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自然災害に対して哲学におけるアプローチ

 21世紀の初頭は東日本大震災の発生、そしてその復興という大きな問題に直面しているのはいうまでもなく、さらにその震災以外でも日本各地で多くの自然災害は発生している。そういった自然の力に私達、人間はもろくよわよわしいものかもしれない、しかし人間には考える力というものが存在している。哲学という学問は人間の考える力という能力に直結しそれを応用していける学術分野なのではないかと私は考えている。そこで重要になってくるのは「人間は自然というものをどのように捉えてきたか、そして人間は自然の中でどのような位置にあるか」ということを問い直すことが必要なのではないだろうかと私は思う。人間が自然をどのように捉えてきたかについては自然の価値という言葉を思い起こすことができるのではないだろうか、自然の価値として考えられているのはまず、第一に自然の利用価値である。これは近代の自然科学ないし文明が発達したことにより生じた価値と考えられており、人間の自然支配の考え方が関係してくると思われ、人間にとって自然をいかに利用するか、そして自然の利用により人間にとって自然が価値を持つという考え方であり、人間優位の思想といっていいだろう。次に自然の内在的価値という価値がある。これも自然の利用価値と同じく人間が存在していることを前提に成り立つものであり、人間本位ということではないが、あくまで人間の存在があってこそ自然の価値は成り立つという考え方である。そして第三に自然の本質的価値というものがある。この考え方は思想家ユクスキュルの提唱した概念であり多くの自然保護思想と結びついている。これは人間の存在がなくても自然に価値があると認めているもので多くの環境思想と結びつきがあり、東洋的な自然の見方としてアニミズムと結びついているのではないかと思う。次に私達は自然の中でどのような位置に置かれているかについて考えてみると世界内存在というハイデッガーの思想に結びつくのではないだろうか。これは人間を含めすべての対象物は自然という世界の中に内在しているという考え方である。そこに現代は自然支配というものを越えた形で人間と自然のあり方を考えているのではないだろうか。すなわち人間は自然を離れることはできず、文明が進んだ現代ですら自然との共生を考える必要があり、それらは多くの環境思想と結びつくと考えられている。人間が自然との関係を考え直す時、西洋の哲学と東洋の哲学の融合された形でなければならないのではないだろうか。文明と自然が結びついた時、自然災害という避けられない局面に私たち人間は単に無力というだけでなく考え方というヒントと共に文明とは何かということを考え直す必要があり、人間は文明と自然の両方の姿を考察していかねばならないことに私達は気がつくのではないだろうか。ここに哲学というものは初めて応用され、新たな文明思想が生まれるのではないだろうかと思う。そこに哲学が現実的問題を解決するための役割があるのではないかと私は思う。自然というものに対して私達、一人一人はかくももろくも弱いが、それを超えた考え方というものを哲学は私達に思い起こさせてくれるのではないかと思われる。そこに人間の自然支配というものをなくし新たな共生の理念が現れ、そのことが自然災害という問題に人間がいかに対応していくかというものを教えてくれると私は考えている。そしてそのために多くの思想を個々の人々が思いつく必要があり、それらが集合することで現実的問題を解決する糸口が見つかるのだと思う。

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