メダル

「ああ、こっちこっち。」
 高森が店に着くと、既に初芝と照井は飲み始めていた。
「おお、ういっす。」
「ごめんな、先飲み始めちゃったわ。」
「いや、全然。すみません、生ビールください。」
 高森は近くを通った店員にそう声をかけると、スーツをハンガーにかけて席に着いた。
「仕事終わり?」
「そそ、ちょっと打ち合わせしてて。」
「あれだろ、高森の担当してる人って、あの、ほら……」
「雨相月士だろ。」
「そうそう、正解。」
「だって、しょっちゅう映画化とかドラマ化するだろ。」
「うーん、まあそうだね。」
「え、やっぱり作家とかって変人なの?」
「うーん……まああれだけのものを作る人だからね、俺とかとは違った感性は持ってるよね。」
「まあ、そうだよな。」
「確かに。俺も高森の話聞いて二冊くらいは読んだけど、面白かったもん。」
「マジで?ありがとう。」
「いやいや。」
 初芝は手を横に振った。
「俺の仕事だと、そういう有名人っていうの、いないなあ。」
 照井はそう呟くと、ビールを飲む。
「俺も仕事だといない……あ、けど、仕事だといないけど、一人いるわ。」
「え、誰?」
「高森と照井は中学一緒だけど、俺は中学違うじゃん。」
「ああ、そっか。高校で知り合ってんのか。」
「そうよ。」
「なんかもっと古い付き合いな気がしてた。」
「わかる。」
 高森は笑いながら照井に同意した。
「それは嬉しいけどな。」
 初芝も満更ではないようだった。
「で、知り合いの有名人って誰よ。」
「ああ、そうそう。中学の頃の同級生なんだけど、渋谷 凌雅(しぶや りょうが)って言うんだけど、知ってる?」
「あれ、なんかニュースで聞いたことある気がするなあ。」
「お、そうそう。」
「え、犯罪とか犯してないよな。」
 照井が怪訝そうな表情で尋ねる。
「そういうんじゃないよ。ちょっと待って。」
 そういうと初芝はスマホを取り出し、検索を始めた。
「お待たせしましたー。生ビールです。」
「ああ、ありがとうございます。」
 そうしているうちに、高森のビールが届いた。
「一旦乾杯するか。」
「そうだな。」
 三人はジョッキを手に持ち、乾杯をした。
 ごくごくと喉を鳴らしながら、一日仕事で疲れ切た体にガソリンを入れるかのごとく、ビールを流し込む高森。
「美味いねえ!」
「いやでも本当、学生時代の仲間とこんな風に酒を酌み交わせるって素敵なことよ。」
「ホント、そうだな。」
「あ、出た出た。」
 乾杯後すぐにまたスマホを触りだした初芝がそう言った。
「「誰々?」」
 そこにはガタイのいい男性が一人。
「あ、柔道の。」
「そうそう。去年のオリンピックでメダルを獲得した渋谷選手よ。」
「ああ……金ではなかったよね。」
「うん。銀。でも、メダルはメダルだからね。」
「いやそれはそうよ。」
「この人が同級生。」
「へえー。」
「てか同い年だったんだね。」
「確かにね。」
 同い年と聞いて二人は急に親近感を持った。
「なんか学校の柔道部じゃなくて、有名な柔道教室、そんなとこをメインにやってたんだけど、すごかったね。」
「へえ。でも中学じゃ柔道の授業とかなかったでしょ。」
「柔道はなかったけど、やっぱり運動神経が桁違いだったよ。」
「やっぱそういうもんか。」
「うん、桁違い。」
「はあ……やっぱすげえな。」
「なあ。」
「まあ、酒飲も。」
「「おお。」」
 高森は手を挙げて店員を呼んだ。

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