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運動音痴が、アスリートたちと登山をした話


色んなことを始めてみては、気付いた頃に辞めていた趣味の一つに、登山がある。

視界を埋め尽くす深い緑。
肺から全細胞に行き渡る新鮮な空気。
頭上でこだまする鳥の歌声。
山頂でいただくごはんの、昇天する美味しさ。

記憶の片隅に追いやられていた山での記憶が湧き上がり、また山に登りたいという思いが膨れ上がっていた。

いまもう一度、登山を始めたい!

その思いがピークに達した頃、「愛川さんも行きましょ、山」と後輩が軽いノリで言った。
「行く!!!」と即答した。


ということで、ゴールデンウィークに職場の先輩・後輩と、摩耶山に登り、山頂で美味しいものを食べ、六甲山牧場に行くことになった。

しかし、無視できない重大な問題がある。

先輩と後輩は、仕事終わりに5㎞走り、フルマラソンを完走し、断崖絶壁を笑顔で登るストイックなアスリート。

それに対し私は、歩くのと同じ速度で休日に1〜2㎞走ったつもりになるのが精一杯の、怠惰な運動音痴。
ちなみにランニングも、気付いたら終わっていた趣味ともいえない出来事の一つである。

今回は分かりやすく歩きやすい初心者向けのルートらしく、作成されたグループラインのタイトルは「ハイキング🍙」だった。

提示されたルートをよく見ると、距離7㎞、累積標高890m、合計時間3時間30分。

これは「ハイキング🍙」というレベルなのか・・・?

もしかしたら私は、取り返しのつかないことをしているのではなかろうか。
しかしラインは、山頂で何を食べるかでひっきりなしに盛り上がる一方。

心の底から楽しみな気持ちと、二人に盛大な迷惑をかけてしまうのではという不安が入り混じり、複雑な気持ちで迎えた当日は、快晴だった。

9時に阪急王子公園に到着するまで、何度も真剣に、帰ろうかと思った。

荷物が重すぎるからだ。

事前にしっかり打ち合わせをし、必要最低限のものだけをリュックに詰めたつもりだった。
唐揚げ、油、調理器具、おにぎり3つ、おやつ。
水分は多めにということだったので、スポーツドリンクと水を合わせて2リットル強。

出発前に初めて全ての荷物を背負ったら、ひっくり返りそうになり、最寄りのバス停まで歩くだけで気分不良になった。
5Kg以上はあったと思う。
憂鬱と不安だけが膨れ上がり、快晴さえも憎くなってくる。

しかしラインでは二人ともすごい荷物だと言ってるし、ここまで来たら、引き返せない。


み、身軽ー!!!!!!

このかっこいいリュックはトレランザックといい、山を走りやすいよう体にフィットするデザインで、走りながら水分や栄養を補給するためのポケットがついている。
二人にとって、山は走る場所であり、水分栄養は走りながら補給するものらしい。

こうなるともう、諦めるしかない。
どうなるか知らんけど、行くしかない。
自分の根性を、信じるしかない。

ずんぐりした甲羅を背負ったカメのような私は、軽快に翔けるカモシカのような二人に挟まれ、歩み出した。

王子公園を右手に見ながら、登山口を目指して、閑静な住宅街の坂道をひたすら登る。
この時点で、結構しんどい。

後ろ姿が、マジで亀。


20分ほど登ったところで、ようやく登山口に近づいてきた。

なんだかマイナスイオンが漂ってきた


この坂道を登り切ると、ようやく登山口。
やっとスタート地点に立てるのだ。


入山前に、神戸の街を一望することができた。
なんて清々しいんだろう。
「これがあるから登れちゃうんやろうな〜」
なんて言ってみたりする。
まだスタート地点だというのに・・・。

この時点で標高125m


いざ、入山!

川のせせらぎを聞きながら、木漏れ日の中を歩く。
なだらかな坂道なので、全然余裕。
気持ち良い。

映画「PERFECT DAYS」を思い出す
「木漏れ日」って、日本にしかない言葉なんだよな


何やら、後ろからエンジン音が。
「すみませ〜ん」
と言いながら、非常に感じの良いご夫婦が爽やかに通り過ぎた。

「ローマの休日」を彷彿とさせる


その姿を見た後輩が、
「あ〜なんか泣きそう!!よし、清く生きよう」
と目を潤ませていた。
なんかよく分からんけど、後半部分は同感。
清く生きよう。


ほどなくして、先ほどのお二人は神戸唯一の茶園「静香園」の方だと分かった。
山の湧き水で淹れた美味しいお茶がいただけるらしい。
また今度、必ず訪れたい。

初めて見た、リアル茶葉!


神聖な佇まいの鳥居の前を通過。

こおいう神様がいそうな場所を通る度、先輩と後輩が「失礼します。よろしくお願いします」とお辞儀をするので、私もそれに習う。

すれ違う人達にも率先して挨拶をするので、私もちょっと照れながら「こんにちは」と声を出す。

山を登る人間としての大事な心得を、自然と教えてもらっている。

イタチ?テン?
野生動物が撮れると、すごく嬉しい。


湧き水を発見!

ここまでで約1時間坂道を歩き続けているので、600mlのスポーツドリンクを飲み干した。
普段では考えられない水分摂取量。
空いたペットボトルに湧き水を少し入れて、活力にする。
冷たくまろやかで、おいしい。

まだまだ先は長い。
どんどん進む。

「わあ〜!!!」
と、思わず見惚れてしまう光景。

「もののけ姫」感がすごい。
橋にも階段にも木の上にも、こだまが座っているような気がする。
カラカラカラ・・・って音が聞こえてくる。
幻聴か?

しかしこの辺りから、山道はかなり険しくなってくる。

ボコボコした石段が、グネグネと曲がりくねる道が続く。

重い甲羅を背負いながら、
ぬかるむ岩を登るのはかなりハード


3月にフルマラソンを余裕で完走したばかりの後輩は、軽い足取りでひょいひょい進む。

それに着いていこうとすると、後ろから
「愛川さん、後輩のペースに合わせんでいいで。
この道、私もかなりキツイから。
ゆっくり行こう。」
と、先輩。

そしてさりげなく、ペースを落としてくれる後輩。

前で後輩がペースメーカーになり、後ろで先輩が監督になってくれている。
二人は何も言わないけど、チームで揃って無事安全に登頂できるよう、色んなことに気を配り、考えてくれているのがひしひしと伝わる。
普段から、そういう人たちだから。

かっこいい感じで撮ってくれたけど、
甲羅が重くて尻もちをついただけ

私の笑顔が消えて口数が減る一方、先輩と後輩は常に明るい空気を絶やさぬよう、ずっと何か言葉を発し、笑っていた。

立ち止まってしまう回数も多くなり、申し訳ない気持ちが込み上げる前に
「いや〜思ってたよりキツイな!休憩せな登られへんわ」
「でも、予定通りのペースで登れてるよ。思ったより速いかも」
「汗拭いて、栄養補給しようか。それだけで、全然違うよ」
と先輩が励ましてくれた。
「荷物、持ちましょうか?」
と後輩が気遣ってくれた。

後輩がくれたスポーツようかんはめっちゃ美味しくて、枯渇しそうなエネルギーがみるみる回復するのを感じた。
悟空が仙豆を食べた時の気持ちが、少し想像できた。


美しい仁王門をくぐると・・・


待っていたのは、階段地獄だった。

登っても、登っても、どこまで登っても、延々と続く階段。

下を見ても、前を見ても、上を見ても、階段しか見えないほど急勾配。

あそこがきっと、てっぺんだ。
あそこまで登ると、きっと終わりが見えるはず。

そう信じて到着した先に、期待を嘲笑うかのように聳え立つ階段。

仙豆で回復したはずのエネルギーが、根こそぎ消耗される。
体力だけでなく、精神力も。

どこまで行っても、ゴールが見えない。
先が見えない苦しみは、絶望感に繋がる。

激しい鼓動で、心臓が体を突き抜けそう。
じんわりと吹き出す汗が、暑くて不快。
肩と背中が、蒸れるし痛い。

なんでこんなアホみたいな荷物背負ってきたんやろう。
私はここで、何をしてるんやろう。
もう嫌や。帰りたい。

先輩と後輩の声も、あんまり聞こえない。
申し訳ないけど、私は二人のように進めない。
構わずに、もう置いて行ってくれ。

思い出した。
すっかり忘れてた。

山登りって、苦行だった。
こんなこと、二度とするもんか。


「やっと開けた!ここで階段、終わりやで!!」

先輩にそう言われても、信じられなかった。
しかし気づいたら、摩耶山史跡公園に到着していた。
この景色を見て初めて、「あぁホンマに終わったんや」と思った。


いろんな感情が込み上げて、「胸がいっぱいです」としか言えなかった。

二人は笑っていたけど、本当に私の胸はいっぱいだった。

一人では、絶対ここに来ることができなかったから。

摩耶山頂は気づかず通りすぎてしまうくらい、ひっそりとしていた。

私たちがここに着いたと同時に、木漏れ日が優しく差し込んだ瞬間を、たぶん一生忘れない。

「愛川さん、その荷物でよぉ登ったな」

そうだった。
この後の愉しみの全てが、リュックに詰まっている。

「ごはん、ごは〜ん♪」

と、ステップを踏む後輩。

その後のことは、また次の記事で。


思い出した。
やっぱりそうだった。

山登りって、最高だ。
次は、どこに登ろうかな。


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