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電通で50年前に大バズりした、コロッケレシピの全て

生きるために働いているのか、働くために生きているのか。
たまにわからなくなるくらい時間も余裕も少なく、何事もコスパの良さが求められる現代。

書店のレシピコーナーに行けば「簡単・節約・おいしい」といった言葉の他に「時短」「ずぼらさんのために」といったキラーワードが並び「クックパッドレシピ」など料理家電のための本まである。

食事にも効率が求められる時代。
そんな流れに逆行している料理の一つがコロッケである。

共働き世帯が増加し「料理にどれだけ時間をかけずに栄養をぶち込めるか」が問われる昨今。
じゃがいもを潰して丸めて、小麦粉・卵液・パン粉をつけて揚げて作るコロッケは、家庭内ポストを時代に奪われていった。

中には平野レミ御大の「まるでコロッケ」、「揚げないコロッケ」など、多くの先人たちがコロッケを家庭料理として残そうと奮闘した。

しかし最近、とくにシニア世代では炭水化物を控え、タンパク質を積極的に摂り筋肉を落とさないようにすることが食卓の新しい常識になりつつある。
チキンとブロッコリーしか食べない健康意識の高い方々からしたら、ジャガイモに衣をつけて油で揚げた糖質の固まりなど、卒倒モノだろう。

こうしてコロッケは「自分の家でつくる派」は年々少数となり、コロッケは観光地などで食べ歩く、もしくはお肉屋さんで買ってたまに食べるものという形でなんとか生き残った。
しかしそんなご時世に、あるコロッケレシピを世に残したい人間がいる。それが私だ。

きっかけは今年の春。
長年勤めた役所を退職し、作家になるという夢に向かって走り出しそうとしていた、まさにその週の土曜日。子宮に15センチの巨大筋腫が見つかった。
ずっと見て見ぬふりをしてきた月に一度の激痛は、もうロキソニンでは抑え切れなくなっていた。

その後の詳しい検査で、15センチのものの奥に6センチの筋腫もあることが判明した。腫瘍に押しつぶされている自分の卵巣・膀胱・腸のMRI画像を見たとき、世界から音という音の全てが消えた気がした。

「これ以上大きくなると出血量が心臓を負担するため、手術を視野に入れた方がいい」と医師は私を落ち着かせるようにゆっくりと話した。

退職して自由を手に入れた後も気づけば近所の公園や、一駅電車に乗って海の近くでぼんやりする時間が増えた。
人間ひとり悲しみに暮れていても、世界は何も変わらない。今日も変わらず太陽は東へ昇るし、川の水は海へと流れていく。

私は何のために生まれてきたのか。この世界に、私は何を残せたのだろうか。

緑を吹き抜ける風の中で思索にふけっていたとき、なぜか脳内にまっさきに思い浮かんだのが、20年前に亡くなった祖母のコロッケの味だった。

大正生まれの祖母は父が2歳のとき、夫を結核で亡くした。戦後の動乱期、食堂で働きながら女手一つで父を大学まで育て上げた。
非常に厳しい性格で孫の私に対しても、礼儀がなってなければ柱まで吹っ飛ばすなど容赦がなかったが、一方でたびたび美味しい料理を振る舞ってもくれた。

そんな祖母の勤めていた食堂というのが国立大学法人・電気通信大学、通称「電通」内にあった学食である。ややこしいが某広告代理店ではない。
50年前は学芸大学分校という立ち位置であったが、地元の調布市民は皆この大学のことをずっと「電通」と呼んでいる。

令和の社食・学食は工場で大量生産したものを提供していることが多いが、昭和・戦後復興期の食堂では、毎日自分たちで自由にメニューを決めて自分たちの好きなように作っていたらしい。

祖母が学食の献立を決められる立場になったとき、特製コロッケを提供したところこれが大好評。
コロッケの日は電通のキャンパス内に「今日のメニューは小澤さんちのコロッケだってよ!」という声が瞬く間に駆け巡り、みんなが食堂に押し寄せた・・というのが祖母の語り草だった。

祖母から母に、そして私に受け継がれたこのコロッケレシピを世に残したい。だってほんとに美味しいんだもの。

50年前の電通信食堂で飛ぶように売れたというコロッケの特徴。
それはじゃがいもの他にひき肉、細かく刻んだベーコン・ゆで卵・にんじんを混ぜるというものだ。

グルメ漫画・美味しんぼにはたびたび「コロッケにジャガイモ以外を混ぜるのは邪道」という記載があるが、この具沢山コロッケは作者の雁屋哲氏もきっと頷くことだろう。

すみません副総理、今回のレシピは肉が入ります

(ちなみに美味しんぼにはアルコール依存症になって妻と離婚するも、美味しいコロッケが作れるようになった料理人が復縁するという作品『父のコロッケ』がある。やっぱりコロッケは人類を救うんですよ。まあ若干あらすじに無理がある気がしますが、アニメ版は演出が良く名作と呼ばれるのでおすすめです)

さあそれでは、1分で読める作り方を紹介しよう。
まずはじゃがいもと卵とにんじんを15分~20分程度ゆでます。

ジャガイモは皮を剥き潰して、卵とにんじんは水けを取ってみじん切りに。

次にベーコンのみじん切りと挽肉を炒め、塩こしょうで味つけます。

半分サイズのベーコン約1パック(4〜6枚)、豚ひき肉100グラム

潰したじゃがいも、刻んだにんじん・茹で卵、炒めたひき肉とベーコンを合わせて、混ぜます。

全て混ぜ合わせ、粗熱が取れたら成形して小麦粉、卵液、パン粉をつけて揚げる。

完成!

タネだけでも美味しいので、最後の小麦粉・卵液・パン粉の過程が面倒臭い場合、片栗粉だけつけて揚げるという手もある。これもなかなか美味しい。

ただ片栗粉だけで揚げた場合、具たくさんのため形が崩れたり、そこから飛び出したゆで卵の白身がはねて顔面を直撃する可能性がある。
どちらにせよ、ひっくり返す際はフライ返しなどを使いながら慎重に行い、割れたコロッケは鍋の奥の方に移動させ様子を見るなど、適宜慎重に処理してほしい。

料理上手な友人の助けを借りてつくって試食してみたところ「コロッケというよりメンチカツに近い美味しさ」とのコメントを頂いた。

たしかにこのコロッケのじゃがいもは、メイン材料というより各材料のつなぎ的な役割だ。ゆで卵とにんじんは栄養バランスのため。そしてベーコンが味の決め手になるので、気持ち多めにいれることをおすすめする。

繰り返しになるが、コロッケは忙しい現代では向かない家庭料理である。そもそも揚げ物自体、そのあとの油処理やら洗い物やら考えると大変な作業だ。

でもこのnoteをお読みくださった方の中に、もしかしたら凝った料理をつくるのに苦のない人がいるかもしれない。
スーパーのお惣菜部門で、売上を伸ばそうと工夫をこらし、新しいレシピを探している方がいるかもしれない。
「美味しそうじゃん、今度これつくってみようかな」と思ってくれた人が、1人でもいるかもしれない。


ばあちゃんごめんなさい、「いつかあんたの子どもに食べさせてよ」という約束を、私は果たせる自信がありません。

でもばあちゃん聞いてほしい。
ばあちゃん自慢のコロッケレシピだけは、かつて学生さんたちが大喜びで食べたという美味しいコロッケの秘密だけは、何とかnoteに残せそうなんです。

令和の世はね、バトンの形は家族だけじゃなくなったんよ。
ばあちゃんたちが死に物狂いで生きてきてくれたおかげで、想いや志というバトンを、誰でも受け取ったり渡せる世の中になったんよ。

ばあちゃんの想いは、レシピの形でnoteに残したから。わざと有名広告代理店の名前をタイトルに持ってきて、たくさんの人に見てもらえるようにしたから。きっとこのコロッケを作ってくれる人はいるから。これからも人の心に響くような文章をたくさん書くから。私は私を、生きてみせるから。


いつか次の世界で会えたら、今度は私がコロッケ揚げさせてね。




















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