水深800メートルのシューベルト|第900話
「アビアナ! パパはね、潜水艦でずっと海に潜っていたのよ。仕方ないでしょう。向こうじゃ、お風呂に入れないんですからね」
トリーシャが叱るように言ったが、娘には一向にこたえていないようだった。
「だって、臭いんだもん。あ、駄目! 座らないで」
僕はソファに降ろしかけた腰を上げた。
潜航中も勤務時間を終えると三分だけシャワーを浴びることができる。しかし、毎日というわけではないし、バスタブもなかった。何より、自分の体から発する臭いではなく、艦内に漂う妙な臭いが軍服に染みついているのだ。自分では慣れてしまって気づかないが。
一度帰港してすぐにドラッグストアでコーヒーを飲んでいる時に、ブロンドの女の子が顔をしかめて、自分たちの異様さを思い知らされた。それ以来、セペタも僕も、家に着くまでどこにも寄らないようにしている。
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