モンスターエナジーの危険性について


 人狼をやりすぎ、モンスターエナジーを飲みすぎて病院に運ばれ、少し動いただけで動悸と吐き気に襲われるので、ほぼベッドで寝たきりの生活をつづけながら、長くは生きられないと思っていた。
 マルクスアウレリウスアントニヌスの『自省録』を読み、残された時間で何ができるか考えていた。でもろくに何もしなかった。できなかった。する気にもなれなかった。減っていく時間と、焦りと、何もできないもどかしさでぐちゃぐちゃになりながら、それでもぼくは眠るしかなかった。
 横になりながらタブレットでツイッターを見て、普通に生活を送る人々の何気ない言葉に触れて涙を流した。たまに出かけ、味のしない食事を胃に送り込んでは湧き上がる胃酸に苦しんでいた……。
 ぼくは大学を辞め、実家に帰った……。
 ぼくはモンスターエナジーをやめた。おいしい空気を吸い、おいしいごはんを食べ、よく眠るリハビリ生活をはじめた。

 体調のいい日は公園に出かけた。麦藁帽に、黒いワンピースを着た少女が話しかけてくれた。ぼくらは友人になった。彼女も彼女なりの事情があるようだったけど、詮索はしなかった。その距離を保たなければいけないと、どちらも気づいていたんだと思う。二人でブランコを揺らしながら、空模様とか、世界に起こっている悲しい出来事とか、そんなたわいもない話をしていたんだろう。
 日の光を浴びて読書した。ゲオで借りた漫画を見せてあげたり、イヤホンを共有して日食なつこを聞いたりした。FとVの発音について話したり、絶対にペットを飼うつもりがないことや、交通事故のニュースのランキングを決めたりなんかもした。消えてしまう会話を繰り返していた。目的地の見えない行為は楽しくて、いつまでもそこにいたくなった。田舎の日差しは優しいから、気力をなくしたものを受け入れてしまうのだ。
「でもダメだよ」
ある日彼女は言った。
「いつまでもこうしていられない」
「……どうして」
「私はそろそろ消えなきゃいけない」
 彼女は事実でぼくの疑問に蓋をした。理由を言うつもりはないようだった。
「何か……事情があるなら話してよ。相談に乗れるかもしれないし」
「これはきみのためでもあるの……。きみが生きるために、私は消えなきゃいけない……」
「どういうことだよ……」
「……ごめんなさい」
彼女は振り返ると走り去っていった。
彼女の背中を見送りながら、ぼくは途方に暮れた。
いつの間にか病院に運ばれた日から三年が経っていた。ぼくは気づいた。
動いても動悸が起こらない。体力は皆無に等しいが、呼吸もつらくならない。あれほど身近に感じていた死が遠のいていたのだ。手は震えるが、後遺症はそのくらいだった。動悸と息切れのせいで事故を起こし、自重していた車の練習も再開した……。
黒いワンピースの少女なんていなかったことに気づいた……。


そしてぼくは仕事をはじめた……。


生きている。
そんな当たり前のことを、なんだか不思議に思います。
モンスターエナジーがなければこのような気もちになることもなかったのだと考えると、皮肉な笑いがこぼれもします。起こったことはしょうがないけれど、ぼくはみんなに警告したい。
モンスターエナジーは危険です。
ぼくはモンスターエナジーで人生の大切な時期を失いました。代わりに得たものもあるけれど、やはり失ったもののほうが多いように思えます。
モンスターエナジーを飲むのをやめてください。それでも飲むと言う人は、量をわきまえてください。間違ってもぼくのように、一日に三本も四本も、五本も六本も飲む生活を続けてはいけません。お願いです。それだけがぼくの願いです。


と書きながら、少しモンスターエナジーが恋しくなって、一本だけ買ってしまいました。
飲むつもりはないけれど。
缶をしばらくもてあそび、机の上に置いてみて、そのシルエットが何かに似ていることにぼくは気づく。
走り去る少女の後ろ姿……黒い彼女の背中にあった、三本の緑色の線……。


――さようなら。
そのときやっと、きちんと別れられた気がした。

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