2024.5.7

雨の日にブックオフへ本を売りに行く。

買取価格の査定にはもう少し時間かかるものだと思っていたけれど、およそ20秒。まばたきする間もなくそれらすべての価値は決まった。合計110円。たったの110円だった。店員に値段を言い渡されたとき俺は一瞬固まってしまった。その瞬間を店員は見逃さなかった。刹那で驚いていた俺の様子に店員は気づいていないふりをする。そのリアクションは見飽きたと言わんばかりの冷めた態度で。

「よくいるんですよねこういうお客さん。持ち運ぶの結構重たかったのにとか、わざわざ隣街まで来たのにみたいな。ほとんど最低賃金でブックオフに雇われている私たちの身にもなってくださいよ」と言われているような気がして、俺は文句の1つも言わずにその値段を了承した。今日のお昼ご飯くらい売りさばいた本でまかなえるものだと思っていたけど、そんな卑しい希望も打ち砕かれ、それでも110円を握りしめ、日本なのか海外なのか、どこにあるとも知らない工場のロボットアームが握りしめたおにぎりを買いにコンビニに入ろうとしてみたものの、梅も昆布もシーチキンも値段は110円を優に越え、物価の高騰は俺に塩おにぎりを買う権利しか与えてくれず、仕方ないと踵を返し、駅前でしのぎを削る店どもに、羨望の眼差しと空腹の爪先を向け、しかし握りしめた110円が「私には払えない」と俺に笑いかけ、猫背だけが俺の進む原動力になり、目の前に現れたカーネルサンダースは俺を炭鉱労働者のように見つめ、逃げるように通りすぎたけれど、久しぶりに肉が食べたくなり、その欲に時間を巻き戻され、ふたたび俺はケンタッキーの前にいて、しばらくランチメニューを眺めていたら、耳元でクレジットカードが淫らに囁き、かろうじて保った理性を抱きしめ、マイナス覚悟で中に入り、ルーティン化した日常で腐りかかってる脳に刺激をぶちこみむという名目で、今日はケンタッキーのランチを新しい体験にしようと腑抜けた折り合いの付け方を取り、貧困層の悲しみが漂う新鮮な体験だと自嘲しつつ、行ったことのないバーに入ってみるとか、クラブ足を運んでみるとか、もっとほかにあるはずなのに、でも金も勇気もないからと、みっともない諦めの境地に入り浸り、ケンタッキーでランチを食べるという行為に再び視点を移し、それを新しい体験と見なす自分の落ちぶれを、低いどころではなく、地面に落ちたハードルそのものだと揶揄し、それともこういう何気ないことも楽しむ心意気こそが俺に足りなかったものなんだろうかと自問自答し、冷凍都市のくらしはケンタッキーのチキンが冷凍だからそう言ってるんだと見誤り、チキンが2つも挟まれている贅沢なバーガーを購入し、なんの反抗かは知らないがドリンクで初めてレモンスカッシュを選び、3階へとあがる平日、学生のカップルが談話を繰り広げ、内容も忘れるほどの空っぽの会話で盛り上がっていたが、それもなんか羨ましいなとか思い、何気ない会話、こういうことを俺はもっと取り入れるべきなのはわかっている。そう思いながら初めて飲んだケンタッキーのレモンスカッシュ。炭酸が強い。顔をしかめた。


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銭ズラ