとしているってことなんだろうか?

俺は拓也の彼氏でそれなりの愛情を持っているつもりだ。愛情をもっているからこそどんな拓也だろうと受け入れようと思っている。けどこれがダメってこと?
愛情を隠れ蓑にした面倒くさがりとしてでしか俺は物を言っていない?俺が今の拓也に対して本当にしてやりたいと思うことはなんなのだろうか。
俺はソファの上から動かなければならないらしい。今まで拓也にしていなかったことをしてあげなければいけないのだ。なおかつ、しなければいけないことではなく俺のしたいことを拓也にしてあげる。拓也はそれを期待しているし、こんな場所でそれを俺に問いかけるほど拓也は俺に賭けてくれているのだ。

「わざわざご足労頂いてアレですが、加藤さんも喋ることないようなのであとはこちらでやっておきますからそろそろお引き取り頂いてもよろしいですか?」

黒ジャンパーがこちらに目配せする。このままだと俺たちは本当に終わってしまう気がする。拓也の人生より俺たちが終わることの方がなぜだか酷く怖く思ってしまった。

「拓也は人を刺したりなんかしませんよ」

俺の咄嗟の言葉が口をつく。

「包丁持ってたのだってたまたま拾っただけで、別にこいつが刺した証拠なんてないんでしょう?こいつは人を傷つけたりする人間じゃありませんよ、絶対に」

拓也の方を見る。瞳に期待の色が戻ってきている気がする。もう間違えられない。これは俺がまともになるチャンスでもあるのだ。怠惰や役割に負けてはならない。

俺のしたいことは拓也を信じること。彼氏としてどんな拓也も受け入れるのではなく、俺自身が思っていることを信じる。拓也は人を刺すような男ではない。
事件の状況的にはむちゃくちゃかもしれない。しかし、俺は役割とかそういうことを捨てて俺が本気で思っていることを言う。言っていることを本気で思う。

「とにかくもう一度、目撃者とかしっかり調べなおして下さい」

拓也はこちらを見て笑みをこぼしている。そこには喜びと安堵が見て取れる気がした。

「そうは言ってもね、加藤さんが黙っている限りじゃなんとも言えないんですよ」

「俺はやってないですよ」

拓也がはっきりと喋る。

「俺は刺した人も見ました。本名とかは知らないですが、Twitterのアカウントとかなら分かりますよ。俺たちの"お仲間"ってやつで、被害者の人とはカップルでした。昨日は路上で酷く口論をしててそれで片方がいきなり包丁を取り出して刺しました。俺が包丁を持ってたのも被害者の人に恋人を殺人犯にしたくないから包丁を隠してくれと頼まれたからです。結局迷っているうちに警察の人が来ましたけど」

堰を切ったように拓也が喋りだす。
黒ジャンパーはすぐさま拓也から真犯人の情報を聞き出し、それを扉の外で待っていた別の警官に伝えたようだ。
しばらくして黒ジャンパーの携帯が鳴り二言三言やり取りをした後、「お二人とも、書類にサインだけしたらもうお帰り頂いて結構です」と俺たちに伝えた。それとは別に拓也が故意に事件の詳細を黙っていたことは物凄く怒られた。なぜか俺も一緒に怒られた。


「けど拓也君、冤罪で捕まらなくて本当に良かったな」

「別にあのままでもそのうち本当の犯人は捕まってたと思うけどね。拓也がしばらく留置所に入れられる羽目にならなかっただけだよ」

「それが良いってことじゃん。そんなことになったらお前も生活も出来なくなるんじゃないか?」

「確かにな。今でも俺は拓也に生活の上ではおんぶに抱っこだしね」

「お前まだ働いてないのか?いい加減大人なんだからちゃんとしないとダメだぞ。拓也君にほんとに見切りつけられるぞ」

「分かってるよ。そのうちな、そのうち」

友人の恭平に先日の一部始終を話していたらまた無職を窘められる羽目になってしまった。確かに働かない大人というのはダメ、という言葉は少しだけ本当らしく聞こえるがそれは本当に少しだけで実際には俺は拓也にまだ少しだけ頼ってもいいんだと思っている。俺の中で働くことだけは本当に辛いことらしいから時間をかけて良い転職先を探させて下さいと拓也にお願いしている。俺と拓也は愛で結ばれてるんだし、お互いの邪魔にならないなら頼りあって生きていてもそれは間違いじゃないはずだ。

あれ以降、拓也と俺は今まで通りに過ごしている。拓也が俺に強く怒ることも少なくなった。
全てを受け入れ許すふりをしていたのは結局俺の面倒くさがりが全てで、拓也はそこが気に入らなかったらしい。確かに家の中で胡坐をかいているだけの人間にはそりゃ働けと言いたくなる。

俺はあの事件で恋人を刺してしまった犯人のことを考える。
なぜ付き合っていた関係でありながら相手を傷つけてしまったのか。そんなの当事者同士の話だから本当のことは考えても分かんないんだけど、俺と拓也もそうなっていた可能性はある。俺も間違ってしまって、けど今回は寸でのところで取り返した。考える怠惰に打ち勝って拓也のことを考えたから。

結局人間は想像力を使って相手のことをちゃんと考えないといけない。ずっとは難しいから、時々。好きになった者同士は頼りあいながらそれを続けていくしかないのかもしれない。

俺は考えるのに疲れて、新宿の大塚家具で買った30万円するソファの上で映画でも見ようかしらとサブスクを漁る。『アバウト・タイム』という映画が目に留まって見てみる。綺麗に纏まってるけど俺的にはクソ映画だな。だってさタイムトラベルで恋人を手に入れてもさそれってズルじゃない?
拓也なら何て言うかな。今日の夜一緒に見てみようかな。


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