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総合診療の過去、現在、そして未来

皆さんこんにちは、にゃんでもにゃ医です😇
過去のnoteは総合診療界隈におけるニッチな話題について取り上げてきましたが、3本目の今回はちょっとまじめ?な話題でいきたいと思います😇
よろしければ最後までお付き合いください😇


編集履歴
2024. 2. 27 投稿
2024. 2. 28 「機構の副理事長から総診プログラム責任者への恐怖の電話事件」を追記



はじめに

今回のnoteを書こうと思ったきっかけは最近総合診療の過去について書かれている書籍をいくつか読んだことなんですよね😇

断片的には知っていたんですが、改めてまとまった情報を読んでみると色々と面白かったんですね😇そして現在の総合診療界隈が混沌としているのは、過去の話で一部は説明できるのではないかと思ったんですね😇ついでに過去と現在を踏まえて未来についても語ってみようというのが今回の趣旨になります😇是非最後までお読みいただき、Twitterにてご感想をお寄せください😇

※上記の本以外にも、Twitterのフォロワーの先生に教えていただいた以下のページも参考にして書いています😇

https://hcfmdr.blogspot.com/2010/11/blog-post.html?m=1

※便宜上3学会合併以降から今までの話を現在として扱います😇また過去の話は時系列にそっているわけではなく、テーマごとにまとめています😇


総合診療の過去

臨床研修指導海外派遣制度と家庭医構想

どの時点を日本の総合診療の幕開けとするかは諸説あるかもしれませんが、この臨床研修指導海外派遣制度と家庭医構想は大きな流れだったと言えるでしょう😇
今から40年以上前、当時日本医師会の会長だった故 武見太郎先生がプライマリ・ケアを重視しており、国の根幹を担うものだから国が責任をもって整備すべきだ、と厚生省に働きかけたんですね😇なんだか医師会会長らしからぬ振る舞いですね😇😇😇そしてアメリカのように家庭医が日本のプライマリ・ケアを担うという家庭医構想が始まったんですね😇😇
そこで、まずプライマリ・ケアの指導医を養成するために、厚生省がお金をだすことになったんですね。そして臨床研修指導海外派遣制度として医師をアメリカに派遣し、プライマリ・ケアを学ばせる計画がぶち上がったんですね😇
1980年から派遣が始まり、今の総合診療の礎を築いた福井次矢先生(後に京大総合診療部教授、聖路加国際病院院長などを歴任)、伴信太郎先生(名大総合診療部教授など)、木戸友幸先生(大阪医大臨床教育教授、日本プライマリ・ケア学会副会長など)らをはじめとした先生方が海を渡ります。
ところが、医師会会長の武見先生は1982年に会長を退かれ、翌年に亡くなってしまいます。1985年に「家庭医に関する懇談会」が設置され、厚生省を中心に家庭医構想の具体化が進みますが、武見先生の亡き後の医師会はこれに猛反発するんですね😇まあ当たり前ですよね、開業医の団体である医師会は自分たちの立場が脅かされると考えるのも😇そうして家庭医構想は80年代後半には頓挫してしまうんですね😇

3学会の設立と合併、そして分裂

現在総合診療系の学会として最大のものである日本プライマリ・ケア連合学会(JPCA)がありますが、これは3学会が合併してできたものなんですよね。なのでその経緯を説明していこうと思います😇
1978年にそのうちの一つである日本プライマリ・ケア(PC)学会が設立されます。1963年に発足した「実地医家の会」を前身としており、会員は開業医が中心で地域医療を重視していました。PC学会の内部では家庭医療に関心を持つ医師たちがおり、PC学会は各科専門医の寄せ集めではなく、その中心は家庭医であることを学会に働きかけましたが、一部の人たちからは分派活動として警戒されるようになってしまいました😇😇
そこで家庭医志向の医師たちは1986年に家庭医療学研究会を設立し、のちの家庭医療(FM)学会になります。家庭医の養成を主眼とし、生涯学習のためのワークショップやあの家庭医療夏期セミナーや冬期セミナーを開催し、教育に力を入れていました😇😇2006年からは家庭医療専門研修プログラムが始まり、毎年家庭医療専門医が誕生することとなりました。
また、先述の福井次矢先生が中心になり、全国の総合診療科・総合内科(佐賀大学、川崎医科大学などの大学病院の総合診療部に加えて天理よろづ相談所病院や国立東京第二病院などの有力研修病院など)を組織化し、1993年に総合診療研究会をスタートさせました。これがのちの日本総合診療医学会となります。総合診療研究会の関係者は、アメリカと同じ轍を踏まないように、総合診療には「家庭医療」も「総合内科」も含むという認識で一致していたようです😇PC学会やFM学会とは違う寛容さがありますね😇大病院の総合診療科・総合内科が中心となっていましたが、家庭医療よりの先生方もおられたのでしょうね😇
そんな状況の中、利害関係の一致などなど、さまざまな背景がある中で、数年の話し合いの末に2010年に3学会がついに合併し、JPCAが爆誕したんですね😇

ちなみに当時合併後の学会名称は「日本総合医療学会」になりかけていたんですが、PC学会が猛烈に反対し今の学会名に落ち着いたようです😇😇

ところが合併をよく思っていない日本総合診療医学会の一部の会員がJPCAとは別に日本病院総合診療医学会(JSHGM)を設立されました😇

一方、全国に総合診療科(部)が次々と創設され、各科専門医のいる総合病院の中で、プライマリ・ケアに加えて医療機器を使って診断を行う「病院総合診療医(Hospitalist)」の必要性が注目されるようになりました。日本病院総合診療医学会は総合診療医の臨床を深める場になると共に、総合診療医が総合診療に関する領域の研究推進を通して国民の健康増進に貢献することを目的としています。そのためには、テーマをしっかり持った研究を行いながら、総合診療医としての臨床を行っていくことが最重要だと考えています。

こうやって読むと、JPCAとはだいぶ学会の趣旨が違いますね😇分裂したのもまあ頷けますね😇でも研究をしっかりやっていこうという姿勢はJPCAはめちゃくちゃ見習うべきですよね😇😇

総合診療の現在

新専門医制度と日本専門医機構と総合診療専門医

さてさて、本題はここからですよ😇結論からいうと、総合診療専門医を専門医機構が牛耳っているので誠に終わっているという話です😇😇
どのように終わっているのかはJPCAの理事長をされた丸山泉先生の記事を読めば大体は把握できるかと思います😇

まとめると、
・総合診療のことをまったく分かっていない機構の人たちによって総合診療の研修内容が決められた
内科をしっかりやれば優れた総合診療医になれる、総合診療医は大した医者じゃない、内科と救急と小児を学べばよい、などなど、パンチの効いた発言が機構の理事から飛び出していたようですね😇😇

・どのような話し合いをしたのか議事録も残っていない
もうまともな組織のやることじゃないですね😇正式な議事録は出てこず、正規ルートを外れて上記のような話が流れてくる、素晴らしい組織ですね😇

・総合診療専門医をめぐるガバナンスがオワコンだった
上記と被りますが、機構の事務能力が低下し、透明性の担保、情報開示が行われなくなりました。総合診療専攻医には研修を記録するオンライン研修手帳があるんですが、専門研修が始まって2年ほどはそのシステムが構築されず、公開されていませんでした😇😇その他にも研修システムの不備ばかりで専攻医たちは激おこでした😇

あとは
・謎の金を次から次へと払わされる
これいつになったら止まるんですかね😇後出しジャンケンでいくらでもいけちゃいますね😇総合診療専門医検討委員会のトップである我らが生坂先生もなんとか正当化されてますね😇😇😇
https://jbgm.org/menu/検討委員会/#sec_0147332191518012023

他にも色々ありはするんですが、このくらいにしておきましょう😇

そもそもなぜ総合診療のみが機構の直轄になったんでしょう?最初は他領域も機構が取りまとめるという話がありましたよね。それがなぜか総合診療だけ取り残されたんですね😇
一つはJPCAをはじめとする学会が、自分たちが専門医を主導すると主張しなかったからなんでしょうね😇丸山先生も、JSHGMの顔色を伺う必要があり、でしゃばった真似ができなかった、もっと主張していけばよかった、反省しているという趣旨のことをおっしゃってますね😇ここに紆余曲折した過去が効いてきているんですねえ😇
あとは、総合診療専門医を僻地で働かせたいという機構の思惑もあったのでしょう😇😇その証拠に総合診療の研修終了・更新の要件に僻地での勤務というのが含まれています😇😇多様な地域における診療みたいないい感じのことを言ってますけど😇

総合診療専門医の育成は、単純な専門医の育成だけでなく、医療の配分という政治的なものも勝手に背負わされているんですねえ😇😇僻地のことなんか知らんがなという話ですね😇😇😇まあワイは今僻地認定されているところで働いてますけどねえ😇
ちなみに機構さんに聞いてみましたが、絶対に僻地で働かなければいけないわけではないようです😇現時点では😇😇

機構の副理事長から総診プログラム責任者への恐怖の電話事件

機構のヤバさを物語る事件の一つとしてこちらは押さえておきたいですね😇
小耳には挟んでいたんですが、森川先生のツイートで本事件の全貌が明らかになりました😇

  • 副理事長から電話があり、僻地研修をプログラムに入れないとプログラムを不承認にすると言われた

  • 承認権を握られているので反論できなかった

  • 副理事長が自分の気に入らないプログラムを何の断りや連絡もなく非承認にしていた

副理事長やばすぎでしょ😇😇😇これを許す機構のガバナンスはどうなってんの😇
当時界隈では当然かなり騒がれてましたね😇東京の某老舗プログラムも非承認になってましたね😇
森川先生も触れられていますが、界隈で一致団結してそれこそ世論を巻き込むくらいの勢いで騒げばもしかしたら専門医を機構から奪取できたかもしれないし、そうでなくても今の界隈はもっとよくなっていたはずなんですよね😇一枚岩になれない界隈の弱みがここでも効いちゃってますかね😇😇😇

専攻医は増えず…

蓋を開けてみると、新専門医制度開始初年度の総合診療専攻医は180人しかいませんでした😇これは新制度前にJPCAがまとめていた家庭医療専門医研修の人数よりも少ないものでした😇機構は500人くらいを見込んでいたみたいですけどねえ😇😇
初年度は様子見の人が多かったのだろうと鷹を括っていると、次年度はさらに新しい専攻医が少なくなっちゃいました😇😇まあ初期研修医もアホじゃないですからね、そんな不安定な専門医を選ぶと思うほうがアホなのかもしれませんね😇😇
それに危機感をもったJPCAとJSHGMは2019年に機構は無視して独自で総合診療診療専門医の2階建て部分の専門医を作ることで合意し、JPCAは新家庭医療専門医を、病院総合診療医学会は病院総合診療専門医を育成することになりました。

2020年からプログラムがスタートし、すでに2階建て部分の専門医も誕生しています。ただ、総合診療の1年目専攻医の数は結局微増に止まっています😇

日本地域医療学会の爆誕

2022年に日本地域医療学会なるものが爆誕します😇😇😇

この学会が何者なのか、こちらの学会理事長インタビューを読めば概要がわかります😇

全国国民健康保険診療施設協議会、全国自治体病院協議会、全国厚生農業協同組合連合会、日本慢性期医療協会、地域包括ケア病棟協会、日本公的病院精神科協会から構成されていて、それらの団体は地域に多くの病院を有していて、地域における医療を守るための課題を解決するために設立されたものだと。なるほど😇😇😇
そして総合診療専門医の2階建て部分として地域総合診療専門医なるものを育成することになり、実際に2023年からプログラムが始まっています😇
さらに理事長の小野先生は「地域総合診療専門医の育成に注力することで、医師不足地域の問題解決にもつながると考えています」と話されています。
要するに、地域医療学会の最大の目的は地域(≒僻地)に医者を集めることなんですね😇医師の教育は二の次なんでしょう😇総合診療や地域医療を学問的に深めていくといった話もなさそうです😇色々と心配ですね😇
研修基幹病院も公表されていますが、まともな研修ができるとは思えない病院も含まれているんですよねえ😇😇https://www.jach.or.jp/medical-2/地域総合診療専門医-研修基幹施設一覧/

まあ酷いプログラムがあるのは新家庭医療専門医も同じですかね😇😇😇
そして、学会の構成団体の一つである全国国民健康保険診療施設協議会のドンである押淵徹先生のお話も興味深いです😇


https://www.jstage.jst.go.jp/article/iken/28/4/28_28.402/_pdf/-char/ja

これは2019年のお話ですが、そこで「総合診療専門医には責任ある学会は存在しない」とおっしゃっています😇当然仮に責任団体があることを認めてしまうと、
のちに爆誕する地域医療学会の価値を下げてしまうことになりますからねえ😇
😇総合診療はJPCAやJSHGMの手には渡さないぞという意思表示にもみえますね😇意図はわかりませんが(?)、地域医療学会の爆誕が結果的に総合診療を分断する形になってしまったのは非常に残念ですねえ😇😇
ただ、総合診療の3学会は敵対せずに協力する姿勢を示していますね😇

https://www.m3.com/news/iryoishin/1139470

総合診療の未来

ここでは総合診療の未来のためにどうしていくべきなのか、ワイが独断と偏見でお気持ちを語っていきます😇😇

結論から行くと、ワイは二つの選択肢があると思っています😇すなわち、総合診療専門医を専門医機構から総合診療の学会へ強奪するか、それとも専門医機構を学会色で染めていく、侵食していくかですね😇
どちらの選択肢をとるにしても、JPCAとJSHGMが合併しなくてはなりません😇😇😇
前述しましたが、JPCAもJSHGMの手前、機構に対して強い物言いができなかったんですね😇それが機構の暴走を許した一因となったのでした😇この総合診療界隈の混沌とした状態を乗り越えるためには、しょうもないことで歪みあっている場合ではありません😇「総合内科は総合診療ではない」かどうかとか、「総合診療のベースは家庭医療学である」かどうかとかは合併してから好きなだけ議論すればいいんですよ😇😇😇
あと、総合診療を検討してくれている学生や研修医にとっても、バラバラで混沌としているより、一致団結して安定している界隈の方がいいですよね😇😇
実際二つの学会は敵対する関係ではなく、最近は二つの学会の若手医師により合同のキャリアサポートgenelinkが発足しました😇

ただ、学会レベルでは合併という話はぜんぜんといった感じです😇

会見では、3学会の合併を問う質問も出た。日本プライマリ・ケア連合学会は、日本プライマリ・ケア学会日本家庭医療学会日本総合診療医学会が合併して2010年4月に誕生した経緯がある。(JPCA理事長)草場氏は、「一度、日本プライマリ・ケア連合学会ができて、またその中からいろいろな形で分かれてきながら進んできたところ。今後の協働の進展の中で考えていく話だと思っている」と回答。(JSHGM理事長)田妻氏は、「学問は分化をしていくものだ。その歴史的経緯があって今に至っている。それを無理に逆行するのは生産的ではないのではないか。もっとも、学びを共有する場を持つことはとても大切であり、その機能を共有することはあり得ると思う」と答えた。 (地域医療学会理事長)小野氏は、「今は総合診療に関する3つの場があり、お互いに重なる。これまでお互いに分からない部分もあったが、今後、実務的な話をしていく中で重なる部分を大きくしていく。ただこれが全く一つになるのはかなり時間がかかり、100%そうなるとも思えない」とコメントした。

いやーこれはきついっすね😇😇やはり学会には新しい風が必要なんですかね😇
仮に二つの学会が合併したとして、地域医療学会はどうなるの?という問題がありますね😇ほんとは全てまとめた方がいいんでしょうが、設立経緯や学会の目的があまりにも二つの学会とは違いすぎるんですよね😇😇ここをどうすべきなのかはワイもよくわかりません😇

仮に2つ、もしくは3つの学会がまとまっても総合診療専門医を機構から強奪できるかはわかりませんし、できない可能性も高いでしょう、政治利用もされてますから😇
ただ、発言権は絶対に大きくなりますよね。他学会がなくなったら他学会を気にして発言を控えるなんてこともなくなりますし😇すなわち機構を侵食していくことは可能かもしれない😇現在の総合診療専門医検討委員会のメンバーをみても、二つの学会で活躍されている先生方もそれなりにいらっしゃいます😇彼らにどれくらいの影響力があるのかはわかりませんが、総合診療の研修がすこしでもよくなるように頑張っていただきたいです😇

https://jbgm.org/menu/検討委員会/#sec_1147333191518012023


まとめ

ということで、総合診療の過去、現在、未来について語ってきました。総合診療界隈はもともと混沌としてきた過去がある、現在も専門医機構のオワコン具合や地域医療学会の爆誕によりさらに混沌としてきている、未来の総合診療をさらに良くしていくためには学会がまとまり、総合診療研修のシステムをさらに良いものに変えていく必要がある、というお話でした😇
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました😇生中2杯飲んだ後に書いた影響もあり?かなりの駄文になっている気もします😇
このnoteが、皆さんが総合診療について考えを深め、意見を出し合い、良いものにしていくきっかけとなれば嬉しいです😇

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