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短編集

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noteにアップした短編小説まとめです。
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記事一覧

【短編(SF)】ふたり

 4さいの小さなアッコは目をあけました。  空にはくもひとつありません。アッコは青くすきとおった空に向かってのびをします。 「マル。あさだよ。おきなさい」 『オキテルヨ』  アッコはペンギンの形のマルをぎゅっとだきしめて、あいさつをします。 「おはよう」 『オハヨウ』  マルはアッコのまわりをくるくる回ります。  それがこの生きものの朝のうんどうのようです。 「おなか、へった」  アッコはおなかに手を当てます。 『シタニ、イコウ』  マルは体から細く長いひもを

【短編(ドラマ)】ベイビー・ドント・クライ

 史緒里は弟の亜蘭を抱いたまま、墓の前で手を合わせる。  今日は母方の実家に来ている。史緒里の父がお盆の期間に仕事を休めなくなったため、前倒しで墓参りしているのだ。  母の芳子が、史緒里の肩に手を置いた。 「よし、お墓も掃除したし、お婆ちゃん家に行きましょうかね」 「うん」  寺の駐車場へ戻って、史緒里はチャイルドシートに2歳の亜蘭を乗せる。後部座席が彼と史緒里の定位置だ。  父は全員が車に乗ったことを確認し、無言で発進させた。  高架下のトンネルを抜け、細い道をくね

【短編(SF)】記憶の欠片

 道は果てしなく、ぐにゃぐにゃと曲がりくねっている。  兄とわたしがいる世界は、まるでプラネタリウムをひっくり返したみたいで。遠くの星々が上に向かって流れていったり、突然キラキラと光ったと思ったら、そこから無くなってしまったり。上を向くと、そこには無限の闇。どんな光も通さない、永遠の無。  ……ここは地獄。わたしは兄と一緒にここに来た。 「イオリ、また欠片を見つけたぞ。ちゃんとナップサックに入れておこう。今度は無くならないといいなぁ」 「そうだね」  兄は嬉しそうに、手

【短編(ホラー)】ブラッドハック

「雨、降ってきそうだね」  フロントガラスに映る鈍色の空を見ながら、運転中のミツヨに話しかけた。助手席に座るハヅキは玩具のパッケージを抱えている。その箱には中学1年生に似合わない、低年齢向けアニメで主人公の使うマジカルステッキが入っている。 「嘘ぉ。天気予報だと晴れだったのに。やっぱり、あれから色々おかしくなってるみたい。ほら、ラジオだって……」  ミツヨは悪態をつきながらFMラジオの周波数を変える。時々雑音混じりで話し声が聞こえてくるものの、何を言っているのかまでは分

【短編(ドラマ)】ゆめのかけら

 鼻歌交じりにステップを踏み、軽快に卵をボウルのフチに当てて、ひびを入れ、そのまま片手で卵殻を割り、白身も黄身もボウルの中に入れる。  中身を失った卵殻は、他のボウルにポイっと投げ入れる。  同じ動きを繰り返し、繰り返し。ボウルの中で白身のプールの体積が増し、その中にどんどん黄身が増えて浮かんでいく。  必要な数を入れたら、今度はボウルの中身をミキサーのタンクに入れて、先輩に声をかける。 「卵、終わりました」 「ありがと。もう時間ね。上がっていいよ」 「はい。お先に失礼

【短編(コメディ)】叶える本舗

「全然ダメ。企画の趣旨が分かってない文章だわ」  ディスプレイに映る洋子が難しそうな顔で目を瞑り、続ける。 「春田くんさあ、ライターの仕事、向いてないんじゃない?」 「僕の適性の話はどうでもいいよ。不採用なら別のところに持っていくだけだから。そんじゃ」  画面の中の洋子が何か言おうとしているのを無視して、マウスカーソルを終話ボタンに移動させマウスのボタンをクリックする。泡の弾けるような通知音とともに、ビデオ会議の画面は閉じられた。  ゲームデザイナーとして何本かのつま