四国歩き遍路の記憶#020 18日目 2006.3.12 見残と月山神社
こんにちは。
四国遍路の整理に挑戦中 とっつーです。
今日は寒いですねぇ……
2006/3/12(日)の概要
天気:曇 時々 雨 17.9℃/6.3℃
札所:-
移動:徒歩14km + バス 13km + 車 31km
宿泊:民宿 嶋屋(民宿)
起床:6:00 就寝:22:00
支出:8330円
竜串&見残海岸を観光し、月山神社へ。
7:30~15:30 歩き遍路
宿をどうするか思案していたら、ひょっこり救世主が現れました。
同行二人(どうぎょうににん)
お遍路中はお大師さま(弘法大師)と共にあるとされています。一人でも、傍らにはお大師さまがいて二人連れ。グループでも、向き合うのは自分であり、傍らにはお大師さまがいて二人連れ。
四国遍路の場合、#008でも書いたように金剛杖が弘法大師を象徴するのですが、お遍路さんが「お大師さま」と呼ばれることもありました。
四国のみち
四国のみちが何かというと…
遍路道と被る部分が多く、歩く際には四国のみち案内板も参考になります。と同時に、名勝や史跡も巡るコースのため、やみくもに案内板を辿ると迷子になることもあります。案内板をみる限り、四国のみちの方が足場の悪い難所が多い印象です。
竜串海岸と見残海岸
竜串海岸は、砂岩が波や風で侵食されてできた奇岩が広がる海岸です。日記には一言。「見残を見た後だとインパクトに欠ける。」………ナニカ カクコト アルダロ
見残海岸は、四国をくまなく歩いた弘法大師ですら見残した場所とされています。
竜串から見残へと渡るボートで一緒になったご夫婦の旦那さんが地質学者だったらしく、講義を受けながらの観光になりました。
月山神社
つきやまじんじゃと読みます。
かつては四国八十八ヶ所 番外霊場のお寺でしたが、廃仏毀釈以降は神社になっています。
宿をどうしたものか
最寄の宿まで休まず歩いても到着は19時過ぎ。上りなのでもっと遅くなるはずです。日没後の山中を歩くことになります。歩くか…神社周辺で野宿か…と考えていたとき、車が一台やってきました。
下りてきたのは男性2人。懐かしがりながらお参りをした後、声をかけられ…山の向こうの街・宿毛まで送っていただくことに。
墓参ついでに数年振りに月山神社に寄ったというご兄弟で、宿毛在住の妹さんに電話をして宿の手配を指示し(⁉)、せっかくだからと近くの展望台にも案内してくださいました。…( ゚д゚)ポカーン
移動経路
この日のルートは「巡礼マップ」には記載がないので、Google Mapをベースに書いてみました。
宿:民宿 嶋屋
妹さんが取ってくださったのは、延光寺横の嶋屋さんでした。
夕飯に出た煮込うどんにレタスが入っていて驚いています。この後も、お味噌汁やうどんの具でレタスが何回か登場したのですが、四国南部では一般的な食べ方なのでしょうかね?
★各図の出典★
図1〜図3はネットから図を借用し作成しています。
※1: 「四国遍路」 基本情報|日本遺産ポータルサイト の 詳細(PDF)を加工して作成
※2: 歩き遍路のための「四国遍路」巡礼マップ | 聖地巡礼 四国遍路 | 回遊型巡礼路と独自の巡礼文化 の 一括ダウンロード(PDF)を加工して作成
※3:Google Mapを加工して作成
日記の原文
note記事を利用して手書き日記のデータ化もしているのですが、私的なものをフルオープンもどうかと思い、原文は有料化という鍵をかけています。
自分にしか分からない書き方の部分は、補足を付けてあります。
昼食でカツカレーに出会い、狂喜しています(笑)
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