戦う_ソフトウェア_エンジニア

【小説】戦う!ソフトウェア・エンジニア

『盤下の敵』(最終回)

●守破離

光ケーブル問題から約1年が経過した。

私も社会人3年目を迎えて、別プロジェクトに参画していた。

Tとも別プロジェクトになってから、事務所であまり会わなくなった。海外の施設の設置で日本にあまりいないのだ。

今日はあることをある人に伝えるために、ここに来た。

少し遅れてある人物が私の座っているテーブルに一人の人物が近づいてくる。

後ろから声をかけられる。

「お前が俺を呼び出すとはどういうこった?」

F主任がそこに立っていた。

私:「お久しぶりです。あの時は本当におせわになりました」
F:「今頃、そんなことを言うために俺を呼び出したわけではあるまい」
私:「はい。今日は主任に最初にお伝えしたいことがありまして」

主任はちょっと考える素振りを見せてから、静かに言った。

F:「お前も決心したくちか?」
私:「ええ、そうですね。」
F:「つくづく、我社は定着率が低くて困っちまうな」
私:「申し訳ありません。」
F:「謝ることないだろ。3年ここに居た奴はなかなか居ない。まあ、頑張ったほうだろ」

F主任には何も言わなくてもわかっていたようだ。
そう、私は転職を決意していた。

F:「次に行くところは決めてるんだろう?まさか、先に辞めちまっても何とかなるなんて、甘いことは考えていないだろうな?」
私:「はい。そこは主任から色々と躾けられましたからね。計画的に物事を進めています」

主任はふっと笑って、私を見た。
ネアンデルタール人みたいな人相だったが、慣れるとは恐ろしいものだ。
普通の人間の顔に見えてきた。

K先輩は昨年末転職した。
M先輩はまだ働いているが、私はM先輩が他社の面接を受けているのを知っている。
実はTについても同じだった。Tは海外勤務を希望していて既に商社に内定をもらっている。

私は最後にF主任に聞いておきたいことがあった。

私:「主任はハードウェア開発からソフトウェア開発に異動して幸せを感じたことがありますか?」
F:「んん?変なことを聞くなぁ。幸せの定義にもよるがな。まあまあってやつじゃないか?」
私:「主任にしては、答えが随分アバウトですね」

そう言って、少し笑った。

F:「住めば都。やれば仕事。好き嫌いにも慣れってもんがある。未来のない仕事じゃないからな、それなりに楽しいことを探せばあるもんだ」
私:「なるほど。幸せの青い鳥は探せば居ると」
F:「まあ、そうだ。文句ばっかり言ってると青い鳥が赤い鳥に見えちまうからな」

また笑った。

F:「次の仕事は何をするんだ?またメカトロニクスか?」
私:「はい。次の仕事はもっとソフトウェア開発に近い部分だと聞いています。」
F:「ほー、ソフトウェア開発が好きになったか?お前が入社してきたときは、どっちかというとハードウェア開発志望だっただろ?」
私:「はい。そうでしたが、途中で考えが変わりました。これも主任のおかげでしょう。また主任から『守破離』というお話をお聞きしましたから」

ある時、F主任から「守破離」という言葉を聞いて、少し考えを変えたのだ。
不平不満ばかりをつぶやいていた1年目。
「守破離」の「守」とは、まず今の仕組みを守ることだ。
まだ1年目なのに「こんな仕事、辞めてやる」と息巻いていた私をなだめてくれたのがF主任だった。

1年目程度の知識とスキルでは「守」はおろか「破」なんて到底無理だった。
とにかく、「守」って真似てみることが重要だった。

F:「ここじゃあ、守ることすら難しいって判断したってことだな」
私:「はい。今の職場じゃ、毎日雑用が仕事の8割です。そしてハードウェアチームの下請けのような仕事ばかり。何を守っているのかがわからなくなりました。」
F:「我が社の環境じゃあ、そう思っても仕方ない。悪かったな。大したことが出来なくて」
私:「いえいえ。主任には色々なことを教わりました。『システムとは』という言葉は私の座右の銘になっています」
F:「よせよ、くすぐったい。座右の銘にするならもっと違う言葉にしろよ」
私:「いえいえ。。。主任、最後に一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
F:「ん?なんだ?」
私:「これからのソフトウェアは”天下”を取りますか?」
F:「ああ、今に立場が逆転する。俺はその時まで生きていないかもしれないがな」
私:「え?主任の寿命は200歳以上でしょ。十分ですよ」
F:「俺は妖怪かよ」

また笑った。でも、今回は乾いた笑いだった。

F:「寂しくなるな。皆、出てってしまうな」
私:「主任は、この土地で何が希望ですか?」
F:「希望がないことが、希望かもな」
私:「はぁ?意味がわかりません。」
F:「そう。意味はない。ま、決心したのなら止めはしない。実際に止めたりはしないがな」
私:「そう思いました(笑)」
F:「石の下にも三年っていうから、三年経ったなら好きにするが良いさ」
私:「主任、『石の上にも三年』のはずですが」
F:「俺の場合はな、石の下だったんだよ(笑)、石と言うよりも岩石だったけどな」

そのまま、話は終わった。
『守破離』は、もともと茶道の言葉だと聞く。
ソフトウェア開発と茶道はまったく関係ないと思うが、そうでもない。
ヒヨッ子のうちは、しきたりを守ってみる。
守って守って、それで「守」ることを超えるとき、次の段階が「破」だ。

これまで守ってきたことで、次に新しい仕組みを作る段階が「破」となる。
破ってみると、これまで見えてこなかった世界が見えてくる。

破ったあとで、最後の段階が「離」である。
この場から離れて、新しい道を自分で作る段階である。

私は「破」「離」の段階に行く前でこの会社を去る。
段階をすっ飛ばすようで、心苦しい面もあるが、環境が整ってこその「守破離」だ。

我慢することが「守破離」ではない。
我慢して我慢して、最後まで我慢し通すことが「守破離」ではない。

その先の未来にかけてみる。
ソフトウェアの可能性はとても大きい。
それがわかっただけ、この3年は無駄ではなかったと思った。

冒険できるのは、若い時だけ。
さあ、次に行こう。

(完)

※タイトルは「闘うプログラマー」から、サブタイトルは映画「眼下の敵」からもじりました。


ソフトウェア・エンジニアを40年以上やってます。 「Botを作りたいけど敷居が高い」と思われている方にも「わかる」「できる」を感じてもらえるように頑張ります。 よろしくお願い致します。