ダメ母のひとりごと
普段より少し暗い部屋で
三学期の終わりに持ち帰ったものを整理する。
掃除機をかけて
物置のようになった自分のクローゼットも片付けて
お風呂もピカピカにして
新年度を迎えるにあたり
5年、3年、1年になる我が子たちの
進級準備もしたい。
仕事が終わったらやろう。
そう決めていた。
荷物を整理していると
ひと区切りごとに
疲れを感じる。
いつものように
ウイスキーの2.7リットルペットボトルを
水道水で割る。
グリルで鶏肉が焼かれるのを待ちながら
いつものようにキッチンで立ち
リビングを眺める。
さっき片付けたばかりの綺麗な部屋。
「また誰これ、散らかしたの。片付けて」
「ご飯だよ、いったんゲームおしまいにして」
そう言いたくても
誰もいない。
ダイニングテーブルの椅子に
腰かけてみる。
子供が家にいるあいだ
キッチンで生活している私にとって
新鮮な景色。
焼けた鶏を皿に盛るが
いい焼き色だと、
皮がパリパリだねと、
自分のご飯を食べ終わってもなお
母の肉を取り合うツバクロがいない。
足元に擦り寄ってくる愛犬。
我が家のチワワは保護犬で
半年前に家族になった。
家族全員動物好きだが
以前実家で飼っていたチワワが亡くなったときの喪失感を二度と味わいたくなかったので
何年ものあいだ
子供たちの「いぬ飼いたい」の気持ちを
スルーしてきた。
「命を預かるには責任が伴うんだよ」
と諭しつつ
いつかの誕生日
長女にたまごっちをプレゼントしてみたが
1週間で
「ずっとたまごっちと一緒にいるの疲れた」
「そろそろ私、自分の時間も欲しい。ママ、たまごっちがうんちしたら教えて、すぐ駆け付けるから」
と育児ノイローゼになっていたのも不安要素のひとつだった。
「しろちゃん、みんないなくて静かだね」
愛犬は「そうだね」と言うように
いつも兄妹が座るソファへ向かう。
「静かだね」
と口にした瞬間、
「彼女」を引き取る際に
保護シェルターのスタッフさんに言われた言葉を思い出す。
「名前、変えてもいいですよ」
彼女にはもともと
つぼみちゃんという名前があった。
つぼみちゃんだった頃、
たくさんの子を産んだ。
繁殖犬としてがんばり
5歳で引退。
そのあいだ
名前はほとんど呼んでもらえていないらしい。
「自分の名前、分からないかもしれないので」
こんなに可愛らしい名前をつけてもらっているのだからと
そのままにしようかとも思ったが、
新しい犬生を過ごしてほしかったので
家族と相談の上、改名した。
本人の前で昔の名前は呼ばないが、
つぼみだった頃の彼女も忘れないでおこうと思っている。
彼女はずっと「静か」だったんだ。
人間年齢で36年間。私と同い年。
私はたったの数日間。
三兄妹は今日の午後、
飛行機に乗って旅に出た。
私の両親の家へ行き、
キャンプや温水プールへ行く。
子供たちも
私もワクワクだ。
ワクワクだった。
搭乗する直前までは。
我が家は上の子が6歳のときから
ジュニアパイロット制度を活用している。
はじめの数回こそ
不安で「乗りたくない」と駄々をこね
搭乗便を変更することもあったが、
今や、こちらを振り返ることもなく
搭乗ゲートをくぐっていく。
姿が見えなくなるまで手を振るが
気付く子はひとりもいない。
餌を待っているだけのヒナ鳥は
少しずつ巣からはみ出すようになった。
あれもしたい
これもしたい
やらなきゃいけないこともある。
台所のシンクに
お昼にのこした子供の痕跡。
「もう、食器全部洗ったのに」
ブツブツ言う私を横目に
出掛ける前の水分補給と称して子供たちが使ったコップを、
私はまだ洗えないでいる。
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