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風がとても気持ちいい。毎年この季節に同じような風が吹いてくる。

朝からなんとも気持ちのいい風が吹いている。

少しだけ曇ってるし、雨を迎えに行くような風だけど、今日1日は降らなさそう。

風に含まれる湿度がちょうど良くて、部屋を吹き抜ける感じも街にいるのにまるでちょっとしたリゾート地にいるみたいだ。
気持ちいい。
ベランダのベンチで丸まってお昼寝したい。

この季節に吹くこういう風ってなんだかおセンチにさせる。
気分が落ち込むっていう訳ではなくて、どっかに忘れてきた何かを見つけられそうなんだけど、見つけられないような気分。
もどかしいけど、優しい気持ちにさせる。

書斎のデスクの横の窓を開け放してると、遠くから小学生が野球かなんかしてる声が聞こえてくる。
その声を運んできたのとおんなじ風が、机の上のちょっとしたメモ用紙とかを飛ばそうとする。
実際、何枚か部屋の奥に飛んでいって拾ってきた。

それでもイラっともしないし、紙が飛んでく様子さえいいなあと思ってしまう。
おかしなこと。この風のせいだと思う。

私には失った恋人がいる。
恋人といってもお互い夢を追いかけ始めるまさにその時期、子供のくせに大人のような判断をして、夢が叶うまで別の場所で頑張ろうと話した。

中学、高校と一緒だったけど、中学生の頃は喧嘩ばかりしていて、高校生になったらなぜかライバル心が先に立って、「もしかして好きなのかも」ってお互いに気づいて一緒に過ごした時間はごく僅かで、秘密だけどキスした。
それも一度だけ。笑える。

後で気づいたんだけど、修学旅行やなんかで集団写真を撮った時、わざとなのかなんなのかどの写真でも私のすぐ後ろに写ってた。
思い返せば、喧嘩しててもライバル心丸出しでも、いつも一緒にいた。

たったそれだけの事でしかないのに、2人の夢が叶ったら当然一緒にいられると思ってた。

私は日本で、彼はアメリカ。
目標だったし約束もしたから一生懸命勉強した。そして私の夢が先に叶った。
彼の夢にはもう少し時間が必要だった。
子供の頃から難病を抱えてる妹の病気を治せるお医者さんになるから。

別々になる時、とりあえず30歳になったらいつも行ってたお気に入りの海で待ち合わせしようと約束した。
夢が叶ってても叶ってなくても、一度待ち合わせしようと。

彼の邪魔になると思ってたしSkypeとかない時代だから、私の夢は叶っても約束は「30歳になったら」だったから、本当に何の疑いもなくその言葉通りに過ごしていた。

仕事も忙しかったし、特別「待ってる」って感じもしなかったし、まるでちょっとだけ、今だけ側にいないだけで、いつも一緒にいる感じさえしてた。

社会人になって、一度だけ彼の住んでる街に行ったことがある。
なのに、連絡しなかった。

だって、まだ約束の30歳になってなかったし、彼は夢の途中だったし、約束を破るみたいな気がしたから。

だから1人で彼が通う大学の周りの道を歩いたり、カフェに立ち寄ったりしてその街の空気を感じただけでニューヨークに戻った。

彼よりひと月ほど先にお誕生日を迎えた私は、約束通り素敵なイギリス製のオープンカーを飛ばしてその海に出かけて行った。
約束の場所、約束の時間。

一日待ったけど、ずっと一人ぼっちだった。
車の幌を開けて、音楽を聴きながら運転席のシートを倒して空を見ていた。
空の色が段々と変わって、さっきまで気づかなかった細い月がはっきりと空に浮かんでた。

「きっとまだ帰って来れてないんだ」

幌を開けたまま高速道路に乗って、その時暮らしてた街まで走った。
いつもだったら好きな曲を聴きながら運転するのに、その時も絶対音楽はかけてたはずなのに、家に帰る時なんの曲をかけてたのか一切思い出せない。

なのに、2人が大好きだったお気に入りの海のパーキングに停めてた時に吹いてた風は覚えてる。

今日みたいな風。
だから、毎年、この季節になるとあの日の事を思い出す。
意識の奥のものすごく遠いところで。

本当に帰って来れなかった彼。
生きてたら帰って来てくれただろうか。それとも留学先で頭が良くてスタイルが良くて素敵な女の子と出会って、私のことなんて忘れちゃってただろうか。

遺品が帰ってきた時、私に渡してとメモがあったものをご両親が届けてくれた。
フォトフレームに入って少しだけ色褪せた、思いっきり笑ってる私の写真が一緒だった。
高校生の時の写真だから、もちろんすっぴんだし、大口あげて笑ってるし、まるでまだ小学生のよう。

丁寧な英語で書かれた手紙が添えてあった。
私の名前のところだけ、ひらがなだった。
遺品を送ってくれた彼と同室だったお友達が書いてくれた手紙。
内容は書いてしまうと嘘みたいになっちゃいそうだから、書かない。

泣かなかった。泣くことすらできなかった。

今は、どんな思い出でもないよりはマシだと思える様にすらなった。
私は生きてて、素敵な人たちに支えられて、好き勝手に過ごしてる。

風のせいだ。

明日は待ちに待った日曜日。
躊躇せず、楽しんでください!私もそうします。
良い日曜日を!


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