海外InsurTechで盛り上がるAI保険、日本の行方は

※本記事は、保険毎日新聞への寄稿記事を許可を得て転載しております。

日本において、InsurTechのスタートアップはFinTechのスタートアップより断然少ない。Googleトレンドによると、日本において2020年の1年間でInsurTechはFinTechの30分の1しか検索されていない。保険テックという言葉の方が馴染みやすいかもしれない。しかしながら海外ではInsurTechは引き続き盛り上がりを見せており、多くの投資が実施されている。米ウイリス・タワーズワトソンによるInsurTechの最新レポート(2021年Q2版)によると、2021年6月末現在の投資金額は、2020年の1年間の7,170百万ドルを既に上回る7,376百万ドルであり、投資件数は昨年度の377件に対し308件と昨年に迫る数字となっている。この盛り上がりから、海外のInsurTechスタートアップ動向を改めて調査した。様々な分野のAI保険が日本とは桁違いの大型調達を実施している。また、これまでAI保険は損害保険の印象が強かったが、大きな変化を遂げており、生命保険や法人保険の領域までAI保険が進出してきているのである。改めてなぜAI保険が受け入れられているのか、そして日本では受け入れられるかを考察する。

少しInsurTechを振り返ってみる。2020年7月に上場した米損害保険のスタートアップ「Lemonade」は当時大きな話題を呼び、記憶に新しい方も多いのではないだろうか。保険会社をAI化するという、新しいビジネスモデルを開拓したスタートアップという印象だ。アプリ上でAIのアシスタントに尋ねられた質問に回答していくだけで、保険に加入でき、90秒で補償を得られるというのが謳い文句だ。保険金請求もAIとチャットするだけで行える。累計調達額は520億円(480百万ドル)以上であり、ソフトバンクが135億円投資しているのも有名である。さらに現在ではペット保険・生命保険も手がけている。

なぜ、これほどまで受け入れられたのか。米国での保険加入と住宅事情に目を付け、若い世代のニーズを捉えたことが成功要因と考える。日本において住宅を借りる際、火災保険は不動産会社に勧められたものに加入するのが慣習である。一方、米国では自分自身で保険会社を選んで加入するケースや加入した保険を引っ越しの際に引き継ぐケースもあるようだ。そして、訴訟大国であるが故に賃借人が賃貸人に訴訟を起こすこと、その逆もありうるため、必然的に自分の状況に最適な保険を探し、有事の際にも対応できるお得な保険に入りたいというニーズがあると想定される。

そして、デジタルネイティブとも言えるミレニアル世代(1981~96年までに生まれた人口層)をターゲットにしたこともシェアを伸ばした要因である。これまでは人を介しての加入が当たり前だった保険がオンラインで完結でき、かつAIにより最適な提案が提供されるのは、いわばAmazonでおすすめされた商品を購入するような感覚である。保険加入の簡単さと分かりやすさがこの世代に受け入れられたと考える。世界ではこのような損保AI保険のスタートアップが登場しており、住宅保険の「Hippo」は三井住友海上火災保険株式会社が360億円出資したことでも有名である。

そんな損保業界をざわつかせたAI保険だが、最近では生保・法人保険・サイバー保険を取り扱うAI保険のスタートアップも大きく成長してきている。生保AIには米俳優のウィル・スミス氏の投資会社も投資し、これまで約450億円(406.5百万ドル)を調達している「Ethos」をはじめ、約104億円(94百万ドル)調達の「Ladder」、約152億円調達(137.5百万ドル)の「bestow」などが頭角を現している。Ethosが「最先端のテクノロジーとデータ活用で、より最適な補償に簡単に加入できるという新しい形の生命保険を提供する」と公言しているように、いずれも基本的にウェブサイトに必要事項を入力するだけで見積もりから加入まで完結できる。一見、保険会社のサイトには見えない洗練されたデザインも印象的である。

また、法人保険では中小企業向けの損害保険「Next Insurance」や「Cover wallet」が台頭している。いずれも業種や業態を選んで、必要事項を入力していくだけで見積もりを取り、加入できる。三井住友海上火災保険株式会社はNext Insuranceにも出資している(出資額非公開)。そして、サイバーリスクの診断機能を有し、サイバーセキュリティ対策保険も扱う「Coalition insurance」も見逃せない存在である。同社が保有する診断ツールによって自社のセキュリティリスクがわかるのだ。診断によって判明した弱点の改善を促しながらも、万が一の時の保険も提供する仕組みである。それぞれのこれまでの調達額は、約979億円(881百万ドル)、350億円(315百万ドル)の調達実績があり、今後も成長していきそうだ。

日本のInsurTechの調達額はjustInCaseの累計約12億円が最大であるのに対し、なぜ海外ではこれほどの大型資金調達が実現できるのか。これはデータ活用したAI保険が保険業界の大きな変革になり得るという期待の現れではないかと考える。AIの特性上、加入者が増えるほど情報が集まりデータが蓄積されていく。これにより、保険会社側は経験や勘に頼らず、厳密な分析によりリスクの判断ができるようになり、加入者のセグメントをより細かく分け、保険料の最適化や保険引受判断の高度化を図れるのだ。加入者に大きなメリットがあるように見受けられるが「加入者増加→データ蓄積→保険料の最適化・保険引受判断の高度化」のサイクルがうまく循環すると保険損害率の低下にもつながり、保険会社としても大きなメリットが見込める。事実、Lemonadeは保険損害率が年々低下しており、初年度は100%を越えていたが、2020年度には71%まで減少しており、実際に効果がでてきている。

果たして、日本でも人を介さずオンラインで完結するAI保険が普及する未来はくるのだろうか。私は先述の通り、日本においては火災保険や自動車保険に入るとしても慣習の通りことが多く、まだ先の話だと思っている。生命保険も同様で「2021年生命保険に関する全国実態調査(速報版)」によると通販加入率は6.5%とあった。より主体的に保険のことを考えて加入するようにならないと、オンライン経由での加入は進みにくいと考えている。

オンラインも含めて保険加入の手段が多様化し、顧客が自分に合った保険に最適な形で加入する世界を実現するには、「保険の流動性が高まる」ことが大切だと考える。私の考える「流動性が高まる」とは、保険をライフステージの変化によって見直すことが習慣化し、入りっぱなしではなくなることだ。そのために、私たちができることは加入者のパートナー的存在である保険代理店を支えることだと考えている。人と人との繋がりを大切にする日本においては、どんなにAIやオンラインが発達したとしても、人生にとって大きな買い物は人経由という流れはなくならないと考える。保険代理店が顧客に寄り添い、顧客に保険の価値を届けることにより多くの時間を割けるようにしたい。そのため保険代理店の業務を一元化し、顧客情報を蓄積するだけでなく活用できるようにするための顧客・契約管理システムを提供している。
弊社が5年目を迎える中、コロナで世の中も大きく変化した。デジタル庁も開設され、日本のデジタル化は大きく進もうとしている。国全体のデジタルシフトの加速する波に乗り、保険業界もデジタルファースト、ワンスオンリー、コネクティッド・ワンストップが当たり前になることを期待し、私たちもその一躍を担いたい。

注:
※ウイリス・タワーズワトソンレポート https://www.willistowerswatson.com/en-CA/Insights/2021/07/quarterly-insurtech-briefing-q2-2021
※海外調達額https://www.crunchbase.com/ を参照
※$1=約110円換算(2021年9月)、小数点以下切り捨て
※生命保険協会 生命保険に関する全国実態調査 https://www.jili.or.jp/research/report/zenkokujittai.html

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