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瑞々しい文章と硬質な文章

自分の文章は硬質である、と思う。われながら硬ぇ。長年、ビジネス文書に慣れ親しんたので、いまさら文学的な「天馬空を行く」がごとく自由奔放で煌めく表現など思いつくわけがない。習慣化は、ときに切ない成果を生む。

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インタビューをして、企業の事例紹介ページや採用ページに掲載する文章を書いている。自分で取材することもあれば、インタビュー済みの音声データを提供してもらい、構成を整理して執筆する場合もある。

インタビューでお話いただく内容は、どれも興味深い。

前職の会社がICT、DX、セキュリティなどに関わりが強かったので、それを得意ジャンルと(おそるおそる)称しているのだけれど、ひとたび会社の外に出てみると、取り扱う商材や組織体制、土台になる企業文化やカルチャーに明らかな違いがある。会社の相貌は千差万別だなぁ、としみじみする。

インタビューではICレコーダーで録音する。加えて予備でスマホの録音アプリも使う。対面で取材するときには、そのICレコーダーとスマホには上からハンカチをかける。スマホがデスク上にあるとインタビュアーもインタビュイー(取材の対象者)も双方、気が散るからだ。

取材後には文字起こしアプリで使用して文字起こし原稿をつくる。簡単にケバ取り(「えー」「あー」「なるほど」といった記事作成には使わない応答部分を削る作業)してから、構成の骨組みに発言を箇条書きで置いていく。

取材の場では、事前に質問項目を用意してインタビュイーに共有するのだけど、質問に対する回答は前後したり、行きつ戻りつが多々ある。話していただいたとおりに書くのではなく、順序の整理も大事。ときには終盤のご発言を序盤に移動させるなんてことも。

箇条書きにしたあと、過不足や順序が妥当かを確認する。問題なさそうなら執筆に着手する。「木彫りの仏像づくりは、木の中の仏様を探すように」とはありがちな表現だけど、インタビューの記事執筆は、その表現に近しい。

集中してひととおりざっと書きあげる。一日寝かせる。翌日に声に出して読む。誤字脱字はもちろん、文章の「ねじれ」や単語の重複、長すぎる修飾語を削るなど、修正していく。その後は推敲作業の繰り返し。

工数としては2.5人日~3人日くらい。ただし、推敲のため一日ずつ寝かすなど、間隔を空ける必要がある。早ければ取材後4~5日で完成するけれど、納期が迫るまで手元に原稿を置き、しっくりきていない部分に相応しい表現が見つからないかを待つ。シャワーを浴びているときに思いつくこともあれば、朝の惰眠のまどろみの中、気まぐれに言葉が訪れることもある。

納期が迫ると最終チェックをかける。「これが今、自分が書きうる最善のものです!」と声に出してみる。その響きに嘘がないか、自信をもって言い切れるクオリティなのか確認する。気取ったルーティン、儀式のようなもの。

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記事執筆は、概ねこのような手順で進める。

ただ、推敲作業で迷う瞬間がある。インタビュイーが口にした言葉が、すこし柔らかかったり荒っぽかったり、トゲがあったりするとき、どこまで置き換えるべきだろうか、と。

例えば、「組織の弱み」という発言を「組織の弱点」にするのか、はたまた「組織の課題」とするのか。「課題」だとあまりに抽象化しすぎるなー、と思い、「弱点」に落ち着く。

「(セキュリティの重要性を)社会に知らしめる」という発言。インタビュイーもしっくりきていない表情をされていた。知らしめる、という言葉にあは高踏的なニュアンスがある。考えた末「社会に啓蒙する」に置き換える。

「やりとりの中で反応を伺うっていうか……」を「対話を通じてフィードバックを得たい」と書く。もっともらしくなる。生身の言葉たちが、スーツを着せられてビジネス上の語彙に様変わりする。

ビジネス上の語彙を豊富に知っていることは、ビジネス系のライティングをなりわいとする立場としては強みであるし、メリットですらある。ビジネス上の文章には安全や配慮が求められる。尖った個性がほとばしる文章よりも、引っかかりが少ない硬質な文章が好ましいとされている。

ただ、最近になって気づく。ずっとスーツを着て、もっともらしい表情をしているような窮屈さが、noteを書いたり手書きの日記を書いたりする際にも抜けないことに。休日でもワイシャツにスーツをまとっている心地がする

詩的で、美しく、瑞々しい文章とまでは欲張らないが、体温の感じられない語彙を選びがちなクセがつくのは困ったものだ。仕事としての文章とプライベートでの文章の切り替えが難しくなる。ライターになって気づいたことの1つである。

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