もも
「もうやめちゃいなよ、そんな人生」
頭痛と喉の渇きで目が覚めた。また昨日の記憶をどこかに落としてきたみたいだった。覚えていたのは昨日最後に接客したよく知らないおっさんのその言葉だった。あんたにわたしのなにがわかるんだ、ハゲちらかしちまいな。なんてさすがに言いすぎだと思ったから優しいあたしはそんなこと言わなかった。たぶん。
この間、うっかり抱いた彼は元気かしらなんて考えながら、冷蔵庫を開けて炭酸水で水分補給した。
今日は働いているバーの店休日だった。だからきのうあんなに飲んだんだ。
ケータイを見てみると、いくつか連絡が来ていた。バーのママからの連絡事項と、よく覚えてない客からの着信履歴、酔っ払いからのどうでもいいLINE。
それと、妹からの連絡だった。
「パパの具合がよくないんだって。お兄ちゃん、ちょっと帰ってきたら」
あたしの実家は関東で、べつに都内から遠いってわけじゃなかった。でも、やっぱり田舎で、あたしがなじめないのは当然だった。母や妹は、理解があったけれど、父はわたしのことをよく知らないまま、いつのまにか家を出て、いつのまにか母と離婚していた。
「そうなの、じゃあ次の休みに顔だすね」
そう返信してケータイを放った。
なんだかすっごくやるせない気持ちになったから、もう今日は昼間から飲み倒してやろうと思った。
シャワーを浴びて、ちゃんとパックしてから化粧をして新宿に繰り出した。いつも行くバーが開店するにはまだ早いから、とりあえず伊勢丹でコスメでもみて時間をつぶすことにした。
平日だからカウンターは空いていた。香水が切れかけていたことを思い出して、お目当てのブランドへ入ると可愛い若い女の子がきらきらした笑顔で接客してくれて、素敵な香水を買えた。サンプルもたくさんくれた。
うきうきして伊勢丹を出るとそとはもう薄暗くなっていたので、いつも行く定食屋にむかう。
「あれ、ももちゃん今日はひとりなの」
おばちゃんが元気にそう声をかけてくる。
「そうなのよ、たまにはひとりを楽しまなくちゃ」
そう言ってとりあえず瓶ビールと餃子を頼んだ。
タバコに火をつけ、カウンター上にあるテレビを見ると、この間寝た若手俳優のスキャンダルがワイドショーで流れていた。
あらあら、バレちゃったんだ、もっと上手にできなかったのかしら。
ケータイに来るつまらない連絡を適当に返して、SNSを適当に見て、ビールを飲んで餃子をつまむ。
くだらないワイドショー、雑談、ホストと客のありがちな会話。うるさいおじさんたちの世間話。
そんな雑音をBGMにしながら飲む時間が好き。あたしはこんなんだし、自分が何者にもなれないことも知っている。
だけど、酒と餃子がおいしかったら、毎日生き延びることができる。
そんなもんなんだよ、人生なんて。わざわざ自分で辞める必要なんかない。みんなそうなんだから。
「おばちゃん、瓶ビールもう1本と、レバニラとあとザーサイもちょうだい!」
おわり
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