【絵師・イラストレーター向け】トレパク等と虚偽の事実を指摘・流布された件で名誉毀損の損害賠償請求が認められた事案

1 はじめに

イラストレーターの花邑まいさんが漫画家・イラストレーターの結賀さとる氏よりトレース作画(トレパク)を行っている等と指摘された件で、名誉毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が提起され、その後、賠償命令の判決が下されました。
以下、ご本人のnoteとツイートです。
https://note.com/compass_0000/n/na536a5d16c7a

https://x.com/hanamura_mai/status/1722528962675724785?s=20

こちらは代理人の先生の公表文。


こちらは裁判所が公表した判決全文です。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/461/092461_hanrei.pdf


2 事案について

諸々の事情があったのかも知れませんが、、、裁判所が認定した事実を見る限り、相手方の対応は度を超えているように思えます。
以下、要約。裁判所の表記にならっている部分があります。

花邑さんが、平成28年頃、E社の依頼を受けて乙女ゲームのキャラクターIをデザイン。結賀さんは、この、Iのデザインが、自身の作成したキャラクターのトレースではないかと考える。その際は大きな問題に発展せず。

平成31年頃、結賀さんは改めて、花邑さんの作成したイラストが自身のイラストのトレースであると考え、検証画像などを作成し、E社の親会社であるF社に対してメールする。「イラストがトレースされており今後はF社からの取引には応じられないことを自身のファンに公表する」と。
F社の役員や弁護士は、結賀さんと面談、イラストの作成日時は花邑さんの方が先であるからトレースを否定したが、結賀さんは納得せず。

結賀さんは、令和元年6月7日、自身のブログで、花邑さんからトレースの被害を受けている等と公表。その後も花邑さんと実演会を含む交渉を進めたが、平行線に終わり、引き続きブログやツイッターなどで自身の被害を主張する(これらの公表行為が名誉毀損の対象とされました。なお、個人名を出さないで公表するものもありましたが、同定可能性は認定されています)。

3 裁判所の判断について

詳細は判決全文、担当の先生のリリースを見て頂きたいですが、一部をご紹介。
(1)トレースではない
作成日時・タイムスタンプやイラスト納品に際するアクセス権限等の事実関係(※日時を偽造することは困難であること)を踏まえ、花邑さんのイラストは結賀さんのイラストより先に完成している。
それにもかかわらず、検証画像のように線の重なりが有るということは、結局、トレースをしてもしなくても線の重なりは生じ得るということなので、トレースは認められない。更に言えば、解剖学的な人間の骨格に基づいて顔の輪郭やパーツを描き配置をすれば、その選択の幅は狭いことが認められるから多少の重なり・一致はあっても結論を左右しない、と。
※ここの論理が個人的には面白かったので、興味のある方は、後述の抜粋をご参照下さい。

(2)違法性阻却事由について
結賀さんは、F社の役員や弁護士からの説明により、花邑さんのイラストが自身よりも先に完成していることを知ったのであるから、タイムスタンプの詳細を開示するよう求め、自身のトレースの検証の合理性を再検討することが可能であったにもかかわらず、それを行うことなく、トレース被害を受けた等と公表することは、そのように信じたことについて相当な理由があるとは認められない、と。

4 最後に


名誉毀損が認められましたが、そこで認められる損害をみると、花邑さんが、トレースをした等と炎上被害を受けたことで、イラストの作成依頼が保留になってしまったことによる逸失利益が損害として認められています。
※依頼を留保したいとの申出に対して、自らそれを承諾したと言う事実関係でも、きちんと逸失利益が認められています。

この事件は、上記の通り、令和元年頃の被害です。そして結果が出て名誉が回復される方向にすすむのが令和5年。。。長い期間、あらぬ疑いに苦しめられたことを意味します。裁判による権利救済のあり方が改めて問われるわけですが、いずれにせよ、他人をみだりに傷つけたり、その名誉を害してはならないということを改めて認識される事案の一つと言えるでしょう。


5 判決文 抜粋

「また、証拠(甲30ないし32)によれば、美術的な観点から検討すると、標準的な人の顔のイラストは、解剖学的な人間の骨格に基づいて
描かれるため、目、鼻、口、髪の毛、輪郭といったパーツの配置や形は
ほぼ同じになること、人の顔らしく見えるようにするため、例えば、眼
と耳は同じ高さに揃える、正中線を書いて真ん中に鼻を描くといったル
15 ールが決まっていること、パーツの顔の向きが同じであれば、その配置
についての選択の幅は狭いことが認められる。これらの事実は、第三者
のイラストと原告イラスト又は被告イラストを重ね合わせても、顔の輪
郭等の線が一致することがあると認められること(甲41及び弁論の全
趣旨)によっても裏付けられるといえる。
20 これに対し、Q氏の意見書には、本件新検証画像に打たれた緑色のド
ットと黄色のドットを滋賀県の外周の線と琵琶湖の外周の線に例えて、
目視で滋賀県の外周と琵琶湖の外周を模写したとしても、細かいグリッ
ド線を利用しない限り、滋賀県の外周と接していない琵琶湖の外周まで
の距離を一致させることは難しいため、多くの本件新検証画像において
25 離れた2点で「線の重なり」が認められるということは、意図的なトレ
ースを裏付けるものである旨が記載されている。しかし、この点につい
32
ては、多摩美術大学美術学部情報デザイン学科准教授U氏の意見書(甲
30)において、日常的に人物の識別を行うことで経験的に精緻化され
る人体の骨格の関係性の認識とは異なり、通常人が滋賀県の外周と琵琶
湖の外周の位置関係を認識できているとはいえないことによるものであ
5 るとの説明がされているところ、同説明の内容は合理的なものであると
いえる。また、本件新検証画像の中には、黄色のドットや緑色のドット
が、線の重なりがある場所に打たれているとはいえないものも含まれて
いると認められること(乙41の56)からすると、Q氏が、本件新検
証画像を仔細に検討し、真実被告の主張する「線の重なり」が存在して
10 いるのか、存在するとしてどの程度存在しているのかについて、厳密な
検証を行い、その上で上記のような意見を述べているのかについては、
疑問が残る。さらに、被告は、原告イラスト又は(及び)被告イラスト
を拡大又は縮小、切り貼り、切り貼りした部分の反転、縦横比の変更等
をした上で両イラストを重ね合わせ、「線の重なり」が認められる部分
15 に黄色のドットと緑色のドットを打っていると認められること(乙41)
からすると、このような検証方法にQ氏の意見書にある滋賀県の外周と
琵琶湖の外周の位置関係の議論が当てはまるとはいい難い。したがって、
Q氏の上記意見書を採用することは困難であるといわざるを得ず、他に
被告が主張する①の点と原告によるトレースの事実とを結び付け得る的
20 確な証拠はない。
(ウ) 以上によれば、被告が主張する①「線の重なり」があることをもって、
原告が被告イラストをトレースし、原告イラストを作成したと推認する
ことはできない。」

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