12『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』
#12 スクワット・リベンジ
「いつもの感じでいきますか」
パーソナル開始。ルーティンならレッグプレスに直行するところだが、今日はやりたいことがある。
「スクワット! スクワットやりたいです」
「スクワット……自分でやってるんですか」
「はい!」
現在、「まともにできない」として禁止されてるバーベルスクワットだが、自主練ではこっそりやってて、ちゃんと持ち上げられてる。ちょっとは成長してるんだというところを見せたい。しかし、木澤さんはなんかすごい微妙な笑顔?をしている。
「……わかりました」
渋々といった感じの後ろで、やる気満々でラックに向かう。ベルトの着脱も慣れてきた。
「じゃあ、どうぞ(笑)」
木澤さんはこの後に及んで半笑いだが、絶対にびっくりさせてやる。潜る手幅も間違ってない、担ぐ位置も多分合ってる(直後直された)。予想を裏切ってやる。そして、ゆっくり降りた。
「1、2、……」
ほら、しゃがむ深さも全然大丈夫なはず。スクワット警察にも褒められる深さだ。重いけどできる。そのまま5回ほど上下したとき、「ストップ」と声がかかった。
「OK、わかりました」
「ちょっとこっちでやりましょう」
「?……はい」
突然の中止。謎の未消化のまま、隣に連行される。
「これでやってみてください」
スミス? スミスのスクワットはやったことがないが、バーが軽く軌道も決まった“楽バージョン”のはず。フリーウェイトのバーでは重すぎると判断されたのかな?
色んなことを考えながら、立ち位置を教えられて構える。そしてさあ、下がるぞというとき、何故か木澤さんが真後ろに立った。え。何この距離。
「挙げてみてください。僕にもたれかかりながらでもいいから」
「え?え?」
ド背後に気配がある。満員電車くらい近い。いや、もたれかかるというか、これ軌道を考えると……。
「GO」
「……うっ……」
やっぱり!! しゃがんだ時点で完全にケツが木澤さんのスネに食い込んだ。絶対当たると思った!だからびっくりしたんだよ!
「あーーー……」
そして今、挙げていくと同時に『尻を男性の脚部におしつけながらゆっくり撫で上げる』という最悪の性加害を起こしている。一刻も早くどかなければ。しかし、尻を引こうとすると、バーが挙がらない。バーを挙げようとすると、尻が食い込む。まじでどうにもならない。
「ちょっ、無理……」
どんどん食い込む尻。びくともしないバーと太い脚。なんだこの状況は。昨今、不祥事が絶えないフィットネス界隈に、また新たな一ページを加えてしまう。「トレーナーの脚に臀部を執拗に押し付ける。『指導に従っただけのつもりだった』」という見出しで、Yahoo!ニュースに載ってしまう。
あと大腿四頭筋が何かめちゃくちゃ痛え。もじもじしてるだけで、前モモがパンパンに張っていく。
「……もうムリ!ムリです!」
様々な重圧に耐えかねて一回もできず潰れた。くずおれる私を見て、木澤さんは「これで分かったやろ」という顔をした。
「ね。これ7キロなんですよ。これが持てないんだから、バー持てるわけない」
いや、そういうことじゃなくて、もっと重大なことが起きていて。なんで涼しい顔してるの?私の混乱をよそに、木澤さんの説明は続く。
「あのね、あなたは持ち上げれてるんじゃなくて、こうやって
ズルして挙げてるだけ」
……つまり、尻が無用に突き出た間違ったフォームであることを理解させるために今のを!?
「や、やろうとしたら四頭筋めっちゃ痛くて」
「当たり前ですよ。元々そこつかって挙げるんだから」
なるほど。どうやら私は本来使うべき筋肉(大腿四頭筋)を避けて、おそらくハムストリングスなど裏面の筋肉だけをつかって「バーを上げる」という行為をしていたらしい。どおりで裏ばっか痛くなると思った。
木澤さんはそれがわかったから、本当はケツをはたくなり押し込めたりしたいところを、「一応女だし尻に触るのはアウトだな」「でもちゃんとフォーム教えないとダメだな」の熟考の結果、軌道の逃げられないスミスと自分を定規代わりにして、どれだけ正規のフォームから崩れているかを体感させたということか。なるほど!すごい名案!
いや、いいわけあるか。
毎回、手段を選ばなさ過ぎる。木澤さんに猿の前戯みたいな真似をするくらいなら、手で尻押さえられた方が全然マシだった。「こいつは口で言っても分からないし納得しない」と判断した上での苦肉の策だとして、たしかにめちゃくちゃ効果的だったけど、精神的なダメージがデカすぎる。意図せず性加害者になってしまった。
あと、接触NGの解釈がガバすぎる。自分から触ってないからOKの理論なのか。どう考えても手で尻を掴むより、尻を脚にこすらせるほうが倫理的にはダメだろ。
「だから、やんないほうがいいです」
私の懊悩をよそに淡々とそう言い残してレッグプレスに向かった木澤さんの背中を見て改めて思った。トレーニングにおいて最短経路と判断したなら、上っ面の倫理など考慮しない。ていうか出来ない。これが恐竜の真剣な指導なのだ。
ありがとうございました、心の底からわかりました。もう勝手なことをせず、言われたメニューをひたすら頑張ります。
#13へ続く
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