積読

 午前中の仕事を終えた石嶺が休憩室に入ると、右手にスマホ、左手におにぎりを持った佐古が真剣な表情でスマホを眺めていた。
「お疲れ。」
 石嶺が声をかけたが、佐古からの返事はない。
「佐古、お疲れさん。」
「お、おお、石嶺。」
 佐古は驚いた様子で反応した。
「おお。」
「ああ、お疲れさま。今から昼休み?」
「うん。ここ座っていいか。」
「もちろん。」
 佐古は石嶺が座りやすいようにと自分の荷物をどけた。
「サンキュー。」
 石嶺は佐古の対面に座ると自分の弁当を広げ始めた。
「真剣な顔して、何してたんだ?」
 石嶺は弁当を開けながら、気になっていた質問をした。
「ああ、まあちょっとな。」
 なぜか少し渋る佐古。
「なんだよ、言いにくいこと?」
「いやそうじゃないけど……」
「まさか、お前仕事の休憩中に……」
「違う違う、そんなわけないじゃん!」
 佐古は慌てて大きな声で制止した。
「わかってるって。で、なんだよ。」
「……いや、これだよ、これ。」
 佐古はそう言ってスマホを石嶺の方に向けた。
「マンガ?」
「そう。」
 最近はもっぱらマンガを読んでいない石嶺にはタイトルまでは分からなかった。
「なんか恥ずかしいのか。」
「いや、大の大人が仕事の休憩中に必死になってマンガを読んでるのはどうかと思って。」
「いや、いいだろ別に。」
「そうかなあ。」
「まあ、そういうの言ってくるうるさい人がいないとも言い切れないけどな。」
「だろー?」
「でも俺は言わねえよ。」
「まあそうか。」
「で、何、そんな必死になって。最近ハマってるマンガなの?」
「いや、そういうわけでもないんだよ。」
 どうにも煮え切らない態度をとる佐古。
「じゃあ、なんで。あ、あれか、なんかアニメ化するとかそういうことか。」
「いやそうでもなくて。結構前に買ってたやつだったんだよ。」
「おお……え?」
「いやあのな、俺はもうもっぱら電子書籍派なんだよ。」
「ほお。」
「でさ、なんかセールだったり有効期限きれそうなポイントあると、とりあえず買っちゃうこと多くてさ。」
「うん。」
「それで気づいたら、大変なことに。」
「大変なこと?」
「読んでないマンガであふれ出した。」
「ああ、そういうこと。」
「そう。紙の本ならさ、積読なんて言葉があるけど、読んでない本の量が目に見えるじゃん。」
「ああ、そうだな。」
「でも電子書籍だと、買えば買うほど、昔の本はどんどんどんどん下の方にいっちゃうから、もうどこへやら。」
「ああ、なるほど。目に見えないからついついってことか。」
「そう!」
 佐古は大きな声でそう言った。
「そしていざ読もうと思っても初動が重くてな。」
「それは分かる。何だろう、歳重ねれば重ねるほどだよな。」
「うん……まあだからこういう時間に、おにぎり片手に読もうかな、って。」
「なるほどね。いや、邪魔して悪かったな。」
「いや、全然全然。」
「なんか面白いマンガあったら教えてくれ。」
「おお!」
 石嶺がどうぞ、と手をやると、佐古はペコリと頭を下げてまたマンガを読み始めた。