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⑧中央アジア、モンゴル・ゴビ沙漠

「これ、返すわ。」

そう言って、僕は合鍵をテーブルの上に置いた。白くて小さなテーブル。ここで何度も二人で食事をとった。2秒くらいの間があき、普段物凄く気の強い彼女は「そんなこと言わんといてよ」と泣き顔になって言った。それから名前を呼んで、後ろから僕を抱き締めた。

後悔しているのだろうか。でもあの時、もうそうするしかどうしようも無かった。いずれにせよ、なによりも大切だったはずのものを私は自ら手離した。私と彼女という関係性においての彼女を永久に失った。

彼女と過ごした時間以上に幸福な時間なんて、もうこれから自分に訪れるとは思えない。この先は、まるで副作用の様に記憶と現実の落差に苦しんで、何も手に入れられず寂しく老いていくだけなんだろう。

「ゴビ沙漠で死ぬ」という思いつきは、人生にある種の諦念を抱き始めていた私にとって非常に都合の良いものだった。生き残るにはゴビ沙漠を横断するしかない。横断して生きるか。沙漠で野垂れ死ぬか。そんな極端な二択を自分の運命にぶつけた。途方も無い光。もしくは闇。どちらでもいい。掴まなければならない。そう思い込んだ。

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