熱中できるものや目標がない、それって「惨め」?
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熱中できるものや目標がない、それって「惨め」?

<熱中できるものや目標がない、それって「惨め」?>


私は、高校卒業までの18年間、趣味もなく、心から真剣に熱中できるものもなく、目標や夢も考えても考えてもわからず、

でもなぜか
「長年熱中できて、深い仲間と目指す目標もある、そういうもの」
を見つけないといけない、そう焦って生きていました。


でも、自分が何かに手を出してみても、飽きて中途半端に終えるか、一度失敗したら怖くなってやめる。


「自分は臆病で、何をやっても馴染めなくて、好きなこともわからず、熱く仲間と何かを目指すこともできない人間なんだ。」


そんな風に、何かをやめるたびに自分を苦しめていました。


そんな小、中、高校を過ごしてしまった。理想と現実のギャップが苦しかった。それでも、自分の好きになれることを見つける行動は諦められない。

このまま何が本気で好きになれるかもわからず、同じ夢を持てる仲間もできずに死ぬなのなんて嫌だった。
いやというか、自分が惨めでたまらなかった。惨めだと思っていた。

惨めっていう感情が、自分の内側で常に突き刺さっているのは、
本当につらいことです。

でもその感情の手放しかたがわからなかった。

「長年熱中できて、深い仲間と目指す目標もある、そういうもの」
を見つけたら、消えてくれる感情なんじゃないかと信じていました。


<「惨め」の感情から抜け出せなかった私ができることは、似た境遇で苦しむ子の「惨め」の感情を受け入れることかもしれない>


だから、大学受験は絶対、分野の隔たりなくいろんな学のつまみ食いができそうなところにしたくて、
ICUやSFCという大学に憧れ、死ぬほど自分を見つめ直して、SFC一本で受け、受かりました。

志望理由は、「親の都合で、母国以外に住むことになった子供達のメンタルケアができる制度や、仕組みをつくりたい。」でした。


私は7歳から9歳まで通った現地校で本当に学校に行きたくなかった。言葉もわからず、アジア系という見た目だけで差別を受けてとことん自信を持てなくなった私には、仲良くしてくれる子にさえ申し訳ない気持ちがあった。
日本に帰国して、今度は帰国子女うざいっていじめられて、言葉は通じるのに、見た目は似ているのに、ここでも私はダメなんだって、また惨めになって、どうしたらいいかわからなくなった。


何か共通の好きなことや趣味やスポーツがあったら、仲間ができるのかなあと思って、思い切ってスポーツを部活で始めました。
そしたら、一緒に頑張れる仲間ができて、本当に嬉しかった。楽しかった。頑張った。

単純かもしれないけど、それが家と学校しかない私にとって、スポーツを仲間と熱中している時間が全てでした。

でも、中学に上がって、顧問が厳しくなって、一度怒られただけで、このままいつも怒られ続けるならそんな部活はいやだ!とすぐにやめてしまいました。またまた強烈な「惨め」との再会。。。


でも受験を決めた時、私は、
熱中できるものがないことや、仲間がいないこと、目標がないこと、いじめられること、居場所がないこと、
そして「惨め」の感情が自分を苦しめてしまうその気持ちがわかるからこそ、できることがあるんじゃないかと信じていました。


そして、志望理由で幾度か記載した
「アイデンティティークライシス」をテーマ軸に置きながら、

大学では自分の好きを見つける行動を続けようとしました。


でも、大学に入ってから、制度や仕組みを作るって手段だよなと思いました。
私ができることは、自分の過去と似た境遇の中で、自分を「惨め」だと自らを苦しめてしまい、ループから抜け出せない子供達の感情を、まずは「受け入れる」こと。理解してあげられるなんて偉そうなことは言いたくないけど、まずはそういうところから始めないとな、と考えました。


<ないから欲しい、そんな、ないものねだりでよかった>


そうして大学でいろんな人と出会いながら過ごしているうちに、
自分の中で、「輝いて見える人」が具体化されていることに気がついた時がありました。


それは、ものづくりを楽しんでいる人。


私は「心」という目に見えないものに集中して過ごしていたから、

ものづくりの「形」にしていこうとするプロセスが、
形にしようとする人たちが、
とてつもなく異端で、カッコよく目に映りました。


ちょうどそのタイミングで出会ったのが、今私が愛してやまない、ドローンでした。


きっかけは、イベントを運営する際にドローンサークルに依頼した、
ドローンの体験会です。

海外からの入学生に、大学の魅力を紹介するイベント運営をする際、学内のドローンサークルに飛行体験ができないかをお願いしました。
そして、参加者に混ざり、私も体験させてもらいました。

「なんじゃこれえええ!?」
スティックを内側に倒すと、勢い良くブンブンと回るプロペラ。
上に倒すと、簡単に空を飛ぶ白い物体。
カメラからの映像を手元のiphoneから見ると、小さく写る自分の姿が。


「これ、自分が空飛んでるのと一緒じゃん。私、空飛べるじゃん!」
次の日には、ドローンサークルに入っていました。


当時のドローンサークルKARTは、私が体験したような空撮がメインではなく、レーシングドローンが主な活動内容でした。
当時の代表、高宮さんが自作機を時速100km以上(!)でゲートの中を飛ばす練習を見学した時の感想は、、、「すごすぎてなにやってるのかよくわからない」。

その時は「超人だな〜」くらいの感想しかなく、あまりレースドローンには関心がありませんでした。

レースより、自分が飛んで(飛ばして)撮った空の映像が形として残る、
それを他の人にも見てもらえる、

そんな、憧れのものづくりに似た要素のある、空撮を楽しんでいました。


この時はまだ、ドローンがこの先、

自分の「惨め」の感情を忘れるくらい、

素敵な出会いと体験をさせてくれて、
人生の軸になるなんて、まだ思ってもいませんでした。


<探してるだけじゃ、意味ない?>


ある日、キャンパスで高宮さんと遭遇し、話していた時のこと。確か、いろんなことに手を出して1年目は過ごしたい、とお話していた時に言われた一言。

「いろいろやってみるのもいいけど、いつかは一つに絞るのがいいよ」

そっか。私、このままじゃ変わらないじゃん。

でも、まだ何に絞ったらいいかわからない。


絞れるほど今の選択肢に自信がない。

その日からずっとその言葉が胸の中にありました。


<ドローンに絞った理由は、求められる「価値」がついたから>


空撮を続けて1年ほど経った頃。大学のOBOGの方からご縁があり、長野県の古民家を空撮するお仕事をいただきました。

自分の撮影が、求められている。よろこんでもらえる。

自分も最高に楽しい。なにこれ、幸せ。


それから、積極的にいろんな場所に旅して空撮をし、
見た人から求められてまた空撮をする、ということをしていました。

私がドローンを飛ばして、撮影をして、誰かが喜んで、私も楽しい。


どんどん自信がついた私は、いつしか「ドローン」という選択肢にも自信を持ち始めていました。

そのうち、飛ばして撮るだけじゃ物足りなくなって、もっとドローンのこと知りたい。と考えていたところ、


なんなら作れるようになったら面白いんじゃないか!?てか、飛ばすだけより、作れるとか、強くない!?

レースドローンをされている武田先生との会話が増えました。


「ドローンをやっていくなら作れるようにもなろうよ」

「いろいろやってみるのもいいけど、いつかは一つに絞るのがいいよ」


よし、今だーーー!!ドローンに絞るぞー!!

そうして、武田先生の研究室に入りました。


<助けられて、助けて、頼って、頼られて、仲間になる>


入ってすぐにレース機の製作を教えていただきました。

その時は、レースというより、ドローンを形として作るという部分に興味がありましたが、

自分で一から作った機体を飛ばしてみると、難しい分、飛ばすたびにどんどん課題が現れて、一つ一つこなしていくのが本当に楽しく、自作機の飛行にはまっていきました。

そして、初飛行から3週間もたたないうちにレースへ出場し、そもそも出番で飛びもしなかったり、一周もできなかったり。

でも、いろんなレーサーの方が、初対面にもかかわらず、自分のことのように助けてくれました。その時は悔しさより、また次は今回よりも成長して、助けてくれた人たちにいつか追いついて、一緒に楽しめるようになりたいな。という気持ちが大きかったです。


今でも、助けられてばかりだし、頼ってばかりだけど。


続けているうちに、心から信頼できて一緒に熱中して、目標を持って頑張れる仲間が、一人できた。


少しずつだけど、自分も新たに「始めたい!」という人たちを助ける知識ができたし、頼ってもらえるのが嬉しい。

チームも、メンバーとスポンサーさんのおかげで、少しづつ、でも着実に力をつけてきている。


本当に少しずつの積み重ねかもしれないけど、
今になっては、あんなに自分を苦しめていた「惨め」がお留守です。

失敗もできる。大切な仲間もいる。いいことがあったら、本気で喜ぶ時は一人じゃない。悲しむのも一人じゃない。仲間が助けてくれる、また「惨め」と再会しても。


今まで、私に関わってきてくださった全てに人が影響して今に至るので、その人にとっては些細なことかもしれないけど、
私にとっては大きなことだから、あの時はありがとうと伝えたいです。


<些細なきっかけにもならないかもしれないけど、やってみたいこと>


私は、もしかしたら、
自分の好きになれることを見つけたかったんじゃなくて、自分「を」好きになれることを見つけたかったのかもしれません。

いや多分そうなんだと思います。言葉にするのがなんか恥ずかしいけど。


小さい頃から私は、なにかに没頭して、家族と、仲間と一緒に目標に本気で生きている人が輝いて見えて、羨ましかった。


ここまで読んでくださった方には、部分部分でも伝わるかもしれないけど、家族や仲間で何か共通の趣味があったり、没頭できたり、喜んだり悲しんだりできるって、当たり前なのかな?


私にとっては、それはすごーーーーーーく尊くて、当たり前にあるものじゃないから、だから大事にしたい。


だから、
ドローンを作る、飛ばす、レースで競う
ただそれだけかもしれないけど、

それを子供たちや親子に知ってもらう、体験してもらうことによって、

親子で熱中できるものができる、
仲間ができる、
悔しい、嬉しいの感情が爆発して「惨め」の感情を忘れるくらい、
大切な人と好きなことを楽しんで、
子供達には素敵な日々を過ごしてほしい。


私は、やっと4年目にして、

ー 志望理由で幾度か記載した「アイデンティティークライシス」をテーマ軸に置きながら、大学では自分の好きを見つける

の答えの一部が、うっすら見えてきたのかなあと感じています。


<最後に>



やけにドローンドローンって言ってる人も、
何かのブランドに所属していたい人も、お金が価値のすべてだといっている人も、不登校は不幸じゃないって発信している人も、メンヘラな恋愛も、宗教信者も、何も自分には自分を現すキーワードがないと思っている人も。

どんな人も、一度はみんな自分の中の「惨め」と戦ってる、のかな。

戦い続けている人もいれば、手放した人もいると思う。


そう思うから、何かに没頭したり、熱中している人がいても、

おかしいぞとか、変だとか、そんな変な趣味やめろとか、
軽々しく言わない。

対象自体に注目するんじゃなくて、その人の内側を知って、
何か伝えたいのであればそれから。

それが正しいかどうかではなく、私はそうしようと、
大切な仲間を持ってから思っています。


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