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浮き彫りになったファッション業界の過酷な労働 バングラデシュなどの生産国に続き、先進国の業界トップ層まで

隠されてきたファッション業界の「闇」過酷な働き方が明るみに

アパレル業界といえば、バングラデシュの労働環境など、人権問題に関わるショッキングなニュースが度々報道されてきた。

今では多くの人が日常的にチェックしているであろう、インスタグラムやTikTok。その世界でとりわけ華やかに、日常の充実感を映している(ように見える)インフルエンサーたち。

多くの人が憧れる華やかでエネルギッシュなそのイメージとは裏腹、ファッション業界を動かすトップ層の人々の働き方まで、問題視する動きが見え始めた。

ヴォーグ ビジネス』は、独自の調査の結果、「ファッション業界の不安定なライフスタイル、バーンアウトの蔓延と不満の加速」を明らかにした。


 『ヴォーグ ビジネス』がファション業界における沈黙を破る

メディアで公に扱われることはほとんどない、「触れてはならない」ムードすら感じる話題に、驚くほどド直球に問題提起したのは『ヴォーグ ビジネス』だ。ラグジュアリー業界の情報を主に扱う、BtoBに特化したビジネスメディアである。

その驚きの記事名は、超絶ダイレクトだ。題名はずばり、「その夢を暴く。ファッション業界ワーカーのライフスタイルはサステナブルなのか」。

ファッション業界のあまりにハードな働き方を「暴き出す」この記事は、「過労が当たり前とされるカルチャーは、業界全体でバーンアウトを生んでしまうのでは」と、現状を危険視している。

バーンアウト(燃え尽き症候群)とは、心身の疲労からエネルギーが消耗し、疲れ果ててしまうことをいう。

「燃え尽き症候群」というと、ファッション業界に限らずほとんどの人が聞き慣れている言葉だろう。それでは、一体なぜファッション業界が特別に取り沙汰されるのだろうか?

業界の加速が止まらない。「ファッションカレンダー」とはなにか

ファッション業界が他業界と異なる特徴の1つが、極めてハードなスピード感だ。この業界は、世界中が「ファッションカレンダー」と呼ばれる特殊なスケジュールのなかで動いている。

参照:Vogue Business

パリコレで最も広く知られるファッションウィークは、パリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドンの主要4都市(濃い紫で表されている)で開催される。新作コレクション発表は、春夏、秋冬と年2回に分かれている。

メンズ、ウィメンズ、オートクチュール(高級仕立て服)個々に行うのが通例のため、ほとんどのブランドが年6回にわたり新作を制作することになる。

なかにはこれに加え、毎年リゾートやプレフォール(薄い紫の一部)、コラボコレクションなどを発表するブランドもある。例えば、ディオールはウィメンズのみで年6回新作コレクションを発表している。

コレクション制作を指揮するデザイナーはもちろん、PR、マーケティング、マーチャンダイジングから販売員まで、ブランド全体がそのサイクルに合わせて動いているのだ。

業界人600人へのアンケートで明らかに。ファッションビジネスの「過酷さ」

急速なスピードで目まぐるしく回るファッション業界だが、労働のハードさは実際どれ程なのだろう。『ヴォーグ ビジネス』は、600人以上のファッションプロフェッショナルを対象に調査を行った。

調査の結果、日常的な残業や頻繁な出張から、恋愛や家族など大切な人との時間や、趣味やセルフケアの時間が取りづらい傾向が浮き彫りになった。

また調査対象の人のなかには、解雇や降格のリスクを抱えずにワークライフバランスが実現できる、安定した職を求め、他業界を希望する声も上がった。

『ヴォーグ ビジネス』調査の対象の人による証言
・「ペースはバラバラだしバランスなんて存在しない。『行け』と言われたら行くしかない。出張に行けない事情があって家で過ごすようなことがあれば、キャリアアップに重要なネットワークを逃し、キャリアアップも難しくなる」
・「子育てをしながら継続するのが難しい。コレクションのために海外へ出張することに拒否権はなく、家族のためにも参加するかどうか、選択権があればと思う」
・「業界で2年勤めて、退く道を考える人もたくさんいる。家を買うことも、ライフスタイルの質を上げることも、長く人と付き合うことも、貯金をすることも、簡単ではないと気づくから」

『ヴォーグ ビジネス』

また、ハフポストの共同創立者であるアリアナ・ハフィントン氏は、「女性はよりバーンアウトや睡眠時間の剥奪を経験している」と話す。「多くの女性は仕事か家庭、どちらかの成功を選ばなければならないのが現状」だという。

メンタルヘルスの問題

スウェーデンのファッション協議会でクリエイティブディレクターを務めるロビン・ドゥグラス・ウェストリング氏は、「自分自身と仕事上の自分を区別すること、個人としてのアイデンティティを見つけることに苦労している」と話す。

コペンハーゲンファッションウィーク公式チャンネル ウェストリング氏との対談(コメントは『ヴォーグ ビジネス』より抜粋)

また、ネットワークが大きなアドバンデージとなるファッション業界では、飲酒を伴うソーシャルイベントへの参加を避けては通れない。メンタルヘルス問題の大きな要因のひとつだ。

イベントへの参加は、プライベートの時間を割いて参加する上に、「重要な機会を逃してはならない」と重くプレッシャーを感じる場にもなりうる。

なにより最も深刻なのは、立場の弱い若者が性的被害を受ける場でもあるという事実だ。

特に業界で経験が浅い若者は、年長者から性的な搾取を受けることもあるという。立場の弱い人の搾取が未だ消えない、業界の特殊ともいえる社交イベント環境のダークサイドである。

ファッション業界の働き方 改善への取り組みと兆しは?

イギリスでは、60社以上の英国企業の従業員が試験的に週休3日制を行い、その結果参加企業の90%以上が継続、18社は恒久的な導入を決定した。

日本でも日本マイクロソフトや日立、パナソニックHDなど他業界大企業では週休3日制が導入され、ワークライフバランスへの取り組みを強化している。

急速なペースに取り巻かれるファッションワーカーたち。全世界のファッション業界労働人口は3億人(全世界労働人口約33億人の約9パーセント)にもおよぶ。女性労働者も多く、グローバルエコノミーをリードするこの大規模業界で、働き方の改善の兆しはあるのだろうか?

実際、改善を求める声は業界を牽引する有名ブランドからも出始めている。

コロナ禍では、ドリス・ヴァン・ノッテンをはじめとするブランドが、業界の不安定な働き方の改善を呼びかけた。それに加え、グッチはコレクション制作の回数を減らす構想を打ち出し、デザイナーであるジョルジオ・アルマーニも個人として業界全体のスローダウンを支持している。

しかし、『ヴォーグ ビジネス』による調査の結果、「むしろ加速している」と明らかになった

この業界は有能なトップを自ら手放しています。インクルーシブになることへの十分なサポートを職場で受けられないからです」。業界衰退の可能性に心配の声をあげたのは、ファッション業界に特化したインクルーシブコンサルタルトであるアルージ・アフタブ氏だ。

個々のブランドの取り組みでは、歴史の中で体系化された業界の基盤を変えることはハードルが高い。イギリスやスウェーデンのファッション議会では、業界を多様にするためファッションワーカーのデータを集め始めている。声を上げることで雇用の機会を失うことがないように、匿名で意見を言える配慮が重要だという。

意外と身近なファッション業界の働き方問題 

ファッションカレンダーに組み込まれた「コレクション」。その影響はデザイナーやインフルエンサー、メディア関係者たちに限った話では?と、あまり身近には感じない人が多いかもしれない。

しかし、シャネルやディオール、グッチなどのビッグメゾンはもちろん、ザラやH&Mなど身近なブランドで働く販売員も、やはりその影響を受けている。

顧客とのつながり(クライアンテリング)を重視するラグジュアリーブランドでは、新作が発表されればそのたび顧客へ個別に連絡を入れ、予約を受け付ける。もちろんプロフェッショナルとして毎シーズンの販売戦略を理解したうえで、新コレクションのコンセプトや細かな商品仕様の理解、個別のコーディネイト提案など、高いレベルでの対応がその都度求められる。

一方で大量生産が特徴のファストファッションでは、より新作制作のペースが速いため商品の入れ替わりが激しく、抱える在庫量も多い。過去にファストファッションブランドのバックオフィスマネジャーを務めていた筆者の知人によると、「移動する商品の規模は相当のもので、営業時間はもちろん通常業務のため、時間外労働で対応するのが当たり前」だという。

また、LVMH系ラグジュアリーブランドに勤める知人は、「トップセールスを目指すため、いつ自分の顧客が来店しても店舗へすぐにかけつけられるように、休日も一日店舗付近で過ごしていた時期もあった」という。日常の業務量も、店舗での役職が高くなるほど多く抱える傾向にある。

本社は東京に集中しているブランドがほとんどで、地方店舗の販売員は出張もあり、長期で滞在が必要なケースもある。トップダウンの色が濃い店舗ほど、本社からの命令にノーは言いづらい環境だ。

接客業では、突発的な時間外労働の発生も起こりうる。時間的な拘束に加え、顧客優先の高いサービスクオリティが求められるハイファッションでは、クレーム対応を含めプロとしての高い期待に応えるべく、精神的な負担を感じる従業員も少なくない。

ファッション業界の労働問題。生産国は中国や東南アジアなどに集中しており、ブランド本拠地はフランスやスペインなどのヨーロッパに多い。そんなグローバルな業界のニュースは、日本では他人事のように感じるかもしれない。

しかし、日本の店舗に立ち、笑顔で丁寧な接客を行う販売員たちを想像すれば、意外と身近な問題であると感じられないだろうか。年末年始も休まず働く姿を見て、「一体ファッション業界の働き方は健康的なのか?満足する休みは取れているのか?家族との時間を十分に取れているのか?」そんな小さな問いかけから始めることで、この業界を取り巻くあまりに大きな問題も、業界の外側を巻き込んだ世の中全体で変えていけるのでなはいだろうか。

参考記事

https://www.voguebusiness.com/fashion/debunking-the-dream-is-fashions-lifestyle-sustainable-for-employees-success-survey

https://www.voguebusiness.com/fashion/debunking-the-dream-is-working-in-fashion-going-out-of-style-success-survey

https://forbesjapan.com/articles/detail/61966

https://fashionunited.com/global-fashion-industry-statistics



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