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オープン・フェア・スロー──お香と社会の3つの「隙間」

こんにちは、お香の交差点OKOCROSSINGを運営している麻布 香雅堂代表の山田です。

お香をはじめとする和のかおりの専門店・香雅堂を手伝い始めておよそ10年が経ちました。思うところがあって初めてこのような文章を書くに至っています。みなさまにあまり馴染みのないと思われるお香業界の今をさまざまな観点で紹介しながら、お香の未来について考えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

香木・香道具店とは?

そもそも、香木・香道具店とはどのようなお店でしょうか。私たちの店では、お線香・匂い袋などの比較的身近な存在から香道という芸道で使用する道具、香木という不思議な木等のハイエンドなモノまで、幅広く取り扱っています。

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500円程度のお線香から数百万円する香木までが同じ空間で取引されているという、ある意味不思議な空間です。一言で言えば「和の香り全般の商品を扱うお店」と言い換えることができると思います。

訪れるお客様も様々です。ご近所の方が「朝と夜にリラックスする為にいつものお線香をください」と1000円くらいのお買い物をサクッとされることもあれば、「今度香道のイベントをするからどんな香木を使ったらよいか教えて」とおっしゃる方と香木について2時間ほど語り合って、10万円分ほどの香木をお買い上げいただくこともあります。

また、商品の用途も非常に多様です。香雅堂では、この香りは仏様へのお供え用、これはお部屋用というようにあらかじめ決めているわけではありません。そのため、同じお線香の種類であっても、お供え物に用いられることもあれば、リビングで愉しまれることもあるのです。

お香業界での驚き

そんな不思議なお店を、両親は約30年に渡って切り盛りしてきました。私自身は、店を大学生の頃から手伝い始め、その後に新卒で就職したIT企業を退職。2011年から店で本格的に働き始めました。

働き始めてからというもの、お香業界の慣習に驚くことがいろいろありました。いくつか紹介したいと思います。まず、専門用語の共通認識ができていないこと。たとえば「白檀(ビャクダン)の香りがほしい」とおっしゃるお客様がいた場合に、そこで指している対象が「純粋な香木としての白檀の香り」であることもあれば「いわゆる西洋の香水のような香り」を指していることもあるのです。この二つの香りは似ても似つかないほど違います。つまり、和の香りの世界ではポピュラーな言葉である「白檀」という言葉をひとつとっても、指す範囲がとんでもなく広い、というかなんでもあり状態になってしまっているのです。

次に、お線香に入っているどんな成分が入っているかわからないことが当たり前という状況にびっくりしました。お線香に火をつけて煙が立つ、そしてその香りを楽しむ。それはつまり、お線香の一部を身体に取り込んでいるということです。それにもかかわらず、成分表示はほとんどないのです。成分表示は、食品の世界ではずいぶん前から当たり前のことだと思うのですが、お香ではそれがありません。「健康志向が高まっているこの時代にすごいなあ……」と思いました。

少しネガティブともとれる要素をあげてしまいましたが、「お香という神秘的な世界観を作ることに役立っている」とも言えるので、単純に良い/悪いでは切り分けられないと考えています。

ポジティブな驚きとして時間の流れ方の壮大さがあります。取り扱っている香木はもともと木ですから何十年という時間をかけて育ったものですし、私たちのお店の起源は京都にあり、そこから数えようと思えば私自身は九世代目になります。そしてなにより、そんな香りの世界の作法を伝える香道の先生方はみんな80歳くらいです(しかも超元気!)。そうした茶道の先生やお客様も含めて人生の大先輩方が厳しくもやさしく話してくださる「人生長いから、仕事・子育て・遊び、なんでも細く長く続けることよ」という言葉は、心に深く残っています。

「香木バブル」の10年

これらに加えて、最も衝撃的だった出来事は「香木バブル」です。香木バブルとは、2011年頃から中国の方々からの需要が急速に高まって、それに応えるべく日本の香木(それも特に上質なもの)の70%程度とも言われる量が中国に流出してしまったことを指します。もちろん需要があるのはありがたいことなのですが、あまりにも需要が大きいため価格も急上昇することになりました。少し長いスパンにはなりますが、この30年間で、1g¥5,000だった上質な香木は1g¥50,000~¥100,000にも跳ね上がってしまったのです。その結果、もともと香木を必需品として使用してきた香道・寺院関係の方々はとても困ることになりましたし、その状況はいまに至るまで続いています。

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香雅堂で販売している香木「仮銘「軒端の花(のきばのはな)」伽羅」

香木バブルが生んだのはビジネス的なインパクトだけではありません。香木の持続可能性という視点で考えた場合、この100年でお香業界に起きた最も大きな出来事と言ってもいいと思います。もともと減り続けていた香木という資源は、このバブルで一気に危機的な状態になってしまいました。

どういうことでしょうか、少し香木資源の歴史を説明したいと思います。資源としての香木の最初の危機は、1980年頃に香木の主要な産地であるベトナムの上質な香木が青田刈りされ、当時景気が良くリッチだった日本に渡ったたことです。上質な香木は育成に50年から100年ほどかかるとされています。ですから、青田刈りをしてしまった時点で、香木のサステナビリティの輪にひびが入ってしまったのです。

──不幸中の幸いだったのは、日本では香木を焚いて用いるため、比較的ゆっくりと消費されていったということです(具体的な数字をあげると、香木を用いる主要人物の一人である香道の関係者は、0.02g程度の香木の欠片を10人くらいで楽しみます)。そのため、日本に渡った香木のうち実際に焚かれる前のものは香木のまま保管されていたのです。

2011年頃からの香木バブルでは、この日本にあった香木が中国の方々のもとへと移動しました。中国では香木の用途が違っていて、日本のように焚くのではなく、数珠などの装身具や彫刻品に加工します(※)。
(※)2019年現在その用途は少しずつ変化してきているとも言われます。

加工する場合、焚くよりも消費速度は圧倒的に速く、また一度加工された香木は基本的に再利用できません。当然ながら文化に応じて資源の使い方に違いがあるのは当たり前で、そこに良し悪しはありません。しかし、問題となるのは消費するスピードで、その観点において香木のサステナビリティの輪は完全に崩壊してしまったと表現できます。

──もちろん、香雅堂にとっても「香木バブル」は他人事ではありません。私たちには、香木を守りたい気持ちもあれば、需要に応えたい、つまり儲けたいという気持ちだってもちろんありました。ビジネス視点だけで言えば、香木バブルの最盛期は、自分たちが持っている香木を全部売ってしまえば「人生上がり」と言えるような規模だったのです。

このような状況のなかで、私は香木をどれだけ残すか、どれだけ売るかという問題に頭を悩ませ続けてきました。「どうすればよかったのか」。当時からずっと、いまでも答えを見出せていません。

オープン・フェア・スロー

そんな激動の香木バブルのなかで、私は2017年に代を継ぎ、香雅堂の社長になりました。その段階では、明確に香木は「売るもの」から「守るもの」に変わっていました。

……と、サラッと書いていますが、私たちのお店にも大きな変化が起きました。香木資源の流出が進みすぎた結果、私たちは「香木店」であるにもかかわらず、もはや新しい香木を仕入れることができなくなってしまったのです。

香雅堂は、お香業界の中でも特に上質な香木の販売に専門性をもっていました。そんな私たちにとって、仕入れが絶たれてしまったという事実は「良い香木を仕入れて販売するというビジネスモデルが崩壊した」という非常事態を意味しています。

こうした状況のなかで、香雅堂はなにをすべきなのか。私が少なくとも確かだろうと思ったのは、「どんどん仕入れて売る」という発想をやめ、それとは反対に「次の世代の上質な香木が育つまで、手持ちの香木を何代にも渡って運用する」ということが必要だということです。一言で言ってしまえば、「サステナブル」なビジネスモデルに移行する必要があるということです。

この考えを具体的なモデルに落とし込むにはどうしたらよいのでしょうか。まだまだ手探りではありますが、この10年の経験のなかで、抽象的な行動指針のようなものは見えてきました。そのキーワードは「オープン」・「フェア」・「スロー」の3つです。

まず、香木や和の香り全般に関する情報を「オープン」にすること。この記事にある内容もそうですが、お香に関する情報の多くがまだまだ閉鎖的です。私たちは、それを広く開いていくことが大切だと考えています。

次に、そうした情報を「フェア」に伝えるということ。お客様と私たちの間の情報格差を少しずつ埋め、ともにお香について考えられる場をつくりたいと考えています。

最後に、お香を「スロー」に楽しむこと。大量消費/刹那的な楽しみ方でなく、良いものを少しずつ使う楽しみを広めていくこと、そして私たち自身も細く長い活動を続けていくことが重要だと考えています。

この3つのキーワードを体現する事業をつくることで、私たちは香木をサステナブルなものにする第一歩を踏み出すことができると考えています。それはお香業界で少し特殊な立場にある、言い換えれば京都と東京のハイブリッドとも言える私たちだからこそ埋められる種類の「隙間」なのかなと思っています。

OKOLIFEという仮説

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少し抽象的な話になってしまいましたが、香雅堂では、3つのキーワードを具体化する最初の一歩を踏み出しました。それが「お香の定期便 OKOLIFE」です。先月2019年7月より開始したOKOLIFEは、日本の習わしや文化から着想された様々な香り(=お線香)を毎月ポストに届けるサービスです。このサービスでは、「オープン」と「フェア」、「スロー」を体現するために、次のような工夫をしています。

まず、「オープン」の観点から、原材料をすべて公開し、その割合にいたるまでも可能な限り公開しています

さらに「フェア」であるために、それらの原材料が天然素材のものなのか、合成香料なのかについてもしっかりと明記しました食品業界やアロマ(精油)業界では、こうした情報公開は当たり前のことだと思うのですが、お香業界では非常に珍しい取り組みです。

最後に、「スロー」の観点から内容量を毎月10本としました。その分とても上質な原料だけを使用しているため、和の香りの良さをしっかりと感じていただけるのではないかと考えています。1年間で計12回みなさまのもとにお送りするお線香は、基本的に天然素材100%の調合の香りで、たまに合成香料を3%だけ使用している(=天然素材97%)ものがアクセントとして届きます。さらに、定期便にはリーフレットやプチギフトも同封されています。

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しかし、OKOLIFEはこれだけで完成だとは思っていません。会員向けのイベントやSNSとの連動企画など、お香のある生活(=OKOLIFE)を愉しむための企画を毎日練っています。会員のみなさまと一緒にもっともっとよいサービスをつくり、お香をサステナブルに楽しむコミュニティをつくっていきたい! それが私たちの心からの願いです。

……いろいろ熱い思いを書いてしまいました。OKOLIFE(およびOKOPEOPLE・OKOCRAFTを包含するOKOCROSSING)は、まだ始まったばかりの小さなサービスです。細く長く続けて、香雅堂が埋めるべき「隙間」を少しずつ埋めていきたいと思っています。和の香りの歴史と文化が再認識され、それを潜在的に必要としている方たちに届くことを願って。また、100年後に世界のどこかで香木バブルが起きそうになったとき、今回とは違った結果がもたらされることを願って。

続きが気になる方は

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編集協力:OKOPEOPLE編集部

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