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半径500mのひとり旅。わたしが初めてカモメに乗った日

大人になったらしたいことの一つに、「一人旅」があった。
家族旅行も友達との卒業旅行も、主体的に企画したことが一度もない。いつも他人任せで感謝しつつ、一人でフラッと旅する身軽さに漠然と憧れていた。とはいえ、一人旅の代名詞っぽいゲストハウスに泊まる勇気もないし、情熱的に行きたい場所もない。宿や交通手段を調べるのが面倒で、ただ頭の中の妄想にとどまっていた。

そして、コロナ禍である。「旅行に行けない」大義名分を獲得したわたしは一人旅への憧れはいずこ、ツイッターを眺め無料漫画を読み漁り、アマプラで映画やアニメを観ながら日々ダラダラ過ごしていた。

「あ、」

そんな中で出会ったのが、北欧、暮らしの道具店のレジャーシートだ。「のんびり旅するカモメ柄」というネーミングも、大人可愛いデザインも、全てがツボで一瞬で心奪われた。アプリ機能でお気に入り登録し、それから毎夜そのレジャーシートのことを考えるようになった。

ああ、レジャーシート!
なんて心躍る響きだろう。旅に行けなくてもピクニックに行けばいいのだ。完全に盲点だった。公園へのピクニックくらいなら、小心者で怠惰なわたしでも行けるかもしれない。

落ち着いたチャコールグレーの生地に、絶妙なバランスであしらわれている白いカモメ柄。大人っぽさと可愛さのバランスが最高だった。そして何より、肩掛けできるところ!問答無用に可愛い。肩掛けしている姿を妄想して思わずニヤニヤしてしまう。ああ、素敵。この姿で外を歩きたい。

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(写真は公式サイトから拝借)

しかも大人3人くらいなら余裕で座れるみたいだ。友達とピクニックの話が出たら「わたし、レジャーシート持ってるよ!可愛いやつ!」と言える優越感。「わぁ、それレジャーシートだったの!?」「可愛い〜〜」いいでしょう、いいでしょう。毎夜商品画面を眺め、そんな妄想を繰り返していた。

だがしかしこのレジャーシート、5000円する。かなりしっかりした生地で大判サイズだから、仕方ないのかもしれない。でも、たかがレジャーシートに5000円も払う…?はっきり言ってレジャーシートなんて、その辺の100円ショップでも買えてしまう。

熱に浮かされながらもどこか冷静な自分が、購入を迷わせていた。夜中の買い物は冷静さを欠きやすい。朝にも昼にも考えてみた。レジャーシートがなくても生活は回る。それに、買っても年に何回使うのだろう。一緒にピクニックに行くような友達も多くはない…。カートに入れてから1週間が経っていた。

「え、そんな気になるなら買えばいいじゃん。」

それとなく相談してみると、友達にぽんっとそう言われた。「レジャーシートなんて使わなくない?」と言われると思っていたので拍子抜けした。そうか、気になるなら買えばいいのか。途端に、これまで悩んでいた自分がアホに思えた。

5000円なんて、ちょっと良い飲み会1回分と思えばなんてことはない。100円ショップのペラペラなビニール素材にはないロマンを、わたしは買いたかったんだ。

購入してから数日、悩んでいた時間が嘘みたいにあっさり商品が届いた。そして天気予報とにらめっこしながら先日ついに、近所の公園へ向かった。温かく甘い紅茶を入れた水筒とお気に入りの本を携え、もちろん、レジャーシートを肩に掛けた姿で。肩に感じる少しずっしりした重さが、これが妄想ではなく現実なんだと教えてくれた。

広い公園には家族連れやカップルがたくさんいて、一人で入るのはちょっと尻込みした。おそるおそる間を横切り良さげな場所を見つけ、レジャーシートを広げてみた。試しに家で広げたのとは違う、あるべき場所に正しくある感じがした。少しかすれた白いカモメの印刷を手でなぞり、そっと頬をつけ寝そべってみた。布目素材のほんの少しざらっとした感触が、不思議と肌に馴染む。

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微かに香る塩化ビニルの匂いとしっかりした手触りが、どこか頼もしさを感じさせた。あなたに何年でもお供しますよ、と言ってくれているようだった。厚手だから荷物や石を四方に置かなくても、全く風でめくれることがない安心感。畳む手順も生地にプリントしてあり、何も考えずに広げて焦ることなく畳める。

家から500m先の原っぱに敷いた180cm×135cmの四角形が、わたしの最初の一人旅の場所になった。身長160cmのわたしでもゆったり足を伸ばせる。寝転びながら本を読み、たまにお腹に本を置いてのんびり空を眺める。雲が流れるのをゆったり見るなんていつぶりだろう。子ども特有の甲高いはしゃぎ声や、ザァッと風で落ち葉が舞う音が聞こえる。いつも聞いていないだけで、世の中にはいろんな音が溢れているのだと知った。

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たかがレジャーシート、されどレジャーシート。

あの日、旅するカモメに乗ってわたしもたしかに旅へ出た。それは決して遠い世界ではないが、日常の奥深さを味わせてくれる旅だ。わたしはレジャーシートと一緒に、旅に一歩踏み出す勇気も手に入れていた。旅するカモメ柄のレジャーシートは、間違いなく、2020年買ってよかったものの一つだ。



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