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日本境界列島──4つの線で知る災害列島

2020年秋に高田耕造さん主催の勉強会「勉強&おしゃべり会」で話した講義内容を再録します。

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 みなさんこんばんは、岡本篤です。お話しするのは日本にまつわるいくつかの境界線についてです。4種類のマクロの境界線と、ミクロの境界線3本。きょうのお話はそれだけ。

 このうちマクロの境界線の話は、じつはみなさん全員ご存じだとおもいます。知ってるような話が続きますけれども、ぜんぶ合わせて表現している人を見たことがない。「境界」という切り口で日本列島が新しい見えかたをしてくるんじゃないかとおもいます。

 ミクロの3本はオマケ。わたしが発見した境界線で、主たるトピックは獣害問題です。獣害問題を考えるときにこう境界線を引くと見えかたが違ってきますよ、という話です。

 ではさっそくですが、みなさんお手元の紙に日本地図を書いてもらえますか。色は黒でけっこうです。形はヘタクソでもなんでもOK。いちおう島が4つあればOKです。注意してほしいのは、日本だけを大きく描かずに、ちょっと周辺の余白を残しておいてください。

 描けました?じゃひとつめの境界のお話です。

(1)世界最大の大陸と海洋の境界

世界最大の海はごぞんじ太平洋ですね。では世界最大の大陸はどこですか。もちろんユーラシア大陸。これは知識として知っていますね。では日本がその境界にあるってことはどれくらいはっきり認識しているかというと、それほど認識していないんじゃないでしょうか。お、おう……。って感じですかね(笑)。

 いちばん巨大な水塊といちばん大きな
陸塊の間、正確には日本海が挟まっていますがあとで補足しますけど、そういう立地に日本列島はあるということです。これがまず一つ目。

(2)強力な気団の境界

 では2つめです。この大陸と大洋が生むのが気団ですね。小笠原気団とシベリア気団。一方は温暖で湿っている。いっぽうは冷たく乾燥している。その気団がせめぎ合うのが──日本上空ってことです。これも描いてみましょう。空気の激突は矢印で描いてみてくださいね。

 梅雨はこのせめぎあいのなかで起きるわけですけども、それにしてもですよ。毎年毎年、同じ時期に海からの空気と陸からの空気が日本上空でバランスが取れちゃってせめぎ合ってひとつき以上も降雨をもたらすって、ほとんど奇跡みたいな話だと思いませんか。だって北海道や東北は梅雨はないんですよ。ちょっとずれると気候が変わるのに、狙ったみたいに日本上空で毎年停滞前線が発生している。

 なお、世界中でいちばん気象予測がしにくい地域ってご存じですか。その1つがほかならぬ日本近海です。

(3)世界最大の海流の境界

 ではつぎに海流です。世界最大の海流はなんですか。黒潮ですね。英語でなんというかご存じでしょうか。じつはジャパン・カレントといいます。これが熱帯から日本の南岸を洗うようにグワーっと北上して、途中で対馬海流をわけて日本海にも注ぎます。そして北からは親潮とリマン海流が流れてくる。この4つを描いていただけますか。

 流量がどれくらいかというと、アマゾン川の300倍だそうです。ですがそもそもアマゾン川は世界の川の全流量の15─18%くらいを占める超巨大河川ですから、ちょっとピンときませんよね。アマゾンは淀川の1282倍というところから計算すると38万5000倍だそうです。どこまでいっても意味不明ですね(笑)。黒潮の年間平均温度が24度で夏期は30度。それだけの莫大なエネルギーが日本近海に注ぎ込まれているということです。

 この最強海流の大きなぶつかり合いのおかげでノルウェー沖、カナダのニューファンドランド島沖とならんで三陸沖が世界三大漁場に名を連ねています。

(4)プレートの境界

 では次に地下に潜りますよ。ごぞんじプレートの境界です。そういうものがあるのは知ってるけど、描いたことはないでしょ?日本の周りには大平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート、北米プレートの4つがひしめいています。タタミが4枚合わさってると思ってください。きょう関東より東の参加者のかたいらっしゃいます?いますよね。わたしはいま兵庫県加古川市にいるんですが、東京や北海道にいる人は、同じ地面の上にいるつもりでしょうけども、じつは別のプレートに乗っているということですよ。

 この境界線を引いてもらえますか。こちらを参考にしてください。

 はい描けましたね。なにがすごいんでしょう。この4枚ってところです。じつは地球上でプレートが4枚ひしめいている場所って、3カ所しかないんですよ。ニューギニア付近とパナマ付近と日本近海だけです。インドネシアはご存じでしょうけども、パナマとかハイチとかコロンビアとか地震が多いんですニュースでよく聴くのはそのせい。

 地球で3カ所しかない境界がひしめく場所に日本は立地しているということですね。

 ちなみに日本は弧状列島、弓なりに曲がっているでしょう。これなぜかご存じですか?弧状ってこういうことですよね。まっすぐなものが弓なりになってる。ギューって日本列島を弓なりに曲げてるやつがいるってことですね。はいそうプレートです。地殻変動ですね。だからこの境目で山ができてときどきタイミングが悪いと御嶽山みたいに噴火して悲惨なことになるということです。

 ちなみにおそろしいことを教えましょうか。ユーラシア・フィリピン海・北米の3プレートの境界になにがあります?富士山です。ゾッとしませんか?

 以上4種類の境界についてお伝えしました。この4種類、どれもが世界一ばっかりなんですよ。それぞれひとつずつでも世界一なのに、それが4つ重なってるのがみなさんの住んでいる日本だということです。

 この人間の認識レベルをはるかにこえたパワーを持つ、世界一の境界たちが日本に何をもたらしているか。それがつまり大災害というわけです。災害列島といいますけどあたりまえだとおもいません?じつはとんでもない国に住んでるんですよ。

 日本を襲う災害を列挙してみてください。地震・台風・大雨・大雪・大風・高潮・落雷・竜巻・火山の噴火・津波。それがもたらす洪水・浸水・鉄砲水、崖崩れ・土砂崩れ・土石流・停電・倒壊・降灰・噴石……。

 災害の時にこういうの見たことありません?テレビに台風で大雨特別警報が出ているさいちゅうに地震速報が出ています。「命を守る行動を」といってるところに地震が襲う。こんなことが起きる国がそうそう他にあるかって話なんです。そもそも台風(サイクロン、ハリケーン)が来る国って意外に限られてますからね。たとえばフィリピンってわたしも住んでましたけど、台風で被害受けてるイメージあるじゃないですか。でも南部のミンダナオ島って台風は来ないんですよ。中部から北にしか来ないんですね。だからインドネシアにも台風はない。

 どうです?すごいところに住んでるでしょみなさん。この自然ってそんなに美しいですか?もし美しく見えているなら、それはおそらく自然が美しいのではなく、自然のいいところを引き出してきた人間のえいえいたる営みのおかげなんじゃないか。わたしはそう思っています。

 はっきりいって現代人は美しいとかなんとか言って、自然を見くびりすぎだとおもいます。それを伝えたいとおもっているんですけどね。わたしのライフワークとして。

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人と野獣の境界線

  ではここからはミクロの境界線です。みんな大好き里山の話です。

 最近害獣の被害がよく話題になるでしょう。で、山で木を切りながら考えたことがあったんですよね。ウチの暖房が薪ストーブなんで山に木を切に行くんです。

 ある集落の裏山の斜面で木を切っていたら、そこの害獣防護のためのフェンスがあるんですね。

「これが人間の世界と動物の世界の境界だぞ」という意思表示ですよね。物理的な境界を作ったってわけです。

 ところがですね、この場所をよく考えてみるとおかしいんですよ。家に近すぎる。これ、よくよく考えると、人里と野獣の世界の境界線が変わってきてるんですね。。

 日本の山里の4つの土地利用形態を模式的にしめすとこんなふうになっています。3つの境界でわかれる。

(1)人里・集落
(2)田畑・耕地
(3)里山
(4)奥山

 で、昔はどこに人と野獣の境界線があったかというと、この里山そのものですね。境界線というよりは境界エリアです。ヒトと動物の戦闘エリアで、人間が落ち葉をかき集めたり薪を採取したり、キノコを採ったりそれこそ狩猟したりという場ですから、野獣どもはそこに入ってきてもいいけど、入ったらかなりヤバイよ。タヌキ汁になるよ。そういうエリアです。基本的に奥山におさまっていなさい。そういうことです。

 ところが、この里山から人の営みが消えちゃったわけですね高度成長期以降。するとどうなったかというと、里山は動物の天下になる。フロントラインが後退して人間の領域はせばまった。

 そして次。野獣どもが里山の木陰から田畑をうかがっていると、なんだ年寄りしかいねえじゃねえか。ということで田畑に進出してきて作物なんかバンバン喰い出す。夜に出てきて食べて里山に引っ込んでれば安全。

 日本って害獣が昼に出てもなにもしないでしょ。だからだんだん昼間にも出るようになります。六甲山なんか昔からイノシシ出てますからね。パチンコ屋に飛び込んで走り回ったりしたときだけニュースになる。

 そうして出てきた畑は山とは比較にならない天国ですよ。さらに果物農家っていらない作物をキズモノとしてその場に捨てるじゃないですか。あれはぜんぶ動物のエサになってる。毎年サルにやられてまったく収穫できないクリの木とかいっぱいあるわけで、田畑はもはや動物のエサを育てているといっても過言じゃない場所になっています。

 どんどん繁殖してこんどは気の利いたサルなんかは家の中にまで入ってくるようになった。冷蔵庫を空けてレジ袋に食い物を詰めて行ったなんてウソみたいな話もあるくらいですけど、わたしもサルがカボチャを小脇に抱えて走っていくのは見たことがある。クマも家に侵入してきたなんて事件もありますね。

 つまり、もう境界を何本も破られているんです。そこまでやられても日本人はなぜか駆除には手をこまねいている。あまりに放置しすぎです。駆除どころか、どこに何頭くらいいるか推定すらできないしやる気もない。

 いくつもあったフロントラインを破られて、もやは田舎は動物の天下です。田畑や集落のことを、ヤブの中から観察して虎視眈々と狙っています。

 最後に印象的な写真をご紹介しますね。宮崎学さんという動物写真家「動物界のジャーナリスト」と呼ばれている人の作品にこんな写真があるんですね。(写真は割愛、ぜひ写真集のご購入を)

 『イマドキの野生動物』という写真エッセイ集の冒頭に載っているんですけど、こんな写真です。これが2012年の発売ですので、10年前にすでにこんな状況だったってことです。この山腹のおばあさんの畑はもうないでしょうね。

 この写真に象徴されるように、こういう事態にじつは日本中の田舎が見舞われているんですね。動物たちは昼間は隠れてますけども。かわいいと愛でてる場合じゃない。ちゃんと敵としてあつかわないと。

 以上きょうのお話をおさらいしますと、日本のまずは「マクロの境界」についてのお話ししました。地球上ここにしかない巨大なパワーがぶつかりあう境界が集中した場所に日本はあるということですね。われわれはそういう場所で生きているということ。

 2つめは人と野獣の境界。野獣と闘うことをやめたがために、3本の境界を突破されて人の領域が侵されている。日本中で負け続けているぞ。というお話でした。

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日本海──もうひとつの奇跡

 最初の大陸と海の話のところでちょっと日本海の話をしました。じつはこの日本海が奇跡の存在なんですね。たとえば日本海がなければ、日本って韓国とかロシアの北東部の位置づけでしょう。わたしは韓国に毎年2回、合計1カ月間野生カワウソの調査にいくのですが、韓国の気候ってえらい乾燥してるんですよね。でもって安定してる。

 日本人で風呂に毎日入らない人ってあまりいませんよね。モンゴル人は産湯に入ったあとは一生入らないみたいな話をきいたことがありますけど。わたしも夏は5回くらい水浴びすることがあります。家にクーラーがないんでもうベタベタしてどうしようもない。

 そのわたしでも、韓国にいって動物調査をしてると、風呂なんか1週間ぜんぜん入らなくて平気なんですよ。毎日汗かいて活動しても。じつに冷涼かつ乾燥。それも釜山から2時間くらいの近場でです。

 それくらい日本海を隔てるだけでちがっちゃうってことです。この日本海があるからこそ日本列島には夏だけではなく冬も降水があるんですよね。

 その日本海ってじつはたいへん変わった海でして、スペックはというと水深は最深部3796メートル、平均で1667メートル。たいへん深いんです。最深部は富士山より深いんです。大陸にちかくて狭いわりにえらく深いんです。

 ところが、4つの海峡の深さですね、これがものすごく浅いんです。対馬海峡(130メートル)、津軽海峡(130メートル)、宗谷海峡(50メートル)、間宮海峡(10メートル)。平均水深や最深部と比べて、狭いのにひじょうに浅い。

 ということはどうなりますか。

 ちょっとこちらを見ていただきたいんですけど、丹後半島の舟屋ってあるでしょう。家の1階がフネのガレージみたいになってるところですね。これっておかしいところに気づきませんか。ヒント。なんでほかの地域に舟屋がないの?

 そう、潮の満ち引きなんです。日本海は潮の満ち引きがすごく少ないんですよ。たとえば青森県の太平洋側で干満の差が130cmあるときに、日本海側では20cmしか変わらない。それくらいちがう。なぜなら深い桶なのに出入口が異様に絞られているんで、潮の満ち引きで水が入れ替わらないんですよ。

 それが理由かどうかはわかりませんけども、2年前に対馬に行ったとき、北の端の海岸を調査したら、こんなにゴミの多い海岸があるのかと思うほどゴミだらけでした。水が入れ替わりにくいことも一因としてあるのかもしれません。

 そういう閉鎖水域に黒潮から分岐した対馬暖流が表面に流れ込んでくる。熱帯由来の暖流ですから濃い塩水です。しかも暖かい。それが季節風でガンガン冷やされて、底に沈んでいく。そういうけっこう変わった海なんですね。

 くわしくは『日本海 その深層で起こっていること』(蒲生俊敬、講談社ブルーバックス)という本がありますんで読んでください。日本海はほんとカニ以外にもいい味だしてます。

 境界ではありませんけども、こういう内海が挟まっているということも日本海側を旅するときにアタマに入れておくと味わい深いですよ。これもほかの国には日本のめずらしい特徴ですから。

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