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No.1042 「ホジュン」(許浚)は「保潤」?

先日、子どもの時の記憶が鮮やかに蘇り、私自身ビックリすることがありました。

『新吾十番勝負』は、川口松太郎(1899年~1985年)の小説です。1957年(昭和32年)~1959年(昭和34年)にかけて朝日の新聞小説として連載されました。8代将軍徳川吉宗の隠し子・葵新吾と周囲の人間模様を描いた作品で、映画化・テレビドラマ化されました。

1959年(昭和34年)~1960年(昭和35年)にかけて東映で、『新吾十番勝負』4作品がシリーズ化されたそうです。私が小学生の時に観たのは、その『新吾十番勝負』でした。昭和38年の頃でしたが、田舎の小さな小学校の講堂に映写機を持ち込んでの鑑賞会です。私は、生まれて初めて映画を観ました。

この映画鑑賞会で思い出すことが、2つありました。1つは、映写機が強い一条の光を前面のスクリーンに放った時、空気中を漂うゴミがはっきりと映し出された事です。その印象は鮮烈で、強い光が、見えない世界をまざまざと見せつけたように思いました。

その2つ目は、その映画の最中のことです。話の筋は全く覚えていないのですが、何かの事件に気付いた主人公の新吾が慌てて騎乗し、口を真一文字に結んで疾走する場面がありました。もうみんな彼の味方です。「頑張れー」「行け―」「急げ―」の声援が混在して講堂中に満ちました。男子も女子も感情移入して心躍り、馬上で綱を握っているのは自分でもあるかのように、誰もが「新吾ちゃん」状態でした。あんなに大声を上げながら観た映画は、後にも先にも人生で1回きりです。

このところ、韓国ドラマ「ホジュン 宮廷医官への道」(BS日テレ、平日17:00~19:00)にはまっています。1999年~2000年に韓国MBCで放映された全64話のドラマ(再放送)です。主人公の許浚(ホジュン)は、16世紀~17世紀の朝鮮李氏王朝時代に実在し「名医」と評判を得、後に「心医」と謳われた人物です。その生涯を描いたヒューマンドラマです。

10月17日放送の第23話「科挙当日」は、数人の医員たちと初めて科挙の試験を受けるために漢陽を目指していたホジュンでしたが、途中の宿で急な依頼が舞い込み、病人のいる村に向かいます。何人か治療しているうちに次々と腕前を聞きつけた病人たちが遠くからも押し寄せました。「科挙の試験が終わったら必ず戻って来て治療するから」と約束して村を出ます。くたくたになったホジュンは、親切な男ドルセの道案内で漢陽へと急ぐのでした。

ところが、連れていかれたのは、ドルセの自宅でした。そればかりか、「重病の母を診てくれなければ、殺す!」と鎌を振り上げて脅されます。懸命な治療で何とか小康を得たドルセの母でしたが、今から漢陽へ向かってもとても間に合いません。ドルセは「俺が何とか馬を準備します」と言って出て行きましたが、いつまで経っても戻って来ません。

気が焦り、もう無理かと諦めかけたホジュンの前に突然現れたのは、「馬盗人」の罪で役人に捕らえられたドルセでした。しかも、ホジュンが盗みを指示したと勘違いされ、彼までも連行されてしまうのです。

ああ、もうダメだ。絶体絶命だ!そう思っていました。役人に拘束され高級役人から調べを受けていた時、奇跡のようなことが起きました。ホジュンが捕らえられたと聞きつけた村人たちがやって来て、ホジュンが名医であり、村人たちを献身的に救ってくれたことを告げ、ホジュンを助けてくれと哀願したのです。役人はその話に感動し、馬を与えてホジュンに一刻も早く漢陽に行くように取り計らってくれました。

さあ、それからです。ホジュンは、疲れた体を厭うこともなく、皆への礼もそこそこに馬にまたがり、漢陽めがけて疾走して行きました。野を超え、山を越え、川を越え、馬を鼓舞しながら懸命に手綱を握りしめます。

その時です。あの小学生の時の『新吾十番勝負』を大声上げながら見た記憶が蘇りました。「いけー!ホジュン、がんばれー!」私は10歳の頃のあの時の熱い感情に再び溺れそうになっていました。体が前のめりになりました。

ああ、それなのに事故が起きてしまったのです。足場の悪い道を全速力で駆けていた馬が体勢を崩し、ホジュンは落馬して気を失ってしまいました。「禍福は、あざなえる縄の如し」。
今度こそうまくいくと思ったのに、またしても試練がホジュンを待ち構えていたのです。

もう、イ・ビョンフン監督(「宮廷女官 チャングムの誓い」の監督)ったら、どんだけー!

結局、ホジュンは科挙の試験に間に合いませんでした。しかし、諦めるわけにはいきません。再起を図ってくれることでしょう。1539年に生まれ1615年に76歳で没したホジュンが、「名医」と言われ「心医」とあがめられるようになるまでの厳しい道のりは、まだ始まったばかりのようです。彼に次々と襲いかかる難儀や試練は、彼がその後に大成して行く為に避けては通れない道なのかもしれません。

私は今、このドラマを見ながら、苦難に満ちた彼の人生、与えられてしまった運命に悲憤慷慨しつつも、まっとうに生きることの大切さを教えてくれるホジュンに、心の潤いを与えられています。彼は、心の「保潤」です。


※画像は、クリエイター・めでたいこさんの、タイトル「Canvaでnote見出し画像制作:東洋医学02」の漢方薬の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。