見出し画像

No.24 岩田忠久氏 〜バイオの力を追い求め、地球を守りたい〜

 風光明媚な錦帯橋と小説家宇野千代の生家がある山口県岩国市でお育ちになった岩田先生は、小さい頃は健康優良児であったものの、あるときおたふく風邪をこじらせ京都の病院に長期入院をすることとなったそうです。病院での看護を受けながら、医学の大切さに気づき、いつしか憧れるようになったそうです。ただ、血を見るのは嫌いで医師の道はあきらめたとか。
 
ーー京都大学農学部林産工学科というユニークな分野で学ばれましたが

「父親の務めていた化学会社の話や周りが理系の雰囲気もあり、数学や理科が好きでした。逆に英語、国語は避けていたので、東大(受験国語あり)ではなく、京大(国語なし)で化学と生物で受験できる農学部を受験しました。農業をしたかったわけではなく、当時はバイオテクノロジーも話題でしたから、新たな分野を感じていました。4年生の卒論研究では、木材化工学研究室を選び、そこでセルロースを研究しました。指導教授がもともと工学部の出身の先生であったことから、農学的なアプローチだけではなく、工学的なアプローチも組み合わせた様々な研究手法を学んだことから現在の基礎があるのだと思います。」

「パピルスの頃から紙の原料としてのセルロース研究は、その当時、もう終わった学問分野とも言われていましたが、セルロースから作られる材料の性質や機能を分子構造・結晶構造という本当の基礎の基礎から考える力を身に付けられたことが良かったと思っています。現在では、地球環境の観点から改めて木質バイオマスが注目を浴びていて、分野を超えたアプローチで取り組むことで、変化する社会への対応ができるのではと感じていす。」

ーー学生指導で心がけていらっしゃることは

「研究は専門を究めるに従い、独自の言語や理屈で自分だけがわかる世界に閉じこもりがちです。<本当に知るとは、易しい言葉で専門外の方々にわかりやすく説明できること>というのが、私の持論です。私自身も論文や発表資料を作るときに、妻に説明して彼女が理解できるかどうかを確かめながら、<わかりやすさ>を心がけています。よく、異分野から研究対象を眺めよとは言うものの、多面的・多角的に考えるためにも、身近な人に説明してその反応から振り返ることが大切ですね。」

「学生は自分の行っている研究が社会にどう役立つか、どのような考え方で進めていけばよいかなど、いろいろ悩むことが多いようです。私たちの研究対象は農学分野ですが、研究手法は工学的なアプローチを取っていますから、分野を越えた思考が必要で、柔軟に物事を考え、対応することが大切であると伝えています。また、自分のやっている研究は必ず社会の役に立つと、という信念を持って継続することが必ず成果を生むと指導しています。」

研究室風景

ーープラスチックはどのように進化してゆくのでしょう

「すでに様々なプラスチックが誕生しました。石油から作られ優れた機能をもった石油合成プラスチック、再生可能な植物バイオマスから作られ、持続的な材料生産に貢献するバイオマスプラスチック、そして微生物のちからにより二酸化炭素と水にまで完全に分解する、生分解性という優れた性能を有する生分解性プラスチックまで、多種多様なプラスチックが誕生しています。
 地球温暖化や海洋汚染問題の解決を考えると、プラスチックの製造から流通、回収、リサイクルまでの全てにおいて環境に負荷がどの程度生じているかを常に考えることが大切だと思います。使用したプラスチックは可能な限り回収して、リサイクルや適切な処分をすることが必要です。生分解プラスチックは自然の力を利用して、自然界に還元してゆくものですが、私は全てのプラスチックを生分解性プラスチックにする必要があるとは思っていません。  
 洗濯機や冷蔵庫など長く使う製品はバイオマスからつくられるバイオマスプラスチックにした方がよく、農業用資材や水産用資材、レジ袋や日用雑貨品など、全てを回収しようとしても回収することが難しいものや環境中で使うものなどを生分解性プラスチックにすることが必要と思っています。プラスチックはその性質を正確に理解し、多様な用途と多様な回収・処分を使い分けることが大事だと思い、研究を続けています。生分解がどのように進むのかを1000~5000メートルの深海底に長期間配置して、生分解性プラスチックが本当に深海で分解するかどうかを調べています。実際に、サンプルを設置したり、回収するために”深海6500”で相模湾に潜ったこともあるのですよ。」

深海6500から

「このように研究室から外に出て調査するフィールドワークは、学生や企業の方々と一緒でいろんな意見交換もできて楽しいですね。一つ仕事や調査が終わったあとには、学生たちと安くて美味しいワインを選んで楽しんでいます。これ、じつは私の趣味でもあるんですね。フランス留学で覚えた味覚の成果なんです。」

ーーワインソムリエなんですか

「決してグルメではないし、高いワインではなく、1000円以下でも美味しいものを探し出すことが趣味のようなものです。それと最近はコロナで家にいることが増えたときに電子ピアノを始めまして。音楽も良いものですね。」

略歴:
2012年〜 東京大学大学院農学生命科学研究科(農学部)教授
1996〜2006年 理化学研究所研究員・副主任研究員
1994年 京都大学博士(農学)
1992年 フランス国立科学研究センターに留学
1989年 京都大学農学部林産工学科卒業
1984年 千葉市立千葉高等学校卒業


<取材日:2023/02/24>


主なNTS著書:NTS書籍紹介にリンクしています



2023年3月 生分解性プラスチック開発 監修
2019年12月 生分解プラスチックの素材・技術開発 共著
2017年12月 繊維のスマート化技術体系 共著
2016年11月 バイオマス由来の高機能材料 共著