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当たり前のように、夏は苗場に音楽が鳴って欲しい

 職場の時計を見たら、22時に差し掛かっていた。
 まずい。
 当初の予定では、20時には切り上げて新幹線で東京に帰り、実家に一泊してから万全の態勢で苗場に向かうつもりだった。もう終電はない。

 新幹線に乗れないことが分かった時点で、会社で夜行バスを予約した。ただ、最寄駅から出ている東京行きのバスは埋まっていて、少し電車に乗ってバス停に向かわないといけない。
 やむを得ず仕事をすごく中途半端な状態で放り出した僕は、自転車を飛ばして一度帰宅して荷物を取って、駅に向かう。息を切らしながら、ホームに着いて時計を見た。良かった、間に合う。

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 と、同時に実感が湧いてきた。
 もうすぐ、フジロックだ。
 無事に夜行バスに乗り込んだ僕は、一緒に苗場に行く大学時代の友人2人にLINEを入れて、目を瞑った。

 寝たんだか寝てないんだかわからないうちに、朝の東京駅に着く。簡単に飯を食べてから、1人の友人と新幹線の改札で合流できたけど、もう1人が来ない。いつも通り寝坊したらしい。現地で合流することを約束して、2人で新幹線に乗る。

 僕は車で音楽を流しながらワイワイフェスに行くのも好きだけど、電車やバスを乗り継いでフェスに行くのも好きだ。住んでいる場所も年齢もバラバラ、いろんな場所から集まった人たちが、楽しそうに同じ目的地を目指している姿を見ると、とても幸せな気持ちになるからだ。フジロックは、全国各地から人がたくさん集まる。

 越後湯沢駅に降りてから、思っていた以上にバスに乗るのに時間がかかってしまって、少し焦り始めた。
「タクシー乗る?」
「2人だと高いからやめない?」
「やめよう。あのデブ何遅刻してんだ」
話していると、ようやくバスに乗り込めた。

 学生の時は事前にタイムテーブルを見ていつ何を見に行くかをしっかりシミュレーションしていたけど、社会人になってからは大体会場に向かうタイミングで「今日なに出るんだっけ?」とか話し出すようになった。一緒に行く友人も自分も、ラインナップを全く把握してない。「えー、明日が良かったよ!」「くるり出そうなのに今年でないの?」とか顰蹙を買いそうなことを言いまくっているうちに、会場に着いてとりあえずビールを飲み出して酔っ払って、最終的に何を見たかはあまり覚えていない。

 でもこの時だけは明確に見たいアーティストがいた。社会人になってからもCDを買って追いかけていた、Homecomingsが出演する。僕と同い年の、男女4人組バンド。東京ではじめてライブをした時からずっと観に行っている。地方転勤してからも、名古屋でライブがある度に観に行った。
 
 しかも、ステージはレッドマーキーだ。僕は、フジロックの入口ゲートらへんを歩いているときにレッドマーキーから演奏が聴こえてくる瞬間が、とても好きだ。「今年も来たなあ」と感慨深くなる。レッドマーキーはステージの大きさも、暗さもちょうど良い。グリーンは広過ぎるし、ホワイトからその先はなんだかんだ遠くて歩くの疲れるし、ビールもサーブしやすいからレッドマーキーが一番だ。

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 ホムカミが始まってしまった、ってタイミングでバスは会場に着いた。
 「さすがに見逃したくない」と思って、ビールも買わずにリストバンドを引き換えたら、友人と小走りで入口ゲートへ、そしてレッドマーキーへ向かう。走っていると、「I WANT YOU BACK」「Buttersand」が聴こえてきた。やっぱり今年のフジロックも最高だ。

 そして会場に着いたとき、「HURTS」が始まった。一番聴きたかった曲。

 社会人になってすぐに東京を離れて一人暮らしをはじめた僕は、目の前のことに一喜一憂したり、寝る前に少し寂しくなったり、些細な浮き沈みのある毎日を繰り返していた。上司に説教された会社の飲み会の帰り道で、仲の良い同期と深夜まで飲んで帰った自宅のベランダで、明日を迎えたくなくて夜更かししたベッドの中で、イヤホンで世界をシャットダウンして「HURTS」を聴いた。日々のちょっとしたイライラや、楽しさの後に感じる寂しさのような感情を、優しく肯定してくれる曲に、救われ続ける毎日だった。苗場で聴く大切な曲は、格別だった。鳥肌が立ちっぱなしだった。

 ホムカミを観た後、やっとビールにありつけた。苗場で飲む酒は、本当に美味しい。寝坊した友人も合流して、あまり演奏も見ずに寝転がりやすい場所を探して、だらだらと仕事や誰かの結婚話をしながら、酒をめちゃくちゃたくさん飲んだ。酔っ払ってグダグタになってくると、「朝までここにいる体力なくね?」と、寝坊した友人が言い出した。結局、Beckを一目見たら切り上げて(勿体ない)、最終的には水道橋のラクーアで3人並んで漫画を読んでいた。

 僕のフジロックは、毎回こんな緩さだ。車で行っても、苗場に着く前になぜか温泉に着いてしまうこともある。チケット代、買うのに少し勇気がいるぐらい高いのに、かなり勿体無い。でもそもそも買うときにラインナップすらちゃんと確認していない。リッチなのかバカなのかよくわからない。
 そんなテンションで参加していても、やっぱり暑くなってくると「もうすぐフジロックだ」とそわそわする。僕の身体に染み付いて、取れなくなっている。きっと、生活の一部になっている。演奏を見ても見なくても、会場に行っても行かなくても、フジロックがやっているという事実が、僕の気持ちを明るくしてくれている。全国各地からいろんな人が、フジロックに向かっている光景を想像しただけで、少しワクワクする。

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 ”非日常”空間と言われる夏フェスは、僕らにとってはもはや当たり前にある”日常”になっていたことを、今痛感している。
 来年の夏は、苗場に、ひたちなかに、石狩に、山中湖に、北から南まで全国各地に、音楽が鳴り響く”日常”が戻ってくることを切に願っている。

HURTS / Homecomings

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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