50歳になったら 2


夕方にあいつと新宿の駅前で待ち合わせした。わたしはわざと、すこし遅めに家を出て、すこしだけ、遅れていった。それは昔から、彼にだけそうしていたことだった。とくに理由はなかった。

待ち合わせ場所にいたあいつのことは、すぐにわかった。
会わなくなって20年経っていたけど、なんとなくわかるものだ。
近くにおそるおそる近寄って声をかける。

「だいちゃん・・?ひさしぶり。」

なにも言葉を交わさずに歩き出すところも変わってない。歩きながら、行先をきめる。

「飲むー?」

「うん、いいよ。昔より、飲めなくなっちゃったけど」

そういってわたしたちは、その昔ふたりでよく行っていたオリエンタル居酒屋へ入った。

「なつかしいね、ここ」

「ね、まだあると思ってなかった。元気だった?」

だいちゃんは、数年ぶりに会うのに何にも変わらない軽い感じでそんなことを聞いてきた。

「元気・・・っていうとさ、この年になるといろいろ・・・とりあえずビールかな。だいちゃんは?」

メニューを渡して、彼を見る。

わたしを捉えた彼の目は、昔と変わっていなかった。ちゃんと、こっち見てるのかわからない目。体はなんだかすこし小さくなっていたけれど、わたしが大好きだったあの髭は、変わってなかった。

「んー、まあまあかなー・・・すいませーん」

彼は店員にビールと軽いつまみを頼んで、メニューを置いた。

ビールが来るまでそわそわしてしまう。最近また吸い始めたタバコに火をつけた。

「あれ、タバコ吸うんだ。」

「うん、また吸い始めた。ごめん、嫌だった?」

絶対嫌なんて言わないのだろうと思うけどそう言ってみる。なにせ20年も会っていない。もうそれは、わたしからしたら知らない人だ。もともと、よく知らないけど。

「いいよ。俺はやめたけどね」

「なんで?」

「子供できてから辞めてもう吸ってない」

「へー、そうなんだ。真面目じゃん」

平気なふりをしてそんな風に答えているけど、すこし動揺する。

変な空気が気持ち悪い。昔からそうだったな。思い出してきた。

そうしていると、若くて威勢のいい店員がビールをふたつ持ってきてくれた。この店は、相変わらず若者が多いな。

「おつかれさま」

そういって乾杯する。

「ねえ、なんで急に連絡くれたの?」

わたしは気になっていたことをすぐに聞きたいから、すぐに聞いてしまった。

「いや、どうしてるかと思って」

「うそ、それだけじゃないでしょ」

「引っ越してさ、昔のケータイ見つけて、見てたら思い出して」

「うん」

じっと彼を見つめる。この人は、大事なことをいつもちゃんと言わないし、言わなくてもわかると思うタイプの男だ。変わってないんだなあ。

「離婚したってこと?」

「そう。」

わたしはもうそんなに子供じゃないから、彼の変わらない誘導的な会話の核心を突くことができた。

「そうなんだ・・・なんで?って聞いてもしょうがないよね」

「そっちはどうなの」

彼はぜったいにわたしの名前を呼ばないのだった。知らないのかな、名前。

「別れてないよ」

そういうと彼がすこしびっくりした顔をする。

「そうなんだ。幸せ?」

「うーん、どうだろう。別れてないけど、正確に言ったら、未亡人になったんだよね。ほら、旦那年上だったし」

彼はなにも言わなかった。

もうすべての空気が気まずすぎて、トイレに寄ってから帰ると言おうと思った。

「ちょっとトイレ行ってくるね。」

ビールがもう空くところで、わたしはトイレに立った。

トイレに行って席に戻る前に威勢のいい店員にお会計をお願いした。

「だいちゃん、ごめんわたし、お店開けなきゃいけないから」

彼はなんにも聞かずにただ付いてきた。わたしは、なんでこんな男に何年も執着したんだろうと思いながら、自分の経営している飲み屋を開けて、だいちゃんに酒を注いであげて、ボトルもサービスしてあげた。


おわり



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