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食のまちストーリーズ vol.01 「鹿児島の自家焙煎珈琲文化発祥のまち」

鹿児島県のいちき串木野市で取り組んでいる「食のまちづくり」に関連する情報を紹介します。
「食」を通じて、いろんなことを楽しむ、いろんなことをやってみる。
人がいきいきと輝き、まちが元気になる。
それが「いちき串木野市 食のまちづくり宣言」です。
いちき串木野市は、海の味、山の味、こだわりの珈琲から蔵元の焼酎まで、
心がほっとするおいしいものが身近にある、豊かな食文化を誇るまちです。
この食文化をおいしく、楽しく味わいながら、人がいきいきと輝くまちをみんなで育てていきましょう。


鹿児島の自家焙煎珈琲文化発祥のまち

 全国的にニュースでは「残暑」というワードが聞かれるようになりましたが、鹿児島では「まだまだ夏は終わらないぜっ!」といった感じの日が続いています。
 今日もジリジリと日差しが肌を刺してくるような昼下がり、外の暑さからエスケープするように地元の喫茶店に滑り込みアイスコーヒーで喉の渇きを潤す。グラスに結露するキラキラした水滴も涼しさを演出してくれています。

 その昔、港町いちき串木野から遠洋漁業へ出た船が、外国の港に立ち寄りコーヒー文化に出会い、船の中でコーヒーを淹れて飲むことも多かったと聞いたことがあります。「いい船乗りは、コーヒーを淹れるのも上手い」なんて言われていたとか。
 そんな船乗りたちがコーヒーの生豆を持って帰港したことをきっかけに、当時この黒色の飲み物に取り憑かれた者たちが夜な夜な集まり「あーでもないこーでもない」と焙煎の研究をしていたところからいちき串木野の『自家焙煎珈琲』の歴史が始まりました。

 だけど、いざ「焙煎してみよう」と思ったものの、最初は右も左もわからずフライパンで煎ってみたりと試行錯誤。その後、焙煎機を手に入れてからも、火加減はどれくらいが適当なのか?どのタイミングで豆を出して良いのか?寝る間も惜しみ研究を続ける日々。気の遠くなるような努力の日々が続きました。
かの有名な発明家トーマスエジソンが、
“私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。“
と名言を残しているけれど、きっとそんなことも考えられないくらいに当時の彼らは挫折の連続だったのではないかと想像できます。

 しかし、焙煎の研究を続けていたある日、転機が訪れます。その日はちょっと焙煎時間を長くしてしまい豆がテッカテカに焦げた状態になってしまいました。「流石にこれは飲めまい」と思いながらも試しに飲んでみると「ん?」確かに苦い、でもその奥になんとも言えないコクがあり、ほのかに甘味も感じる味わい。「あれ?これは美味しいかもしれないぞ」と。そこから深煎り焙煎の研究を始め、安定的に焙煎できるところまで技術が向上し、現在に至るという。
 人生とはなんと不思議なものでしょう、この深煎りの発見はきっとコーヒーの神様が与えてくれたご褒美だったのではないかと考えてしまいます。

 その後、鹿児島市の天文館に初めて自家焙煎珈琲を持ち込んだお店もいちき串木野出身でした。そんな歴史のあるいちき串木野を僕は『鹿児島の自家焙煎珈琲文化発祥のまち』だと勝手に呼んでいます。
 鹿児島で飲むコーヒーに「深煎り」が多い気がするのは、ひたむきに己の技術を磨き上げ、探究の道を進んだ、いちき串木野の珈琲探究者たちの影響が残っているのかもしれないです。

 先人たちの後を追えと言わんばかりに、近年でもいちき串木野でコーヒーを提供するお店は増えているので、世代を超え探求者の心は脈々と受け継がれていると感じました。

 いちき串木野でコーヒーという飲み物に魅了された人たちの物語を紐解いたら、鹿児島の暑さに負けないくらいホットで、歴史も深煎りな話が聞けました。かといってそれに慢心することなく、今日も日々精進の姿勢で店に立つ姿がクール、いやアイスで格好良かったです。

 以下では、いちき串木野のコーヒー異空間へダイブするのにうってつけなお店を紹介したいと思います。


「オーディオとジャズと自家焙煎」
JAZZ&自家焙煎珈琲 パラゴン

 外壁を覆うツタが幻想的な雰囲気を醸す〈JAZZ&自家焙煎珈琲 パラゴン〉。マスターである須納瀬和久さんが好きなものを集めたおもちゃ箱のような場所。今では鹿児島県外からも目掛けて来店する人も少なくないですが、地元の人たちの憩いの場としても親しまれていて、時には初々しい高校生カップルが少し緊張気味でデートしていたりもします。
 店の奥にはJBLの名器PARAGONが鎮座してあり、目を閉じれば生演奏の映像が想像できるほどリアルに表現された心地のいいジャズが店内には流れています。年に数回ミュージシャンを店に招きライブコンサートを主催するなど、ジャズ愛に溢れているお店ですが、オーディオやジャズだけでなく、何事にも専心する性格のマスターが焙煎したコーヒー、丁寧に手づくりされたケーキなど、店内の至る所にマスターの想いが感じられます。


「いりたて、ひきたて、たてたて」
珈琲堂ジャマイカ

 国道3号線沿い、JR串木野駅近くにある〈珈琲堂ジャマイカ〉は、当時天文館で喫茶店の店長をしていたマスターの藤田厚弘さんが実家の一部を改装して始めたいちき串木野で初めての自家焙煎珈琲専門店で、なんと今年で創業50年。
 最初の頃はフライパンに生豆を入れ、まるで炒め料理をするように直火の上で振りながら焙煎するところから始め、この半世紀の間に計り知れないほどのトライ&エラーを繰り返し、ひたすら自家焙煎珈琲専門店としての道を歩いてきました。
「生豆の産地や品質はもちろんだけれど、どれくらいの火加減でどれくらいの時間焙煎するか、焙煎してすぐの豆で淹れるのと少し落ち着かせた豆で淹れる違い、そして淹れ方にも色々あるから、それはもう無限だよ」と、校長先生のような温かさとおおらかさで語ってくれるその言葉の裏側には、幾度の失敗や挫折も乗り越えてきた力強さが感じられました。


「温泉とコーヒー」
SHIRAHAMA COFFEE STAND
ケントコーヒー

 東シナ海の夕日と、羽島の白浜海岸を一望できる温泉内に〈SHIRAHAMA COFFEE STAND〉ができたのは2016年の夏、Uターンしてきた冨永成人さんが、東京で勉強した焙煎技術を基に、エスプレッソマシーンを導入したり、深煎りや浅煎りなどいろいろな焙煎方法を独学で研究しながらコーヒースタンドをオープンさせました。
 地元密着の温泉なので近所の年配の方もたくさんやってきます。お風呂上がりに「コーヒー牛乳」ではなく、自家焙煎のコーヒーを飲んでいる光景は一見不思議ですが、この場所ではそれが日常となっています。

 もう1箇所、2019年に市来の温泉施設内に突如現れた〈ケントコーヒー〉。コーヒーの味わいや奥深さに魅了された荒田健人さんが、勤めていた会社を辞め〈SHIRAHAMA COFFEE STAND〉の協力を得てオープン。浅煎りの豆を中心としたコーヒーや、地元の食材を積極的に使った手づくりのスイーツやドリンクが楽しめます。中でも、ほろ苦のエスプレッソと地鶏のたまごを使用した、もっちり濃厚プリンアフォガードは絶品。

奇しくもどちらのお店も海沿いの温泉施設内という立地なので、温泉に浸かってスッキリした後、夕焼けに包まれながらのチルタイムは、控えめに言って最高です。

text & photo:Fumikazu Kobayashi

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