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路地裏のジャズ喫茶とアイスティー


店の名前は忘れてしまったけれど、こんなところを入って行っていのか?と、躊躇するような路地の先にその店はあった。

確か、初めて行ったのは高1の夏前だったと。

先輩に連れられて。

どういう話の流れで行くことになったのかも、もう忘れてしまったけど、買い物客が大勢行き交う大通りの歩道沿いに空いたビルとビルの間。どう考えてもこの先は行き止まりじゃん…って感じの路地。

進んでいくにしたがって道幅が狭くなっていく。

そのうち現れるパチンコ屋の裏口。
今思えば立ち飲み屋だったんだろうと思える暖簾の掛かった間口の狭い店。
前から来る人とギリギリすれ違えるぐらいしかない道幅。
両側から伸びた歪な軒先が譲り合い重なり合ってアーケードのように雨を防いでいたけれど、陽も差し込んでは来なかった。
足元はいつ行っても何となく濡れていたし‥‥。

そんな道を制服姿の女子が歩いてくわけだから、時折り強面のおじさんにジロジロ見られたりして、友達とヒシと腕を組んで歩いた記憶。

前を行く先輩は慣れたもので、楽しそうに話している。その後ろ姿を見て、アタシたちは、一体どこへ連れて行かれるんだろう?と少しばかりの怖さもありつつ、はぐれないようについてくだけで、精いっぱいだった。


薄暗い路地を抜け切る少し手前あたりにその店はあった。

幅の狭い階段を4、5段降りた先に木製のドア。ドアにも壁にも窓がなかった。

そういえば、店名を書いた看板のようなものは、あったんだろうか?記憶にない。

店内は薄暗い。喫茶店といえば、クリームソーダとプリンアラモードのイメージしかないアタシたちにとっては、カルチャーショックの場所だった。

とりあえず、先輩と向き合うように4人掛けのテーブルに座ってると、優しそうなおじさんがお水とおしぼり、ペラペラのメニューを持って来た。

お水は少しだけレモンの味がした。


こんにちは

と先輩が言う前に、おじさんが「いらっしゃい」と笑った。

こんな薄暗いところに優しそうなおじさんが居るのがなんとなく妙な感じもした。


なに飲む?

そんなことを聞かれても‥‥友達と顔見合わせてると


アイスティーにしとけば?飲みやすいし。

もう一人の先輩が助け舟を出してくれて、


はい。それにします。

と、即答するアタシたち。

アイスティーって、冷たい紅茶だよね?じゃ、飲めるよね?

と、ひそひそ会話…したかどうかも覚えていない。

こんなところで、冷たい紅茶なんて飲んだことない。どんなのが出てくるんだ?どうやって飲むんだ?
アタシの頭の中は軽くパニック。

そのうち、大きめの氷が入った、これまた大きめのグラスに入ったアイスティーが、アタシと友達の前にトン、トン、と置かれた。

アイスコーヒーを頼んだ先輩の前には、ストンと真っすぐのグラス。
アタシたちのアイスティーは、上半分がまぁるくなっているグラス。

コーヒーと紅茶で入れ物が違うということにも、軽く感動できるぐらいには幼かった当時のアタシ。

グラスの下には丸い紙製のコースター。グラスの手前には袋に入った細めのストロー。


これ、このまま普通に飲めばいいのか?

いただきます…と、さすがに手は合わせなかったと思うけど、2人で一緒に啜ったアイスティーは、苦かった。


苦いね…。お砂糖って入ってへんの?
自分で入れるん?
どれやろ?

店内に流れてる音楽のお陰で、アタシたちのヒソヒソ話は、テーブルを挟んで向かいに座っている先輩達にはたぶん聞こえていない…はず。

あれちゃう?

テーブルの端の方においてあるグラニュー糖の入った容器。

え?ここにアレ入れるん?
そうちゃう?でないと飲まれへんし。こんな苦いん。

この後の展開は‥‥

ただただシュガーポットに近かったという理由だけで、アタシが先輩に大笑いされることになり、溶けないグラニュー糖がグラスの底に残り続けることに。

その時初めて、シロップという甘いだけの液体がこの世に存在し、冷たい飲み物を飲む際に、お砂糖ではなくそれを使うんだということを知った。


聞けよ

笑いながら言う先輩達が、物凄く遠くに感じた。


そのジャズ喫茶へは、その後も何度か通った。
例の優しいおじさん(マスター)は、いつも奥のカウンターの中でレコードのジャケットを眺めているか、レコードを拭いているか。

ほぼ無言だけど、たまに先輩がかけて欲しい曲のリクエストなんかをしていたみたいだった。この前手に入ったとかなんとか‥‥そんな話もしてた気がする。
音楽を聴くためにだけ来る喫茶店があるっていうことも、結構なカルチャーショックだった。


いつだったか、友達と二人だけで行ったことがあった。

あれ?今日は2人で来たんだ

って、マスターが笑ってくれたことは覚えてる。

覚えてくれてるんだっていうのが妙に嬉しかった。

まぁ、店内にいるのは、ほぼほぼ一人客だったし、制服姿の学生なんてアタシたち以外にはいなかったし。
あちらにすれば、インパクト大だっただけなんだろうけど。

そのうち、その先輩達とも疎遠になり、アタシはというと数人の同級生と行くお決まりの喫茶店ができたせいもあって、すっかりそのお店に足が向かなくなった。


高校を卒業し数年経ってから、ふと思い出してその裏路地を歩いてみたことがあった。

薄暗さと湿り気と強面の通行人は相変わらずだったけど、そのお店は無くなってた。

1人で静かにしていても、誰にも気にされない場所。アタシにとってのジャズ喫茶はそんな場所。ジャズなんて何もわからないけれど、しばらくそういう名前の喫茶店を探しては通っていた時期もあった。



*********

このJAZZ喫茶のことを思い出したのは、コメント欄でJunさんに『IN THE SHADE OF THE APPLE TREE(リンゴの木の下で)』という曲を教えてもらったから。



そういえば、JAZZだと言われてるものをよく聞いた時期があったな…と。
曲名や奏者の名を必死で覚えたりしたな…と。

開発の波をもろに喰らい、今はもうこの路地裏は影も形もない。

Junさん、記憶を掘り起こす良い切っ掛けをありがとうございました♪



Junさんがジャズ喫茶のお話を書いてくださいました!

紹介ベタの私が、ここにウダウダ書くよりも実際にJunさんのnoteに行って頂いて、他の記事も合わせてごらんになって貰う方が早いと思います。

私は最近、リュートの音がお気に入りです。笑


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