アッシュ・スミス 【忘却マガジンストア】【忘却イベントガイド】

本業は別の名前の小説家。 これまで【忘却図書館】を書いてきましたが、現在に近づいてきた…

アッシュ・スミス 【忘却マガジンストア】【忘却イベントガイド】

本業は別の名前の小説家。 これまで【忘却図書館】を書いてきましたが、現在に近づいてきたので、ここからはしばらく「雑誌版」を綴っていきます。舞台やイベントや展覧会や、さらにゲームも合わせて書きます。 「忘却ブラウン管」「忘却レコードショップ」も同時進行していきます。

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最近の記事

【マシュマロ・ウェーブ】

1990年1月26日。 「18:15渋谷ジァン・ジァン。女友達に誘われて、マシュマロ・ウェーブ公演を照明オペレーター室から見る」  記憶にないんですが、その前にどんな鑑賞方法だ、ですよね。  忘却タウンガイドに登場してます。

    • 【ラジカル・ガジベリビンバ・システム】砂漠監視隊

      1989年12月11日。 「ラフォーレ原宿ミュージアム。ご招待のラジカル・ガジベリビンバ・システム「砂漠監視隊」。最高。ビシバシステムの住田隆さんに声かけられる。帰りにパンフ「砂漠王」買って、川勝正幸さんにサイン入れてもらう」  ラジカル・ガジベリビンバ・システムとは、作・演出が宮沢章夫さん、演者がシティボーイズの大竹まことさん、きたろうさん、斉木しげるさん、そして竹中直人さん、いとうせいこうさん、中村ゆうじさんの6人でスタートした演劇(コント)ユニットでした。  85

      • 【スコラ】

        1989年11月24日。 「青学広研の人に教えられ、ミスコンのことが載ってるスコラをサンチェーンに買いに行く」  「サンチェーン」っていうコンビニ、もうないんですよね。関係ないですね。  スコラはこの前から、なんかエロい特集とかあったらたまに買ってました。  そしてこの11月、私は大学の学園祭で3つのイベントを主催したんですけど、そのうちのひとつはミスコンテストでした。  いまの大学のミスコンとかは企業が入って組織化されてると思うんですけど、当時は完全に「手作

        • 【03】

          1989年11月4日。 「「流行通信」「03」買う」  これは創刊号ですね。  「SWITCH」で書いたのをそのまま引用しますが、多少時差はありますけど&雑な分け方ですけど、当時カルチャー雑誌として人気があったのは、サブカル・ニューアカ寄りの「スタジオ・ボイス」、インタビュー・ジャーナリズム寄りの「SWITCH」、海外・ハイクラス寄りの「エスクァイア」といったところでした。  ここに書き忘れましたけど、2年間と短命ながらサブカル雑誌といえば「03」(ゼロサンと読みます

        マガジン

        • 忘却マガジンストア 90年代ベスト
          2本
        • 忘却ゲームセンター ベスト
          0本
        • 忘却イベントガイド ベスト
          0本
        • 忘却図書館 10年代ベスト
          41本
        • 【小説】パンナムに恋人【未発表】
          19本
        • 忘却図書館 00年代ベスト
          29本

        記事

          【夜想】

          1989年9月13日。 「○○さんに「夜想」借りる。これをきっかけにしよう(笑)」  バイト先で気になってた女性と話すようになり、これは82年発売のヌーベルバーグ特集でした。  結局その女性とは何もなかったです。そんな報告いりませんか。  でも20歳前後の男女が、60年代フランスヌーベルバーグ特集の、アカデミック系なカルチャー雑誌を貸したりしてトークするとか、なんか甘酸っぱいですね。  おしゃれインテリサブカルなボーイズ&ガールズ。まあこう書くと、甘酸っぱさより、こっぱ

          【広告批評】

          1989年8月11日。 「広告批評を(東京絵ハガキに惹かれて)買う」 1994年12月6日。 「広告批評買う」  毎号ではなかったですけど、けっこう購入していました。  広告批評の天野祐吉さんと島森路子さんがよくテレビに出てたとか、もうはるか昔の話なんだよなあ。

          【ユリイカ】その1

          1989年7月28日。 「広尾の青山ブックセンターで、ユリイカ村上春樹特集買う」 1996年10月3日。 「青山ブックセンター六本木で、ユリイカ鈴木清順特集と、映画秘宝「悪趣味洋画劇場」買う」  ともに青山ブックセンターで買ってるのが時代&ユリイカ、という感じですね。  3連続でそんな話になってしまいますが、ユリイカも後に2度、寄稿させていただいたことがあります。どなたの特集だったのかは、またそのときに。

          【アエラ】その1

          1989年7月5日。 「明日のテストのため、初めてAERA買って、大学の図書館に戻る」  ウィキによるとこの前年の創刊だったんですね。  前項のアンアン同様、こちらもこのときの私には想像すらできないことですけど、00年代の数年、連載ではないですけど毎号カルチャーレビューのような原稿を書いてました。  というわけでその話はまたそのときに。

          【ファイナルラップ】

          1989年6月18日。 「六本木マクドナルド。スクエアビルのゲーセンでファイナルラップ」  87年に発表されたレースのアーケードゲーム。  この日記以前からやってました。私、人生でいちばんゲームセンターでお金使ったのはこれかもしれません。  2人とか4人で横並びになって、同時に同じコースを走って競うという、当時は斬新すぎるゲームでした。  ただこれ、ウィキにもあるんですけど競ってるのが友人とは限らず、ゲーセンで居合わせた人であることも多いわけで、車をぶつけられたりしたら

          【ファミスタ】

          1989年6月12日。 「部室で後輩たちにファミスタの手ほどきを受ける」  以降、何十回とその記述が続いていきます。大学の部室で後に総当たりトーナメントまで開催されました。  86年に発売されたファミスタ。  ファミコンのあの粗いドット絵でよくあれだけ熱中できたものだといまは思います。本当の球場が見えてたもんなあ。  盗塁の駆け引きがいちばん楽しかったかも。 1990年12月23日。 「誕生日プレゼントでファミスタ’91もらう」 1995年9月4日。 「編集部か

          【アンアン】その1

          1989年6月6日。 「○○が載ってるアンアン買う」  大学の同じクラスの美女が出てたので。当時(いまも?)アンアンのようなカジュアルな女性誌には、街角スナップ的に素人の可愛い女の子もときどき載ってましたね。  さて、誰もが知るアンアンですけど、この10数年後くらいから私、しょっちゅうインタビューしていただいたり、エッセイ書かせていただいたり、さらには3年間、俳優さんと対談連載までしたりして、すごくお世話になるんですけど、その話はまたそのときに。  大学4年のこの

          【マリ・クレール】

           「ミスター・ハイファッション」で軽く触れましたけど、このころのマリ・クレールはファッション誌の中でも異彩を放ってました。  当時の出版業界に関わっていた人にはいまさらな話ですけど、文芸誌「海」出身の安原顯(やすはらけん)さんがマリ・クレールに移籍。そこで文芸路線を女性ファッション誌にも持ち込み、読書特集やカルチャー特集で(ファッション誌なのに)ヒットを連発させていました。  しかし安原さんの死後の残念な話も、出版業界の人間はだいたい知ってますが。  90年代にお世話

          【VISAGE】

          1989年5月27日。 「11時に広尾の青山ブックセンター。「ぴあ」立ち読みで、ピチカート・ファイヴは、6月25日よりも、7月のライブのほうがよいとわかる。メンズビギの雑誌「VISAGE」ジャック・タチ特集買う」  まず「ぴあ」買えよですね。  そして広尾にも青山ブックセンターがあったよい時代でした。  日記をそのまま引用したのには意味があって、この雑誌(メンズビギ発行でした)、どこまでかはわかりませんがかなりの割合で、ピチカート・ファイヴの小西康陽さんが関わっていらっ

          【スタジオ・ボイス】その1

          1989年5月11日。 「宝島とスタジオ・ボイス買う」 6月28日。 「スタジオボイスのスペイン特集号買って帰る」  スタジオ・ボイスもいろいろと変遷のある雑誌ですね。  まず最初はアメリカの「Interview」誌との提携のインタビュー雑誌、やがて日本の文化人を扱うカルチャー雑誌に(70代以上の方にはこの時代のスタジオ・ボイスが印象深いと思います)、そしてこの、私が日記を書き始めた89年は、いちばんつまらなかったというとアレですけど、定まってない感じでしたね。 8月9

          【キネマ旬報】

          1989年4月6日。 「キネマ旬報ビリー・ワイルダー特集買う」  まあ定番の雑誌ですから、これ以前も、好きな監督や映画の特集のときは買ってましたね。 1996年4月17日。 「青山ブックセンター六本木で、キネマ旬報別冊「THE ルパン三世 FILES」買う。つまらない」  こらこら。身も蓋もない言い方。  私、かなり映画関係の雑誌やムックやパンフレットの編集・執筆をやってたんですけど、キネマ旬報本誌では仕事したことなかったですね。  ただ、キネ旬の別冊ムックとし

          【流行通信】

          1989年4月5日。  流行通信は毎号ではないですけど、この前からたまに買ってました。  「ミスター・ハイファッション」でも書きましたけど、特集などが全部ファッションのときは買わず、この号みたいにパリ特集で、ファッションだけでなくカルチャーや哲学まで扱ってたりすると購入したりとそんな感じでした。  以下の写真もそんな特集ですね。  この数年後、流行通信は仕事でちょっと関わるようになるんですけど、その話はまたそのときに。