奥田十四

特に取り留めもなく投稿しております。投稿ジャンルはありません。「私」というジャンルです。

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最近の記事

今日を生きる喜び

あなたが教えてくれたのは 今日を生きる喜び 何もわからない今日に 幸せという切手を貼り付ける 一日の最後に届くそれは 思い出というポストに投函される

    • 自分の意志

      あなたを想って書くのも 私を想って書くのも 自分の意志だ 自分以外に「言葉」を悩ませられても 全て自分の意志なんだ 「私」がいない悩みなんて 私のままを書いてない 私が生きていない 私は生きているか? この言葉の中に、生きているか?

      • 見間違う時給

        一日の出来事を言ってくれ 君の「一日」と私の「一日」 今記した「一日」は「一日」だと言うのに 君と私では「一日」は違うんだ そして君の中だけでも「一日」は違ってくる 私は時給で働くことが多々あったが 会社のシステムの違いで 同じ時間、同じ時給、同じ職場で働いたのに もらえる給料が違うことがあった 時間とは何なのだろうか? 同じ一時間でも、それはまったく違う一時間になる それだけでも「一日」は違う 同じなのに違うと、時間の中に価値が存在し それは違和感や不公平になる

        • 生きる意味の意味

          パッケージ化された日々を少しでも変えるために ステージを切り替えてきた 生きる意味を「生活するため」だけにしないために 予防線も張って生きてきた 社会に同化することが私にとっての「生」ではない 社会の言いなりになることが私にとっての「生」ではない 社会の中に自分はいない 自分を探すことが生きる意味なら すなわち社会の中に生きる意味はない だから社会から私の心は離れている それでも社会に自分を投げ出すのは 人と出会うためだ 嫌な奴も、良い人も、すべて自分を知るためだ

        今日を生きる喜び

          生きる意味

          生きる意味を考える時 生きていると感じる それは意味のない行為だし 答えなど見つからないものだ 今私が生きていることは必然だ こうして文章を書いているのも生きているからこそできる行為だ 人は生きる意味を考える しかしそれに意味がないこともわかる そもそも生きる意味などというものがあるとすれば 生まれてくる意味などないからだ そもそも生きる、生まれてくる意味を知った上で 私たちは生まれてくるわけじゃない 卵子に精子が入る前から 私たちは生きる意味を認識しているわけじゃない

          生きる意味

          GW中

          ゴールデンウィークに入っていますが 皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 私の人生に ゴールデンウィーク というものが存在した記憶はほぼなく ただ月日が流れ、時に粽を食べられる日がある ぐらいです 粽、好きです あ、粽と言っても、もち米で肉とか入って蒸す方じゃないです 中華ちまき的な方じゃないです 和菓子の方です 歳時菓子です 中華ちまき的な方はあまり好きじゃないです 好きな方の粽はどれだけでも食べられる と思うぐらい好きです 実際に大量に購入したことはないので

          人生の性格

          人生は意地悪だ 簡単に答えられない問題を出してくる 答えなどすぐに出ないとわかっているから 何度でも訊いてくるんだ 人生は暢気なもんだ 簡単に答えられない問題を出してくる 答えなどすぐに出ないとわかっているから いつまででも待てるのか? 人生はアパレルメーカーだ 自分に似合う服装を探し 試着し、選び、自分を魅せる 答えなどすぐに出ないからこそ 時間がかかり、悩み、楽しめる 人生は人生としていつも私に語り掛ける それは自分自身だ 人生について考えるということは 同時に自分

          人生の性格

          待たせてごめん

          どんなに大切なものも 目移りしている間に見失ってしまう 簡単に無くしてしまう その時間は一瞬なのに 探し出す時間は何倍もかかる 大切なことは忘れないことを待ってくれない

          待たせてごめん

          夢の続き

          夢は一つじゃない 一つのものを指すわけじゃない 夢は破れたって、夢は続く 夢は一つじゃない 昨日の夢が、明日も夢になるとは限らない 夢は一つじゃない 一つと言わず、二つ、三つと持てるもの 夢はどれだけ思い描こうと 質量を持たない素敵なもの 夢は一つじゃない 破れたっていい 心の奥に閉まってもいい だけど 誰かの言葉でかき消すな 君の夢は君が全て決めていい 夢は 賞味期限を持たない 制限時間を持たない 生きている限り 思い描く限り 夢は必ずそこにある 夢は裏切ら

          夢の続き

          過去とのつながり

          行動することでたくさんの人を知る 色んな人を見ることが出来る その出会いに自分の心はどう動くのか? いつも新たな自分を発見する いつも「過去とは違う新たな一日」に成り立つ 決断を起こすまでの不安も 決断した後の不安も 当日、出会いが結果的に「良かった」と思えるように 誠実に生きる それが明日につながる

          過去とのつながり

          双方の距離

          自分と他人の間には、必ず距離がある 物理的な距離も、思考的な距離も それはゼロになることはなく 必ず距離があるからこそ 溝になり、亀裂になり、空間が生まれる 埋める作業も、縮める作業も 壊す作業も、伸ばす作業も 自分次第で相手次第 距離を縮めたいと思う時 縮めたいと思う自分の気持ちに正直になれ 距離を置きたいと思う時 置きたいと思う自分の気持ちに正直であれ 周りに惑わされるな 距離は自分の意思で変えられるものだ

          双方の距離

          雑談

          かなり前からストックしていた言葉もなくなり その日に考える毎日 やれるだけ毎日投稿を続けるという意志だけでは 良いものは出てこないけど 良いものかどうかは私が決めることじゃない 「投稿」という形をとっていれば尚更 私個人の目線で言えば 納得できるものであればいいのだけれど 真の意味で「納得」しているのかと言えば疑問が残る 「とりあえず何かしら書くものを書いた」 というだけの納得であれば内容はあまり伴わないだろう なので最近はこういう雑談をつらつらと書くことが多い 何かし

          おすすめしたことありますか?

          おすすめって、人から紹介されてもまず動かないってことないですか? それが家族だろうと、親しい友人だろうと 自分の琴線に触れるものを、自らの手で探し出したい というとカッコつけている気もしますが 時に人からの「おすすめ」に走ることはあります 飲食店の「おすすめ」 いや~、こういう時ってつい頼んじゃいますね 初めて入店したお店だと選んじゃうこともあります メニューの中で「おすすめ」が安く設定されていることもあるので そういう時はコスパも良い そうじゃなくても考える手間が省

          おすすめしたことありますか?

          操られた言葉

          君の扱う言葉には 「君」が宿っているだろうか? 周囲からの見えない圧力で書き換えられた 「操られた言葉」ではないだろうか? 君は君の本音を知っているだろうか? それを伝えられているだろうか? 君の言葉じゃないくせに さも当然のように発した刃で 周りを傷つけていないか? 無責任な言葉ほど 安全性を取り付けられない 研ぎ澄ますのは刃じゃない 君の言葉の本音を探れ そしてそれを発することだ

          操られた言葉

          一時だけでも

          出会いが増えると他人の人生と交錯する 応援したい人 幸せを祈りたい人 行く末の平穏を思う人が増える もちろん関わりたくない人も増える そんな人に祈るのは無駄だ 祈りたくもない 一時だけでも出会ったあなたに 私に何が出来るわけでもないが 人生が笑顔で満たされるよう 祈り続けよう 出会いは、怖くて、苦しくて、面白いものだ

          一時だけでも

          束ねて、解けて

          色々と思うことあり、資格を取った 数日だけのクラスメート 最終日に同級生や何やらの情報を得て 狭い世界を体感した 接点がない者同士が 接点を見つけるだけで 線になる 数十年の時を超えて、世界はつながる どこで誰が見ているかわからない 短い間の相手にも油断は禁物だ 様々な理由でたまたま集まった者たちでも 偶然の重なりは高確率で起こる 運命とは何とも面白いものだ

          束ねて、解けて