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右向け右のトランスフォーメーションとぎっちょ(左利き)の話

小学生の低学年のころ、教室で先生が「左手はお茶碗をもつほうだよー」と何かの話の途中で説明した。ぼくは左利きなのでお茶碗をもつのは右手だ。

まぁええねんけどな。左利きは10人に1人やし、わざわざ左利きに配慮して説明すると、まだるっこしくなるし。自分(と、2~3人いる左利き)のせいで、わずかでも全体の時間が浪費されるのは申し訳ないし。

左利きは、横書きだと手のひらの小指側面が鉛筆の粉で汚れるけれど、縦書きだと汚れない。一長一短ある。プラスマイナスはゼロだ。と、自分の中で折り合いをつけていると、となりの席の友達が小声で話しかけてくる。

友達「おまえ、ぎっちょやもんな」
ぼく「ぎっちょ言うな」
友達「ぎっちょー」
ぼく「うっさい。サウスポーて言え」

ぎっちょ、とは左利きの別名で、左起用(ひだりきよう)が変化したとか、雅楽の道具の毬杖(ぎっちょう)を左で使った人が左毬杖と呼ばれ、それが変化したとか、諸説ある。

差別用語ではないらしいが、揶揄のニュアンスを含んで言われると腹が立つ。濁点が入っているからかもしれない。なんか「ばっちい」と同じ語感がする。

「ぎっちょー」「うっさいガキが!」……人生の通算で2千回ぐらいこのやり取りをしたと思う。関西人の左利きあるある、と思う。

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現在、ぼくはライターの仕事をしていて、得意な領域の1つにICTとかDX(デジタルトランスフォーメーション)を挙げている。前職がIT企業だったこと、かつDXに関連した業務に携わっていたので、得意なふうを装っている

ちなみに、政府(経済産業省)によるDXの定義は以下のとおり。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活⽤して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変⾰するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業⽂化・⾵⼟を変⾰し、
競争上の優位性を確⽴すること

出典︓経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」(令和4年9⽉13⽇改訂)

DXと同時に「デジタイゼーション(Digitization)」と「デジタライゼーション(Digitalization)」も解説される。「デ」が多すぎてややこしい。

  • デジタイゼーション:紙や物理のものをデータ化すること

  • デジタライゼーション:一連の業務や製造プロセスのデジタル化すること

  • デジタルトランスフォーメーション:デジタル化によって企業風土や文化、ビジネスモデルを変革すること

と、その違いが整理されている。

実際のところ前職では、DXってなんぞや、と思っていた。今のところ、DXとは要するにデジタル技術によって構造改革(リストラ)をすること、という説明がしっくりきている(日経コンピュータの木村編集委員が繰り返し言っておられる)。そこには当然に人員整理も含まれるのだろう。

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DXをキーワードにした記事執筆を請け負っているので、情報収集のためにGoogleアラートで「DX」をキーワードにしている。毎日7時にDXが含まれるニュース記事をメール受信している。

ニュースを見ていると、DX人材不足のため、全社員(全「従業員」ではないのは正規雇用の社員に限定しているからだろう)に対してDXの研修を受けさせる、というのが流行っているようだ。いわゆるリスキリング。

業種で見ていくと、保険会社、金融業、生活消費財、通信キャリア、航空会社など。全社的にDXを推進するにあたって、デジタルやITに関する基礎知識を習得させることを目的としてる。だから、ICTが本業の会社は少ない。そもそも実務でデジタルに関する知識や素養があると見做しているのだろうか。

全社員をDX人材に! というニュースタイトルを読むと、とてもインパクトのある取り組みのように見える。ただ、右向け右での取り組みと言うのは、公平であるがゆえに不満が出づらいので、意外と容易であったりする。

「これからはデジタルでトランスフォーメーションの時代なので、老いも若きも、営業も製造もコーポレート部門も、足並み揃えてお勉強しましょう」と言われると、社員一同、「はぁ」としか反応のしようがないからだ。

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全員平等に扱う、それは裏を返せば一人ひとりのことは気にしない、というメッセージになりうるのではないか。公平性を重んじて、痛みを伴う変革が進むんかいな、と一抹の疑問が浮かぶ。

少し前に、ライティングの仕事を請け負った。従業員満足度やエンゲージメントの調査をしている会社が、自社のサービスを採用してくれた会社に対するインタビューの記事化だった。

(なお、エンゲージメントについて少し補足すると、従業員と企業のあいだの深いつながり、信頼関係を指す用語。近年の人的資本経営の観点から、エンゲージメントの重要性が高まっている)

その中で印象的だった話があった。エンゲージメント調査では、正確で有用な意見を集めるための質問項目が重要になるが、その会社では、事業部が大きく商社機能を担う営業部と、商品を生産する製造部門に分かれているので、質問項目には特別に注意を払った、とインタビュー対象者が語った。

というのも、営業部は、顧客への新しい提案や対応のスピードなど、裁量を持たせた方が結果につながる。一方、製造部門ではマニュアルで業務手順が規定されているので、裁量が狭い。ゆえに部門によってエンゲージメントは当然に差が出る

すべての従業員に公平な質問項目を用意することは難しいので、少なくともエンゲージメント調査を推進する事務局や、一般社員に説明する管理職には、その前提を理解してもらわなければならず、特別に気を配っていたという。なるほど、と思ったのだ。

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結局、社会の在り方や会社組織を変えるのは、トップのリーダーシップであったり、ボトムアップでの少数集団の情熱と行動だったりする。全員が足並み揃えて変化が実現することはない。たぶん。人は元来、変化なんて求めていない。変化は腹立たしく、苦痛と不安を伴う。できれば避けたい。

デジタル庁のスローガンに「誰一人取り残されないデジタル化の恩恵を享受できる社会の実現」があるけれど、誰一人取り残されない、というと、全員が一度も後れを取らずに済む、と解釈され、最後列の人に歩みを合わせる。結果、変革の取り組みは進捗せず、最前線の人のモチベーションは落ちてしまう。

全員トランスフォーメーションは理想的に聞こえるけれど、ほんとうは一部の情熱ある人が先行し、中庸の人が次第に付いていき、後れを取る人がいたら、特別な支援をして掬い上げることが望ましい。

ただ、そうした支援のためには、一人ひとりの違いや状況をよく見ていなければならない。それはとても地道な努力であり、手間のかかることだ。でも、変革を成し遂げるためには、もっとも大切な配慮だと思う。

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小学校の授業で野球をするときに、体育倉庫に積みあがったグローブから左利き用を探すのには苦労した。色が同じなので、ぱっと見で左利きのグローブなのかわからないのだ。表面にマジックで「左」と書かれてもなぁ……。

友達「ぎっちょ用のグローブあったでー」
ぼく「おう。ありがとう」

教室で、ぼくのことをからかった友達は、いつも体育の授業で左利き用のグローブを探すのを手伝ってくれた。そして、ぼくより見つけるのが早かったように思う。そのことを、ぼくは今でもうれしく思い返すときがある。

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