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14『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』

#14 ジュラシック・脚トレ②



(つづき)
レッグプレスに20kgのプレートが装着される。なんだこの軽さは。困惑していると、木澤さんがプレス台を腕で引いた。

「押すのはここまで。ほとんど押さなくていいです。で、押したらすぐに戻して、それを繰り返す。これをやります」

「パーシャルですか!?」

あ、こいつ単語だけは知ってんだ全然できないくせに。という顔で「そうです」と返事がきた。

プレスの画像なかったけど
動く幅のイメージこんな感じ


2種目目。パーシャルレンジレッグプレス。
パーシャルレンジとは、可動域をあえて狭める方法のことだ。そうすることで対象筋の限定した箇所にのみ、集中的に負荷を乗せることができる。

しかし、ネッチョの私は「可動域が狭い=ちゃんと出来てないやつ」の固定観念があり、かつ木澤さんの脚といえばフルレンジのトレーニングというイメージがあったので、この提案にはすごく驚いた。狭い可動域もやるんだ。

「じゃあ、やってみましょう」

座り直して、とりあえず言われた通りに押す。やっぱりめちゃくちゃ軽い。範囲も狭いから圧迫感もない。楽勝だこんなの。揚々と動きを繰り返す。

「いち、に……」

自転車のペダルを漕ぐような速度で繰り返されるコール。いいのこんなんで、やれちゃうよ私。そう思ったとき、腿の前側に妙な感覚が広がった。

あれ……???

ギュウッと、筋肉が固まっていくような鈍痛。なんだこれ?固まりがどんどん広がっていく。

毎回思うけど木澤さん漫画読まないから
元ネタ絶対知らないんだよな


こわばる未知の感覚に、テンポがずれた。

「なにしてるんですか、遅いですよ」

「はい押す!」

あわててリズムを戻そうとした時、唐突にそれは訪れた。


「「「痛゛ッッッた!!!!」」」


突然、急激な熱痛が前腿を襲った。燃えるように熱い。本当に発火としかいいようがない、爆発的な痛みが大腿四頭筋に拡散した。

「痛い!痛いです!」

「いち、はいそうですね(笑)。に」

悶絶する私に全く構わず、リズムを刻む声。あまりの痛みに口が開いて、汗が噴き上がってきた。まだコールは止まらない。嘔吐寸前のような低い唸り声が喉から漏れるのが聞こえる。

「……ッ……ッ、!!」

たまらず木澤さんに首を横に振って無理のジェスチャーを送る。それを完全に無視して、指示が続く。

「……あ゛ぁぁ」

「はい、遅いよ。いち」


「ごめんなさい!!!」


限界の痛みを感じた瞬間、咄嗟に脚を伸ばしてレストのポーズに入っていた。

「……なにしてんの」

「痛い、痛いんです……!」

こんな痛み耐えられるわけがない。太腿を抱えるようにさする頭上で声がした。


「次、連続5回」


「また勝手にやめたら、最初から全部やり直しだから」

「全部、最初からだからね」


見上げる。こんな有無を言わせない笑顔あるのかという表情が映り、愕然とした。

「嘘だ!……嘘でしょ!?」

「はい早くやる、はい」
「いやだ!」

あまりの恐怖に、思わずタメ口になってしまった。絶対に無理だ。レストしてるのに、まだ破裂しそうに痛い足がブルブルと震えている。

「はい、いち」

「あ゛ーーーーーー!!!!」

また筋肉を絞られる痛みが大腿四頭に燃えた。泣きそうになりながら、悲鳴を上げて必死に挙げる。やり直しとか絶対にいやだ。しかも絶対そっちはいつもの嘘じゃなくて、本当にやられる。

頭が真っ白になっていく。軽いのに重い。人は痛いと無意識に息が止まる。でも、止めてしまうと次の動作ができなくなる。
気力を振り絞って、乱れた呼吸を思いっきり吐き切って吸う。無理やり落ち着け挙げ続ける。これはパーソナルで覚えた呼吸法だ。でも、全然役に立たないくらい息が上がっている。

「はい、あと1回」

「あと1回」

しかも、途中何回もあと1回のブラフをかまされる。嘘つきって分かってるのに、本当にあと1回だと毎回信じてしまう。まじできつい。「たすけて」「もうやめてください」しか考えられない。筋トレやってる人間なんか全員ドMの豚だ。ド変態だ。心の中で悪態を吐きまくる。


「……はい、OK。おわりです」


4セットか5セット。まじで意識が飛びそうになった頃、終わりが告げられた。木澤さんは喘鳴をもらす私に相変わらずめちゃくちゃ楽しそうに笑いながら「そのまま座ってて」と言って、なんか飲みにいった。

これで完らしい。私はあることに気づいて、戻ってきた木澤さんに呼びかけた。

「木澤さん!私、前腿に効きました!」

「そうでしょ」

木澤さんがにやっとした。この悪童っぽい笑顔好き。

「こうやって前に効かせるんですよ。でも、これだけやっちゃダメだからね。いつものレッグプレスをしたあとに、これをプラスする感じでやってください」

「あとね、未だにあなたはトレーニング自体に慣れてないんですよ。いつも最初すごいできなくて、途中からいきなりスコスコ上がり出す。わかりますよね? そんなこと普通ありえないんですよ。中盤で身体が動きになれて、やっと力がちょっと出だすの。それから終盤になって、ついにトレーニングになってる感じ」

要するに、この地獄は木澤さんからすると格段に追い込んでるわけではなく、そもそもトレーニングになっていないところをトレーニングにしている段階らしい。

私がアカデミーに通えている理由はここにもあると思う。おそらく練度が足りなさすぎて真の追い込みを味わっていない。熟練者ほど辛い仕様だから、まだ耐えられているのだ。

「わかりました頑張ります。あと、たまになんかすごい重かったんですけど押してませんか?」

「全然押してませんよ」


「引いてるだけです」


腹つるくらい笑った。笑うと脚痛いからやめて。トレーニングの緊張から解き放たれた瞬間の深夜テンション状態に、ジュラシックジョークは完全にはいる。はたからみたらボロボロの女が奇声あげて笑ってる異常光景だ。そりゃアカデミーで友達できんわ。


「…………じゃ、次これいきましょうか」
「え!!????」

解散ムードのなか、示されるスミスラック。あの忌まわしい「ケツ事件」を起こしたやつだ。スクワットはやんないほうがいいって言ってたのに何故。というか、この状態でスクワットを?もう終わりじゃない???

呆然としながら時計を見た。まだ、半分しか経ってなかった。あと半分の地獄が始まる。



#14につづく

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