野球賭博からアメリカの変化をみる

どこまで真実が明るみに出てくるか、という点はどうにかしたってあたかもピート・ローズの一幕を思い出すというか。

大谷翔平、水原一平氏の違法賭博問題で記者会見へ「正しいこと」ロバーツ監督は覚悟に敬意(日刊スポーツ)

日本球界では神と見まごう扱いをされてきた大谷翔平の通訳であった水原一平のスキャンダルで日本は沸いている。
大谷翔平の友達のようにすら描かれてきた通訳、水原の野球賭博には誰もが驚くことになり、なにより多くの人が強くバッシングするより傷付いていることが彼らと取り巻いてきたメディアの関係性の現れとして出てきている。

このスキャンダルに関しては現状多くの争点が重なっており、本当に水原が行ったのか、本来は大谷が行い水原がスケープゴートにされたのではないか、といった多くの疑惑が上がっては消えているのだが、まあそれは今語れるところでもないだろう。
我々は傍観者として成り行きを見守るしかできない。

しかしながらMLBの態度がこれほど強いのはやはり賭博というものに対して多く辛酸をなめてきたMLB界であることを思わせる。そのあたりを少し掘り下げていこう。

1,シカゴ・ホワイトソックスとマフィアの影

賭博とスポーツにはどうしても組織の影が付きまとう。
日本でも黒い霧事件において多くのブックメーカーとその背景にいるヤクザの存在が八百長へと発展していき、西鉄ライオンズが崩壊するほどの影響を与えたのは少し野球史に詳しい方なら知るところだろう。その強烈な取り締まりは野球そのものではなくオートレースに関わった選手にも影響。小川健太郎や桑田武といった球史に名を遺す選手が関与したとして出場停止処分や永久追放などに至っている。

スポーツや興業にギャング的組織が関わる。これは現代の価値観では否定するべきところであろうが多くのスポーツ史を開けば関わっていることは多く、そういった反社会的勢力の存在が時代によって必要だったことを示唆している。
社会の大きなうねりの中で必要とされなくなっていった、必要としていなかったものの切り離しに成功した、というほうが正しく健全化された今のほうが異常、とは言わずとも多くの人々がこの現実を目指してきたからこその今なのである。

そうなるとアメリカの野球にもそういったものがあったのか、と言われたらやはりあった。
特に1900年代初頭にアメリカでも大都市にあったシカゴでは多くのマフィアが台頭してきたことは映画や歴史が好きな人はご存じであろう。まさにアル・カポネの時代にもメジャーリーグはあったのだ。
そのアル・カポネですらシカゴ・カブスの名捕手であったギャビー・ハートネットにサインをねだったという伝説が残るほどなのでシカゴのギャングと野球は決して遠いものでもなかったのだ。

2,ブラックソックススキャンダル

そういう意味では1919年のワールドシリーズで起きた通称ブラックソックス事件というのは起こるべくして起こった事件でもあった。
オーナー、チャールズ・コミスキーの行き過ぎたチームへの賃金カットがシカゴ・ホワイトソックスの選手たちを八百長へと追い詰めたのであった。
八百長を行うという事はどこかで賭博が起きている。野球というスポーツの賭博は大抵勝敗ではなく何点差で勝利するか、誰がどういう成績を出すかといったことが賭けの対象に入ってくるから選手一人ひとりが協力しなければ八百長は成立しないのだ。

最初に手を染めたのがファーストのチック・ギャンディルだったと言われている。そこに四番打者であったシューレス・ジョー・ジャクソン、ナックルボーラーとしてすでに200勝を挙げていたベテランのエディ・シーコット、本塁打争いの常連であったハッピー・フェルシュなど8人が関わり大騒動へ発展していく。

勿論彼らが八百長に手を出した背景には勿論低賃金やユニフォームをクリーニングにも出してもらえなかったという実情もあっただろうが、同じくらいにオーナー、コミスキーのやりすぎた低コスト体制に対する反感というものも強かっただろう。事実ジョー・ジャクソンなどはプレー内容からいまだに八百長を行っていたのか疑惑があるほどだ。
1912年のデトロイト・タイガースにおけるボイコットなどもあってコミスキーの体制が明るみになれば最後は世間も同情的になる、という考えも少しはあったのではないか、とも筆者は思う。でなければ知名度的に安泰なシーコットやジャクソンが絡む余地というのはあまり大きいものではないからだ。
特にシーコットなどは現役も終盤であり、そののち自動車のフォードで働いたりイチゴ農家をしたりして真っ当な人生を送っている。映画フィールド・オブ・ドリームスでムーンライト・グラハムに頭部死球を投げた男からは想像もつかないほど勤勉で穏やかな生活を営んでいる。いくら今ほど穏やかではない、荒っぽかった野球界においてもこのような人物像からは八百長とは想像しがたい。

いかにせよ、チック・ギャンディルを中心に大がかりな八百長が起きたのが原因でここから1930年代に入るまで多くの八百長スキャンダルが起きては消えている。かのタイ・カッブですら八百長疑惑がのしかかったほどだ。

このブラックソックス事件のMLBにおける存在はすさまじい。
まだウィリー・キーラーなどの激しく、今では想像つかないほど荒々しいプレーの多くありながらもそれは決して球場内での話で終わっていたメジャーが初めて球場の外で起きたスキャンダルであり、それは司法や社会を巻き込んでいくことになる。
この真っ黒な時代に飛び込んできたのがベーブ・ルースと禁酒法であり、世紀の大打者と悪法の登場によって野球もギャングたちもあり方を変えていくのだがそれは割愛。そうでなくとも単一民族ではなく、ヨーロッパからですら多くの民族が交わるアメリカで、信奉していたキリスト教の概念がどんどんと崩壊していき、カルヴァン主義もあいなってアメリカのモラルが大きく変わっていく時代に起きた事件でもあったのだ。

3,1980年代に掘り返される野球賭博

過去でも賭博に関係する言及は激しい。
例えば1983年コミッショナー、ボウイ・キューンのミッキー・マントル、ウィリー・メイズがカジノで働いていたことに対して永久追放処分を課したこともある。これはコミッショナーがピーター・ユベロスに変わった際に元に戻ったのだが1919年から半世紀経った時代ですら反応があることに驚きだ。
そしてなによりピート・ローズの野球賭博は必ず出てくるだろう。

1989年、シンシナティ・レッズで監督をしていたピート・ローズがMLBから急に追放処分を受けたのはもう覚えている人も少ないかもしれない。
監督の時野球賭博に関わっていると判断されたローズが更迭された形だ。「いつも私のチーム(シンシナティ・レッズ)に賭けていた」とユーモラスとも世間を馬鹿にしているともとれる言葉と共に関与を認めている。
そこで終われば2015年、コミッショナーロブ・マンフレッドの時期に復権の可能性はあったものの、再調査の段階で選手時代からも賭博をしていた可能性が浮上。親しい選手らもそれを否定する要素もなく彼の球界復帰はなくなってしまった。
この頃にもなると「賭け事やめられないピートおじさん」「失うものがないから何を言ってもいい人」「なぜかWWE殿堂入りしている謎の人」のような人物になっており、マスメディアでの扱いも「大記録を打ち立てているが色々あってなかった事にされている人」扱いで取材をしていたりする。
イチローが日米通算で安打記録を塗り替える瞬間のコメントなどは誰もが
「いけしゃあしゃあとなにを」「お前がきな臭くなかったらこんなことにはなってない」
と苦笑いしながら思わずにはいられなかったであろう。
かろうじてシンシナティ・レッズが彼をチーム殿堂入りにすることでメジャーのレジェンドとしての体裁を保っている形だ。個人的にはこういういびつな立場関係があるからアメリカの野球は面白いと思っていたりする。

ここでローズの是非は問うものではない。
不信感を募れば成績全てを否定することにもなり、ことさら全てを信用できるような男でもない。うさんくさいピートおじさん、という今の環境がちょうどいいと考えるからだ。伝説にしても、落ちぶれた英雄にしてもピート・ローズの良さは失われるように思うのは私がシンシナティ・レッズのファンだからであろうか。

どちらにせよ1980年代における一大スキャンダルとして扱われたローズの野球賭博は1910年代のマフィアとの関係性を思い出させるようなものであった。考えてみればそのブラックソックス事件の被害者とも呼べる相手チームがシンシナティ・レッズであったことを思えば感慨深い。
結果八百長までには至らなかったが、未だにローズの成績に疑惑を持たれるのはこの賭博が原因に他ならない。賭博をするに至って通算成績の信用を失うといった悲しい連鎖に襲われているのがなんともしがたい。
だからこそ妙なプロデュース力を使ってWWE殿堂入りに至るのは改めてピート・ローズが悪人というよりは「うさんくさいやつ」という評価に拍車をかけてしまっているのだが。

MLBはそういう事も含めてかなり賭博に関して厳しく取り締まるのだ。

4,選手の扱いは時代の変化の象徴に

日本でも2015年における巨人の選手たちが野球賭博を行っていたことが原因で永久追放に近い処分を下されたのは記憶に新しい。ある意味で平成に至るまでプロ野球をリードし続けていた読売ジャイアンツという大きな金字塔が音を立てて崩れていく瞬間でもあった。
2010年代後半は巨人そのものが成績を落とした時期でもあったが、そこにこのスキャンダルも関係しているであろう。そうでなくてもパリーグでは福岡ソフトバンクホークスが力を本格的につけ、北海道日本ハムファイターズでは大谷翔平という新しいヒーローが生まれていた。現在ファイターズで監督をしている新庄剛志が放った「時代は今パリーグです」が実現する段階まで来ていた。
そこに巨人がスキャンダルを起こし、この事件は「旧来のプロ野球の象徴」のような古き巨木のように扱われてしまった。ここで巨人を中心に構成していたセリーグの落ち込み具合は記憶しているファンも多いだろう。やっとヤクルト、阪神が日本一になることでパリーグとの均衡を取り戻しつつある。

最早スポーツは過去のように「ケツモチ」なしで成り立たないものではなくなりつつあり、それに伴ってスポーツの健全化は一気に進んでいる。1910年代のブラックソックス事件のようなマフィアが暗躍し、そこに選手が主張の如何関係なく乗っかる時代は、少なくとも日本では終焉を迎えた。
その中で起きた今回の事件。
私は「ピート・ローズ野球賭博事件の再現みたいなことになっている」と歴史の傍観者としての見物人、いや、野次馬として見守っているが今後どういう位置に落ち着くのだろうか。
そうでなくてもバウアーやウリアスのような、過去の犯罪やマイナス要素を許さなくなっていったMLB(というよりはアメリカ)。そこにアメリカの社会を垣間見る瞬間がきっと訪れるだろう。
それは我々が目で追えない時代の変化をはっきりと目撃する瞬間でもある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?